俺は迷っていた。
あれほど丁寧なDMだ。返事くらい返してもいいんじゃないか――そんな考えが、何度も頭をよぎる。
「絶対、やめとけ」
翌日まで悩み続けた末、俺は両親でも兄でもなく、川原に相談した。
「……だよなぁ」
返ってくる答えは分かっていた。けれど、ここまではっきり言い切る川原らしさに、少しだけ肩の力が抜ける。
窓から差し込む真夏の陽射しみたいに、その言葉は妙に真っすぐだった。
親に相談すれば、「やめとけ」で終わる話じゃない。そこから人生経験だのネットの怖さだの、長い説教が始まるに決まっている。
まるで、なんでも知っているかのように語る時間は、俺には苦痛でしかないのだ。
だから俺にとっては、川原に聞くのが一番気楽だった。
「お前、そもそも読まれた形跡ないのに、そんな連絡来る時点で怪しいだろ」
「ちょっとは読まれてたよ!でさ、このサイト見てみろよ。結構いろんな人が投稿してるんだ」
「海外じゃん、それ」
「調べたら、日本にも進出したばっかりらしくてさ。契約してる人も結構いるみたいなんだよ」
スマホの画面を見せながら、昨夜調べたことを川原に話す。
「そこは、おすすめしないかな」
その声は川原のものではなかった。
振り向くと、寺ノ下――通称テラツナが、いつの間にか俺たちの机の横に立っていた。
一つ年上のテラツナは、俺の兄貴と同級生で、昔から何かと俺に話しかけてくる人だ。
けれど正直、中学の頃から苦手だった。
どうしてこの教室によく来るのか、俺は正直理解不能だった。
「てか、ヤッピー、小説なんて書いてたんだ?」
呼ばれたくないあだ名で呼ばれた。
それだけでも嫌なのに、知られたくない相手に知られてしまった。
兄貴の名前にも「尋」が入っているから呼びにくい、と勝手につけられたあだ名。
テラツナしか呼ばないけれど、間抜けな響きがして好きになれない。
「その呼び方やめろよ、テラツナ」
一つ年上だけど、こいつだけは昔からあだ名で呼んでいる。
先輩というより、腐れ縁に近いのだからいいだろう。
今更先輩呼びなんて、できるわけがない。
「ツナちゃんって呼んで?」
両手でハートを作って首を傾げる。
背が高く、モデルみたいな見た目をしているくせに、ふざける時だけこういう仕草をする。
そのギャップが受けて、動画では人気者らしい。
本当はもっと男らしい性格だと知っている俺は、わざと吐きそうな顔をしてみせた。
「ツナも怪しいと思うんだ?」
「お前が呼ぶんかい!」
流れで川原が「ツナ」と呼び始める。
「え、だって寺ノ下もテラツナも長いし」
「めんどくさがりが過ぎる!」
俺は思わず声を上げて突っ込んだ。
川原のやり取りを見て、テラツナは腹を抱えて笑った。
「あははは!あーウケる川原。あ、ヤッピー。最近、海外サイトからの勧誘、多いからね。気をつけなよ」
「そう言うけどさ、お前が動画上げてるサイトだって海外じゃん」
「俺のは、それなりに実績あるところだから」
「違いが分からん」
俺は眉をひそめる。
テラツナは少しだけ視線を落とした。
「……知り合いが、そこで小説書いてるんだ」
「え? 何かあったの? 詐欺とか?」
「いや」
「じゃあ、なんでおすすめしないんだよ?」
問い返すと、テラツナは少しだけ黙り込んだ。
「ヤッピーが小説書くなんて、似合わないよ」
ようやく返ってきたのは、そんな言葉だった。
「サッカーの方が向いてるじゃん。またやればいいのに」
そんな言葉まで続く。
何も知らないくせに。
「……人の趣味に口出しすんなよ」
喧嘩になるほどではない。それでも棘だけは隠さずに言い返した。
「笹森。できたぞ」
張りつめた空気を割るように、名子が俺を呼ぶ。
俺と名子は保育園の頃からの顔なじみだ。
田舎だから、気づけばずっと同じ学校、同じ教室という相手は珍しくない。
それでも、中学ではほとんど話さなかった。
サッカー漬けだった俺と、いつも絵を描いていた名子では、教室のいる場所が違ったからだ。
小説を書き始めて初めて、「表紙に絵があったら読んでもらえるかもしれない」と思った。
