餌付けしていた演劇部エースから毎日告白されています!?

(……あ、そろそろ時間かな)
 僕しかいない調理室に香ばしい匂いが漂っている。そろそろミートパイが焼き上がりそうだ。ちらりと時計を見やると、すぐ近くの空き教室で演技の練習をしている友達の休憩時間だった。
 時計から視線を外して、大型のオーブンを覗き見る。気にしていませんよ、という素振りをしているつもりだけれど、そわそわとどこか落ち着かない。彼に見透かされてしまうだろうか。

 ガラ、と小さく音が鳴って調理室のドアが開けられたのが分かった。気がつかないふりをしている僕に「失礼しまーす。絢斗?」と声が掛けられる。なんでもないふりをして顔を上げた。

「海都。お疲れさま」
「お疲れさま!今、お邪魔しても大丈夫?」
「大丈夫だよ」
 ゆっくりと歩いてきた海都は、恭しく跪きながら小ぶりの花束を差し出した。

「大羽絢斗さん。好きです、俺と付き合ってください」
「……その、ごめんなさい」
 彼から愛の告白を聞くのは、今日で累計十日目だ。

「やっぱり今日もダメか……ちっともときめかなかった?」
「……、ちょっとときめいたかも」
「ほんと?やった」
 小さくガッツポーズをしている海都はどういう心積もりなのか、十日前からこうやって調理部に顔を覗かせるたびに僕に告白をするようになった。演劇部でエースだと言われている彼から向けられる真剣な視線とバリエーションに富んだ告白に、ぐらりと来たことがないわけではない。海都のことは好きだ。尊敬もしている。それでも僕は、頷けずにいた。

「あ、これ貰って。食べられる花で作ってくださいってお願いしたんだ」
「……ありがとう。マリーゴールドだ」
「よかったら料理に使って」
 彼の告白を受け取れない僕が花束を受け取りやすいように、と考えて言ってくれているのだろう。そのやさしさにずきりと心が痛む。

 僕には今、恋人がいない。恋人を作らない主義でもない。
 彼の告白に頷けないでいるのは、彼が僕を好きだということが信じられないからだ。彼の気持ちを疑っているというより、彼に釣り合わないであろう僕を選ぶ理由が分からなくて困惑している、という気持ちに近い。

 彼、久我海都は老若男女問わず非常に人気がある。
 入学当初に「他のクラスにすっごい格好いい人がいた!」とクラスメイトの女の子たちが噂していたことが未だに忘れられない。彼女たちが話していたその人物が海都だ。別棟の教室内で話題になるくらいである彼はなるほど、非常に整った顔をしていた。僕が関わることはない人だろうな、と思ったものだ。けれど何の偶然か、僕が毎日足を運んでいる調理室のすぐ隣の空き教室で彼が部活動の練習をし始めたのだ。
 調理室を借りてひとりで自主練習をしている時に、ふと刺さるような視線を感じた。視線を感じた方向を振り向くと、ドアのガラス部分から覗き込んでいた人物とばちり、と目が合う。瞳を輝かせながら調理室を覗き込んでいたのは、隣の空き教室の借主だった。
 すこし考えてから調理室に招き入れた彼は「うわ、すっごい良い匂いがする……!」とかなり好リアクションをしてくれたものだ。彼は、僕の友達にはいなかったタイプのひとだった。

 僕は感情を表に出すのがあまり得意なほうではないからか、人に避けられてしまいがちだ。気をつけてはいるのだが、冷たい印象を与えてしまっているのだろう。遠慮がちに接されることも多い。そんな僕にも物怖じせず話しかけてくれた海都に、彼が人気なのは見た目などの表面的なものだけではないのだろうとすぐに知ったものだ。
 好奇心旺盛らしい彼からの質問に答えているとき、不意にぐう、と大きな音をたてた海都の腹に思わず「……ふ、」と声を出して笑ってしまった。「これは、不可抗力……」と恥ずかしそうに顔を隠しながら言う彼が可愛く見えたのは僕だけの秘密だ。

