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千牙の計らいで、小夜に付き添われて咲はおにかみの里を離れた。手には別離を前にスズが泣きはらして握ってくれた握り飯と、ハチがこしらえてくれたわらじがあった。この先、おにかみの里で暮らしていたことを悟られずに、迷い人として行く先の集落に入る。
咲が邑に住んでいた頃は知らなかったが、人の集落は、全ての集落が狭間と境界を接しているわけでもなく、集落と集落が隣り合い、それらを包括する街というものが形成されている地域もあるのだという。咲の行く先は、そのようなところのようだった。
季節とは関係なく冷え冷えとしたうすら寒い空気の中、咲は小夜と狭間を歩いていた。霧の中のように見通しが悪い中、小夜の掲げ持つ洋燈が青白く光って、辺りを照らしてくれている。視界が効きにくいこの空間で、洋燈の明かりは行く道を間違えずに歩ける安堵の元となっていた。
狭間ではあやかしの姿をあちらこちらで見かけるが、時々結界の近くで彼ら相手に商売をしている人間もいた。商売人のような人間の傍らには武具を持った人がいて、おそらく彼らは破妖師なのだろうと思った。千牙が言っていた『人間慣れしたあやかし』を相手にものを売るといっても、人間にとって相手は人を喰うあやかし。彼らを守るために破妖師を駆り出したいという気持ちは、力ない人間である咲にはよく分かる。
やがて歩いて行くと森の向こうの方に、人が築いた結界が膨らんでいるのが見え、あそこが新しい生きる場所だと認識しているときに、咲は隣から窺うように問われた。
「咲さま。いま一度、お聞きします。咲さまは、あなたのご家族のなさりようを、どうお考えですか」
どう、とは。穏やかならぬ小夜の声に、咲は次の言葉を待ち、緊張した。
「あなたの邑は、強欲すぎる。古き協定を無視し、力任せにその領域を広げる工作を繰り返してきた。今から行く集落は協定を守り、あやかしとの間に争いを生まないのに、あなたの邑のやり方は酷い。知っておられるでしょう、あの邑が年々大きくなっていったのを。あなたが耕す畑も、ここ五年でずいぶん増えた筈です」
はっとする。小夜に付きつけられた咲の邑のやりようは、咲の記憶と重なる。となると、咲が昼に朧たちに会っていた事実もまた、理由が付く。
「小夜さん……。もしかしてお母さまたちのなさりようは、千牙さんにものすごく苦痛を強いていたのでしょうか……」
邑に居た頃は知らなかった。邑が広がれば、邑長が喜び、邑人からの貢物が富子たちのもとへ届けられ、家族は満足そうだった。山と積まれた貢物の品たちがあれば、ひと晩は咲に酷い折檻が下らなかった。そのことに安堵していた。
(わたしは、なんてことを……)
さあ、と地の引く思いで虚空を見つめていると、小夜は問うた。
「あの邑のことは、あなたのなさりようひとつです。咲さま。あなたはどうされますか」
そんなの決まってる。咲は、小夜を毅然と見つめた。
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「ええい! よくもこんなにうじゃうじゃと沸いてでてくるね! 無尽蔵とはまさにこのこと! だけど、あたしの剣の前に、切り倒されて行くんだね!」
ざあ、と富子が太刀を振るい、結界の外に出ている彼女たちを喰らおうとしていたあやかしたちをなぎ倒していく。
「醜いものは、私の前から消え失せて。私たちがお前たちの前に小さくなっていると思ったら、大間違いなのよ」
芙蓉は三日月型をした飛刀(とびがたな)を左右の手から華麗に繰り出し、その弧を描く軌跡の中で、襲ってくるあやかしを切りつけていく。操る刀は血のりにまみれた姿で彼女の手に再び収まる。
「ああ、汚い。私、おまえたちの、そういう獣くさい所が、本当に嫌い」
富子と芙蓉が前線に立ち、その後ろで父が結界をひろげている。ずりずりと邑の領域が広がっていき、中にいる邑長たちは、歓喜に大興奮だ。そんな惨状に連れてこられた咲は、飛刀を手にした芙蓉に力いっぱい抱き付いて、その動きを止めた。抱き付かれた芙蓉は咲もろともその場に倒れ込み、一瞬その場に虚を生んだ。
「む、無能!?」
唐突にその場に現れた咲に、芙蓉の動揺は大きく、またその声に富子も振り向いた。
「無能!? お前、生きて……!? ……ははあ、どうりであやかしたちが活発なわけだ。お前は何処までも役に立たないね! これだから無能は!」
怒号にも似た言葉に、咲は富子を見据えて立ち上がった。



