俺は考え抜いた末、そのサイトへ登録することにした。
学校が終わって家へ帰ると、いつものように荷物を放り出し、エアコンより先にパソコンの電源を入れる。
起動を待つわずかな時間にエアコンのスイッチを押し、熱のこもった部屋の空気が少しずつ冷えていくのを感じながら、スマホを開いた。
登録するだけだ。
何か問題があれば、その時に考えればいい。
そう自分に言い聞かせながら、教えてくれた相手のDMを開く。
画面の向こうの相手は、やけに親切だった。
だからこそ、こちらから何も言わずに終わらせる方が、かえって失礼な気がした。
「登録しました」と伝えるくらいなら、礼儀として間違ってはいないだろう。
そんな軽い気持ちだった。
フリーメールアドレスでアカウントを作り、登録を終える。
俺は、その報告だけをDMで送った。
――それが始まりだった。
そこから先は、驚くほど自然に話が進んでいった。
相手は、直美という女性だった。
サイトの運営スタッフだと言い、投稿方法から文章の癖、誤字脱字まで、一つひとつ丁寧に教えてくれる。
こちらが戸惑う前に次の説明が返ってくるほどで、最初は少し身構えていた俺も、いつの間にか画面を食い入るように見つめていた。
報酬の仕組みも、注意事項も、曖昧なままではなくきちんと書かれている。むしろ、ここまで丁寧に対応してくれる人がいることに、俺は少し驚いていた。
無料登録者は、用意された選択式の表紙しか使えないことも、その時初めて知った。
「規約のところですかね? 分かりにくい説明でしたね。あとで上にも改善できないか相談してみます」
そんな言葉まで、直美さんは添えてくれた。
ただ質問に答えるだけではない。
利用者側の不満や困っていることまで考えてくれているようだった。
やがて、契約書が送られてきた。
契約作家になると、作品の閲覧数などに応じてポイントが付与され、それを電子マネーに交換できるという。無料登録者にはない特典らしい。
運営会社の情報や利用規約もきちんと公開されていた。俺が単に見逃していたらしい。
最初に疑っていたような、怪しい勧誘とは違う。と、少なくとも、その時の俺にはそう思えた。
自分だけのイラストが欲しくて登録したことを伝えると、直美さんは一つの提案をしてくれた。
『既存の表紙ではなく、オリジナルの表紙が欲しいのであれば、契約作家になることも考えてみませんか?
実は私、あなたの作品のファンなんです。だから、スカウトのお話をしてもいいと思いました』
画面に並んだ言葉を、何度も読み返した。
――あなたの作品のファン。
その言葉が、妙に嬉しかった。
今まで、誰かに認められたことなんてほとんどなかった。
サッカーでは選ばれなかった。勉強でも結果は出せなかった。
けれど、小説だけは違うのかもしれない。
そんな期待が、胸の奥で少しずつ膨らんでいった。
「電子契約なので、手続きはすぐ終わりますよ」
直美さんは、そう説明した。
その人なら大丈夫。そんな気持ちの方が、いつの間にか大きくなっていた。
親にも兄にも相談しなかった。
相談すれば、きっと反対される気がしたからだ。
また「無理だ」と言われる気がした。
せっかく見つけた、自分だけの場所を否定されたくなかった。
だから俺は、一人で契約作家になることを選んだ。
作品公開の数日前。
作品ページに設定された表紙を見た瞬間、思わず息をのんだ。
そこには、俺が頭の中で何度も思い描いていた主人公がいた。
輪郭も、雰囲気も、表情の温度までも、まるで最初からそこにいたみたいに自然だった。
誰が描いたのかは分からない。AIなのか、人が描いたものなのか、それすら聞かなかった。
けれど、その一枚の絵を見た瞬間、自分の作品が初めて「本物の小説」になった気がした。
公開日。
数字が動いた。
昨日まで一桁だった閲覧数が、画面を開くたびに少しずつ増えていく。
最初は見間違いかと思った。けれど、何度見直しても数字は確かに増えていた。
一……十……百。
信じられなかった。
何度も更新ボタンを押した。
夢ではないと確かめるために。
自分の目が勝手に期待しているだけじゃないかと疑うたびに、もう一度画面を見つめた。
ランキングにも載った。数日で気づけば、ベストセラーの文字まで表示されていた。
嬉しかった。
ただ、それだけだった。
胸の奥がじんわり熱くなって、息をするのも少し苦しいくらいだった。
今まで何をやっても、誰にも見てもらえなかった自分が、ようやく誰かの目に留まった。
自分にも、できることがあるのだと思えた。
それから俺は、狂ったように書いた。
遊ぶ時間も忘れて。
いや、忘れたというより、他のことを考える余裕がなくなっていたのかもしれない。
授業の合間も、休み時間も、名子がスケッチブックを開くように、俺はスマホを開き続けた。
コメント欄には、「面白い」という言葉が並んだ。今まで、何をしても届かなかった場所に、初めて手が届いた気がした。
その一つひとつを読み返しながら、どこが受けたのか、次は何を求められているのかを探す。
そして、物語を書き換えていく。
読者が望むように。
数字が落ちないように。
けれど、いつからか俺は、自分が何を書きたいのかよりも、数字が増えるかどうかばかりを気にするようになっていた。
面白いかどうかより、伸びるかどうか。
納得できるかどうかより、反応があるかどうか。