「もしよかったら食べてみる?」
「え、いいの?」
「もちろん。試作品なんだけどね。その代わり感想を教えてほしいのと……あと、これはもし迷惑じゃなかったら、なんだけど」
「うん?」
「……たくさん作っちゃったから、迷惑じゃなければ演劇部に差し入れに持って行きたいなって。一緒に付き合ってくれないかな?僕、皆にちょっと怖がられてるかもしれなくて……」
「え?……もしかして、自覚ない?いや……」
 僕をじっと見てから何かを悟ったらしい彼が小さく言葉をこぼして、苦笑いのような表情を浮かべた。もしかしなくても、彼に嫌な役目を頼んでしまったのかもしれない。
「ごめんね、やっぱり聞かなかったことにして」と口を開こうと思った僕の言葉を打ち消すように「任せろ!……その前に、一個味見させてもらってもいい?正直に言うと、あわよくば二個食べたいと思ってる」と真剣な顔をして言われた。

「いいけど、口に合わないかもしれないよ」
「そんなことはないって匂いで分かる」
「ふふ、うれしいな。持って帰る用にも包もうか?」
「え、いいの?」
「うん」
 ミートパイを頬張って「めちゃくちゃ美味すぎる!」と最上級の褒め言葉をくれた海都と共に、演劇部に差し入れを持っていったあの日はとても緊張したものだ。今でも若干の距離を感じはするものの、演劇部の部員たちと仲良くなれたのは他でもなく海都のお陰だ。


「今日、もしかしなくてもミートパイ?」
「うん。前回焼いたときより自信あるかも」
「やった!俺、これが一番好きだな」
「そうなの?」
「うん。だって、初めて食べた絢斗の料理だから」
「…………、そうだね」
 海都と初めて会話した日のことを思い出していたのは僕だけではなかったらしい。なんとなく落ち着かなくて、海都に背を向けてオーブンから取り出したパイを小分けする作業に移る。

「絢斗さ、文化祭ってどういう感じ?」
「料理部で執事喫茶をするのと、クラスではかき氷屋さんだよ」
「両方飲食か~」
「うん。料理部の方は調理も接客もフルで出るからちょっと大変なんだけど、クラスの方は事前準備中心で大丈夫だよって言ってもらったんだ。甘えさせてもらうことにした」
「副部長だもんな、忙しそう」
「そういう海都だって主演でしょ」
「まあ、ね。絢斗も観に来てくれる?」
「もちろん。クラスの方も出し物あるよね?僕より忙しそう。自由時間あるの?」
「一時間だけもらってある。その……よかったらさ」
「うん?」
「一緒に文化祭回らない?俺の自由時間に合わせてもらうことになっちゃうけど……絢斗も忙しいのに無理言ってごめん」
「なんで、謝らないでよ。僕でいいの?」
 海都と一緒に文化祭を回りたい子はたくさんいるだろう。海都には友達も多い。一時間しかない貴重な時間を、僕に割いてもらってもいいのだろうか。申し訳ない気持ちもあるのに、どきどきと心臓がうるさい。胸のあたりをぎゅっと握りしめる。海都には聞かれたくなかった。

「絢斗がいいんだよ。文化祭って好きな子と回りたいじゃん」
「……」
「本当は去年も声掛けたかったんだけど、まだ早いなって」
「……え、」
 間抜けな声がぽろりと口からこぼれ落ちる。もしかして、海都は去年から僕のことを好意的に見てくれていたのだろうか。
 自意識過剰になりそうな想像を振り払うように小さく首を振って、取り分けたミートパイを海都に手渡す。

「ありがとう!いただきます」
「どうぞ。……あのさ、あとで差し入れ持って行くの、付き合ってもらってもいい……?」
「喜んで!」

「料理部の大羽くんから差し入れでーす!」と大きな声でアナウンスをして、休憩中の部員たちを集めてくれた海都に感謝しながらミートパイを配る。
「ほっぺが落ちそうなくらい美味しいよ」
「海都先輩が作ったわけじゃないのに……」
「なんか言ったか?」
「なんでもないでーす」
 後輩とそんなやり取りをしている海都の声はやさしくてくすぐったい。こういうときに僕は彼に愛されているのだろう、と自覚して、ばくばくと心臓を早くしているのだ。