だから、絵を描いている名子に頼んだ。
「笹森の小説のキャラデザ。できた」
「どれどれ?」
川原もテラツナも身を乗り出す。
差し出された紙には、俺の主人公が描かれていた。
正直、飛び抜けて上手いとは思わない。
線はまだ硬く、人物にも少しぎこちなさが残っている。それでも、ちゃんとキャラクターとして形になっていた。
俺なんかが描く落書きとは比べものにならない。でも、イラストを描く人から見れば、まだまだなんだろう。
「伸びしろしかないな」
「お前は黙れ」
川原なりの励ましなのだろう。
けれど、それは「まだ下手だ」と言っているようなものだった。
名子がどう受け取ったのかは分からない。
「これ、使える?」
名子がぐいっと身を乗り出す。
「あ……ああ。ありがとう」
案外、名子は背が高い。
背が高いと言われているテラツナよりも、頭一つ大きいその体が目の前まで迫ると、思わずたじろいでしまう。
圧が、すごい。
受け取ったイラストを眺める。
どうしようか少し迷った末、俺は大きめの教科書に挟み、そっと机の中へしまった。
「温かみがあって、いい絵じゃん」
テラツナが言う。
けれど、さっきの絵で、本当に誰かがクリックしてくれるだろうか。
「……ああ」
本当は違った。
俺が思い描いていたキャラクターは、こんな姿じゃない。
そう言いたかった。
でも、せっかく描いてくれた相手にそんな言葉は返せない。
それを口にしたら、何かが壊れてしまう気がした。
俺は勧誘された小説投稿サイトを開く。
登録しなくても作品だけは見られるらしい。
画面いっぱいに並ぶのは、洗練された表紙イラストだった。
――俺が欲しかったのは、こういう絵だ。
気づけば、サイトの説明ページを開いていた。
利用規約や説明文なんて、普段なら絶対に読まない。
堅苦しい文章は苦手だし、読む前から頭が痛くなる。
それでも、一文だけが目に飛び込んできた。
『【無料】ご希望の表紙を最新技術で提供しております』
その一文だけで、俺の心は大きく揺れた。
あれほど丁寧なDMだ。返事くらい返してもいいんじゃないか――そんな考えが、何度も頭をよぎる。
「絶対、やめとけ」
翌日まで悩み続けた末、俺は両親でも兄でもなく、川原に相談した。
「……だよなぁ」
返ってくる答えは分かっていた。けれど、ここまではっきり言い切る川原らしさに、少しだけ肩の力が抜ける。
窓から差し込む真夏の陽射しみたいに、その言葉は妙に真っすぐだった。
親に相談すれば、「やめとけ」で終わる話じゃない。そこから人生経験だのネットの怖さだの、長い説教が始まるに決まっている。
まるで、なんでも知っているかのように語る時間は、俺には苦痛でしかないのだ。
だから俺にとっては、川原に聞くのが一番気楽だった。
「お前、そもそも読まれた形跡ないのに、そんな連絡来る時点で怪しいだろ」
「ちょっとは読まれてたよ!でさ、このサイト見てみろよ。結構いろんな人が投稿してるんだ」
「海外じゃん、それ」
「調べたら、日本にも進出したばっかりらしくてさ。契約してる人も結構いるみたいなんだよ」
スマホの画面を見せながら、昨夜調べたことを川原に話す。
「そこは、おすすめしないかな」
その声は川原のものではなかった。
振り向くと、寺ノ下――通称テラツナが、いつの間にか俺たちの机の横に立っていた。
一つ年上のテラツナは、俺の兄貴と同級生で、昔から何かと俺に話しかけてくる人だ。
けれど正直、中学の頃から苦手だった。
どうしてこの教室によく来るのか、俺は正直理解不能だった。
「てか、ヤッピー、小説なんて書いてたんだ?」
呼ばれたくないあだ名で呼ばれた。
それだけでも嫌なのに、知られたくない相手に知られてしまった。
兄貴の名前にも「尋」が入っているから呼びにくい、と勝手につけられたあだ名。
テラツナしか呼ばないけれど、間抜けな響きがして好きになれない。
「その呼び方やめろよ、テラツナ」
一つ年上だけど、こいつだけは昔からあだ名で呼んでいる。
先輩というより、腐れ縁に近いのだからいいだろう。
今更先輩呼びなんて、できるわけがない。
