何でも屋甘直の日常一逆らってはいけない二人組一

「あのさ、本当にこんなに貰ってもいいのか……? 言っちゃえばオレ、なんもしてないのに」
 
 場所は変わって何でも屋甘直の拠点にて、帰る前にと寄って直が受け取った報酬の中から時間を除いた金銭は全てサクに譲渡されていた。
 
「別に金には困ってない、それにこれはそういう依頼だ、持っていけばいいよ、そうすれば君のお姉さんは助かるんだろう?」
「……」
 
 思いがけず舞い込んだ大金、うまく行けば外の世界に出ることだって可能な程の大金を前にして、サクは何故かずっと浮かない顔をしていた。
 
「でもしっかりと時間の譲渡はしてもらう、私はまだ死ねないからね」
「それは……パーツを壊さないといけないからか?」
「まぁ、そんなところかな」
 
 浮かない表情のサクに釘を刺すように直は続ける。
 そして、サクの問いかけに笑って頷いた。
 ここまで来ればサクでなくてもよく理解しただろう。
 直の浮かべる笑顔は、ただの外行きの仮面だということを。
 
「……姉ちゃんのパーツは、壊さないでいいのか?」
「面白いことを言うね、それじゃあ逆に問おう、壊しても、いいのかな?」
「……」
 
 自分から振っておいて黙り込むサクに直は困ったようにから笑いをする。
 
「ちょっといじめすぎたかな、まぁそれは置いておいて時間の譲渡のお時間だ、型番184【月詠】彼から8760時間私への譲渡を」
 
 そしてそのまま依頼の代償、時間の譲渡に移るために今度は胸元、詳しく言えば心臓の真上、そこを晒してパーツ【月詠】を発動した。
 
「なんだ、これっ……」
 
 今は手袋で隠れてしまっている先程の【蛟】は輝かしいほどの、神々しいほどの光を放っていた。
 だがこの【月詠】は逆に禍々しく、濁った紫色は嫌な光で揺らめいていた。
 ずっと見ていれば気分が悪くなるような光、それなのに目を反らすことが出来ない。
 
「暴れないで、じっとしててね、【月詠】はあまり人が好きじゃないから」
「っ……」
 
 直はサクを言葉で制しながら自身の胸元の【月詠】から一本の時計の針のような物を引き抜くとそれを躊躇なくサクの胸部に突き刺す。
 
 瞬間、サクの身体の中がガッと一気に熱くなる。
 それはまるで全ての血液が沸騰するような、身体の全てがそれを否定するような、終わった瞬間にはもう一生味わいたくないと咄嗟に思ってしまうくらいにはあまりにも気持ちの悪い感覚だった。
 
「はいおしまい、これで君から私への時間の譲渡は完了した、というわけで契約終了ということでー」
 
 一分と経たずに時間譲渡の儀式は終了し、直はすぐに【月詠】を服で覆い隠して笑って拍手をする。
 
「……あの、今回は、その、助けてくれてありがとう」
「いやいや、お礼なんて必要ないよ、私は別に善意でこんなことしてるわけじゃない、それに……いずれ君には恨まれるかもしれないしね」
 
 まだ残る違和感に自身の胸元を撫でながら、途切れ途切れにお礼を口にするサクに直は頭を振って見せる。 
 そして最後には困ったようにそう呟いたけれど
 
「え、悪い今なんて?」
 
 それはサクには届かない言葉だった。
 いや、届けないと表現したほうがまだ幾分か正しいかもしれないが。
 
「あー、何でもないよ、ただの独り言、また何か依頼があればご自由に、そんな簡単に時間を差し出すべきではないけれど、私からしたら大歓迎だからね」
 
 聞き返してくるサクの言葉には答えずに、直はすぐにいつもの調子に戻ると自然を装ってサクの帰宅を促す。
 
「……ああ、そうだな」
 
 今回譲渡した時間は8760時間、つまりは1年分の時間に相当する。
 芥田場で生きる人間の平均寿命は長いほうではない。
 抗争に巻き込まれるもの、汚染した空気のせいで病気になるもの、一年分の時間で何でもしてもらえる。
 安いようにみえてそれが実際には高いものであることはサクもしっかりと理解している。
 だからこその肯定だった。
 
「……君の名前、サク……いやサクラくんと言ったか、この芥田場で産まれて芥田場で育った君は知らないだろうけど、外の世界に出ると桜っていう綺麗な花が春に沢山咲き乱れるんだ、人は皆その花を見て春を感じる、桜のように強く生きていけばいずれ、本物を見られるかもしれないね」
 
 直は言いながらサクの肩を優しく叩く。
 これだけの大金があれば借金の返済をしたって残る、だからこそ本当の桜を見ることも夢物語ではない。
 
「……ああ」
 
 それでもやはりサクの声色が晴れることはない。
 理由は、直も理解していた。
 だからこそあえて触れなかったのに
 
「直さん、頼まれてたもん回収してきた」
「っ……それはっ!」
 
 いつでも間が悪いのが甘という男のダメなところだった。
 拠点に戻る途中で別行動を取った甘の手の中で鈍く光る石を見止めたサクの悪かった顔色がさらに悪くなる。
 
「サクくんが帰ってから戻ってくるように言いつけてあった筈なんだけど、君はいつもタイミングが悪いな」
「あ、すみません」
「いいよ、どうせ遅かれ早かれ分かることだったんだから」
 
 予期せぬ甘の登場に呆れはてながらもそういう時の運だったのだと落とし所をつけた直はすぐに諦めて笑う。
 
「な、んでっ! お前がそれ持ってんだよ!! 姉ちゃんは……姉ちゃんはどうなって……」
「……パーツの力は否応にも世界の理をねじ曲げる、今日1日私たちについてきてなんとなく自分でも気付いてたんじゃないのかな」
「っ……」
 
 体躯の差すら気にせずに甘に掴みかかったサクを見て、直は焦ることもせずに静観し、サクの心の奥底に語りかける。
 
 パーツが最終的に人をどう変えてしまったのか、それは今日一日でよく理解できた。
 
 パーツに喰われ化物へと身を落とした男、パーツを身体に埋め込み、使命のためにパーツを喰らった女、これがパーツに関わるということだと。
 
「恨むなら私一人を恨むといい、甘はただ私の使いを果たしただけだ、恨んで命を狙うもいい、私の目的の邪魔をするでもいい、君の好きにしたらいい」
「……しないさ、何も、分かってはいた事だし、いずれ蹴りはつけないといけなかったことだから、ただ今は……あんたのことは見れなさそうだ」
 
 直の言葉でサクは全てを悟るしかなかった。
 今日起きたことは茶番で、最後はこうなる結末が確定していただけ。
 だからこそ、恨むことこそ出来ずとも直の顔を直視することも同時に今は出来なかった。
 
「それならそれで構わないさ」
 
 でも、一日一緒に過ごしたサクには見ずとも分かっていた。
 今、諦観したようにそれを言いながら直がどんな表情を浮かべているのかを。
 
「……じゃあな、もう会うこともないと思うけど」
 
 サクは、大切なものと引き換えに手に入れた大金を掴んだまま、それだけ言うと部屋から足早に消えていった。