気づけば、そういうことばかりを考えていた。
学校が終わって家へ帰ると、いつものように荷物を放り出し、エアコンより先にパソコンの電源を入れる。
起動を待つわずかな時間にエアコンのスイッチを押し、熱のこもった部屋の空気が少しずつ冷えていくのを感じながら、スマホを開いた。
登録するだけだ。
何か問題があれば、その時に考えればいい。
そう自分に言い聞かせながら、教えてくれた相手のDMを開く。
画面の向こうの相手は、やけに親切だった。
だからこそ、こちらから何も言わずに終わらせる方が、かえって失礼な気がした。
「登録しました」と伝えるくらいなら、礼儀として間違ってはいないだろう。
そんな軽い気持ちだった。
フリーメールアドレスでアカウントを作り、登録を終える。
俺は、その報告だけをDMで送った。
――それが始まりだった。
そこから先は、驚くほど自然に話が進んでいった。
相手は、直美という女性だった。
サイトの運営スタッフだと言い、投稿方法から文章の癖、誤字脱字まで、一つひとつ丁寧に教えてくれる。
こちらが戸惑う前に次の説明が返ってくるほどで、最初は少し身構えていた俺も、いつの間にか画面を食い入るように見つめていた。
報酬の仕組みも、注意事項も、曖昧なままではなくきちんと書かれている。むしろ、ここまで丁寧に対応してくれる人がいることに、俺は少し驚いていた。
無料登録者は、用意された選択式の表紙しか使えないことも、その時初めて知った。
「規約のところですかね? 分かりにくい説明でしたね。あとで上にも改善できないか相談してみます」
そんな言葉まで、直美さんは添えてくれた。
ただ質問に答えるだけではない。
利用者側の不満や困っていることまで考えてくれているようだった。
やがて、契約書が送られてきた。
契約作家になると、作品の閲覧数などに応じてポイントが付与され、それを電子マネーに交換できるという。無料登録者にはない特典らしい。
運営会社の情報や利用規約もきちんと公開されていた。俺が単に見逃していたらしい。
最初に疑っていたような、怪しい勧誘とは違う。と、少なくとも、その時の俺にはそう思えた。
自分だけのイラストが欲しくて登録したことを伝えると、直美さんは一つの提案をしてくれた。
『既存の表紙ではなく、オリジナルの表紙が欲しいのであれば、契約作家になることも考えてみませんか?
実は私、あなたの作品のファンなんです。だから、スカウトのお話をしてもいいと思いました』
画面に並んだ言葉を、何度も読み返した。
――あなたの作品のファン。
その言葉が、妙に嬉しかった。
今まで、誰かに認められたことなんてほとんどなかった。
サッカーでは選ばれなかった。勉強でも結果は出せなかった。
けれど、小説だけは違うのかもしれない。
そんな期待が、胸の奥で少しずつ膨らんでいった。
「電子契約なので、手続きはすぐ終わりますよ」
直美さんは、そう説明した。
その人なら大丈夫。そんな気持ちの方が、いつの間にか大きくなっていた。
親にも兄にも相談しなかった。
相談すれば、きっと反対される気がしたからだ。
また「無理だ」と言われる気がした。
せっかく見つけた、自分だけの場所を否定されたくなかった。
だから俺は、一人で契約作家になることを選んだ。
作品公開の数日前。
作品ページに設定された表紙を見た瞬間、思わず息をのんだ。
そこには、俺が頭の中で何度も思い描いていた主人公がいた。
輪郭も、雰囲気も、表情の温度までも、まるで最初からそこにいたみたいに自然だった。
誰が描いたのかは分からない。AIなのか、人が描いたものなのか、それすら聞かなかった。
けれど、その一枚の絵を見た瞬間、自分の作品が初めて「本物の小説」になった気がした。
公開日。
数字が動いた。
昨日まで一桁だった閲覧数が、画面を開くたびに少しずつ増えていく。
最初は見間違いかと思った。けれど、何度見直しても数字は確かに増えていた。
一……十……百。
信じられなかった。
何度も更新ボタンを押した。
夢ではないと確かめるために。
自分の目が勝手に期待しているだけじゃないかと疑うたびに、もう一度画面を見つめた。
ランキングにも載った。数日で気づけば、ベストセラーの文字まで表示されていた。
嬉しかった。
ただ、それだけだった。
胸の奥がじんわり熱くなって、息をするのも少し苦しいくらいだった。
今まで何をやっても、誰にも見てもらえなかった自分が、ようやく誰かの目に留まった。
自分にも、できることがあるのだと思えた。
それから俺は、狂ったように書いた。
遊ぶ時間も忘れて。
いや、忘れたというより、他のことを考える余裕がなくなっていたのかもしれない。
授業の合間も、休み時間も、名子がスケッチブックを開くように、俺はスマホを開き続けた。
コメント欄には、「面白い」という言葉が並んだ。今まで、何をしても届かなかった場所に、初めて手が届いた気がした。
その一つひとつを読み返しながら、どこが受けたのか、次は何を求められているのかを探す。
そして、物語を書き換えていく。
読者が望むように。
数字が落ちないように。
けれど、いつからか俺は、自分が何を書きたいのかよりも、数字が増えるかどうかばかりを気にするようになっていた。
面白いかどうかより、伸びるかどうか。
納得できるかどうかより、反応があるかどうか。
気づけば、そういうことばかりを考えていた。