「ツナちゃんって呼んで?」
両手でハートを作って首を傾げる。
背が高く、モデルみたいな見た目をしているくせに、ふざける時だけこういう仕草をする。
そのギャップが受けて、動画では人気者らしい。
本当はもっと男らしい性格だと知っている俺は、わざと吐きそうな顔をしてみせた。
「ツナも怪しいと思うんだ?」
「お前が呼ぶんかい!」
流れで川原が「ツナ」と呼び始める。
「え、だって寺ノ下もテラツナも長いし」
「めんどくさがりが過ぎる!」
俺は思わず声を上げて突っ込んだ。
川原のやり取りを見て、テラツナは腹を抱えて笑った。
「あははは!あーウケる川原。あ、ヤッピー。最近、海外サイトからの勧誘、多いからね。気をつけなよ」
「そう言うけどさ、お前が動画上げてるサイトだって海外じゃん」
「俺のは、それなりに実績あるところだから」
「違いが分からん」
俺は眉をひそめる。
テラツナは少しだけ視線を落とした。
「……知り合いが、そこで小説書いてるんだ」
「え? 何かあったの? 詐欺とか?」
「いや」
「じゃあ、なんでおすすめしないんだよ?」
問い返すと、テラツナは少しだけ黙り込んだ。
「ヤッピーが小説書くなんて、似合わないよ」
ようやく返ってきたのは、そんな言葉だった。
「サッカーの方が向いてるじゃん。またやればいいのに」
そんな言葉まで続く。
何も知らないくせに。
「……人の趣味に口出しすんなよ」
喧嘩になるほどではない。それでも棘だけは隠さずに言い返した。
「笹森。できたぞ」
張りつめた空気を割るように、名子が俺を呼ぶ。
俺と名子は保育園の頃からの顔なじみだ。
田舎だから、気づけばずっと同じ学校、同じ教室という相手は珍しくない。
それでも、中学ではほとんど話さなかった。
サッカー漬けだった俺と、いつも絵を描いていた名子では、教室のいる場所が違ったからだ。
小説を書き始めて初めて、「表紙に絵があったら読んでもらえるかもしれない」と思った。
だから、絵を描いている名子に頼んだ。
「笹森の小説のキャラデザ。できた」
「どれどれ?」
川原もテラツナも身を乗り出す。
差し出された紙には、俺の主人公が描かれていた。
正直、飛び抜けて上手いとは思わない。
線はまだ硬く、人物にも少しぎこちなさが残っている。それでも、ちゃんとキャラクターとして形になっていた。
俺なんかが描く落書きとは比べものにならない。でも、イラストを描く人から見れば、まだまだなんだろう。
「伸びしろしかないな」
「お前は黙れ」
川原なりの励ましなのだろう。
けれど、それは「まだ下手だ」と言っているようなものだった。
名子がどう受け取ったのかは分からない。
「これ、使える?」
名子がぐいっと身を乗り出す。
「あ……ああ。ありがとう」
案外、名子は背が高い。
背が高いと言われているテラツナよりも、頭一つ大きいその体が目の前まで迫ると、思わずたじろいでしまう。
圧が、すごい。
受け取ったイラストを眺める。
どうしようか少し迷った末、俺は大きめの教科書に挟み、そっと机の中へしまった。
「温かみがあって、いい絵じゃん」
テラツナが言う。
けれど、さっきの絵で、本当に誰かがクリックしてくれるだろうか。
「……ああ」
本当は違った。
俺が思い描いていたキャラクターは、こんな姿じゃない。
そう言いたかった。
でも、せっかく描いてくれた相手にそんな言葉は返せない。
それを口にしたら、何かが壊れてしまう気がした。
俺は勧誘された小説投稿サイトを開く。
登録しなくても作品だけは見られるらしい。
画面いっぱいに並ぶのは、洗練された表紙イラストだった。
――俺が欲しかったのは、こういう絵だ。
気づけば、サイトの説明ページを開いていた。
利用規約や説明文なんて、普段なら絶対に読まない。
堅苦しい文章は苦手だし、読む前から頭が痛くなる。
それでも、一文だけが目に飛び込んできた。
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その一文だけで、俺の心は大きく揺れた。