「あの、私ももらっていいかな?」
「もちろん。口に合うといいんですが……」
 声を掛けられて、パッと視線を前に戻す。……あ、このひとだ。
 海都は今年の文化祭の舞台で主役を張ると聞いている。ハートフルなラブストーリーで、今回はダブル主演という形らしい。海都の相手役であるもうひとりの主役が、今僕の目の前にいる先輩だ。
 ミートパイを手渡したときに「ありがとうございます」と返してくれた笑顔も鈴が鳴るような声もきれいだ。彼と彼女が演じる今年の舞台は、間違いなくたくさんの人を魅了するだろう。


 僕が海都に十日前から毎日告白されるようになったのは、何もなく突然、ではない。
 十日前の放課後、いつもよりも早めに調理が終わって片付けをしていた僕のところに顔を出した海都に「もし時間があったら、読み合わせに付き合ってほしい」と頼まれた。いつも彼にお世話になっている僕は「棒読みの素人でもよければ」と二つ返事で了承したのだ。まさか、劇の終盤の肝になる「告白シーン」の読み合わせをするのだとは思ってもみなかった。

「絢斗はここから読んで」と渡されたコピー用紙のセリフに目を走らせて、違和感を覚えたときには遅かった。
『ずっと、君に伝えたかった』と紡ぐ声は緊張しているのだろう、と分かるかたさが確かにあった。海都の演技に引き込まれる。
 指先でちょんちょんとコピー用紙を叩かれて、ハッと意識を戻した。続く僕のセリフを急いで口にする。

『……な、なに?』
『あなたが好きです。これからもずっと、あなたの隣で笑っていたい』
「……、」
「…………絢斗、セリフ」
「ごめん、恥ずかしくなっちゃった」
 海都の真剣な瞳に、心臓が撃ち抜かれたような錯覚を覚えた。エースってすごい。彼の本気の演技に素人である僕では応えられない。演技であれ、彼からの愛の告白に頷くのははばかられて、シーンを止めてしまった。

「……ねえ、絢斗。聞いてほしいことがあるんだけど」
「うん?なあに」
「俺、絢斗のことが好き」
「ありがとう……?」
「さっきのセリフと同じ感情で、だよ」
「……えっ?」
「なんていうか、便乗っぽくて申し訳ないんだけど……すごく言いたくなっちゃったんだ。ごめん。でも、本気だから」
 思いもよらなかった告白に、時間が止まったような感覚に陥った。どういう言葉を返したらいいのか分からない。頭が真っ白だ。
 口を開いては閉じる僕を見て、くしゃりと笑った海都は「動揺させてごめん。ただ、もう蓋しておけなくなっちゃったみたいだ」と、演技をしているときとは違う表情を浮かべながら言った。海都にこんな顔をさせているのは、他でもない僕だ。
 かろうじて絞り出した「ごめん、その、海都のことは、すき、なんだけど……」の言葉に「また伝えても迷惑じゃない?」と聞かれた。うん、と言葉を返すかわりに頷くことしか出来なかった僕は、あの日から毎日、違う言葉やシチュエーションで彼から告白されることになるとは思ってもみなかったのだ。まっすぐな言葉と想いにぐらぐら揺れているのだと、誰よりも自分が分かっている。でも僕は、今日も縦に首を振れなかった。

◇ ◆ ◇

 またたく間に月日は流れて、文化祭当日。
 あれからも海都は毎日僕に告白してくれているが、僕は頷けていない。海都は毎回気にしていない様子ではあるけれど、いい加減僕のことが嫌になってしまっていないだろうか。僕が頷ける日は、来るだろうか。

「絢斗くん、私の分のチケットも手配してくれてありがとう。この舞台、すごく観たかったんだ」
「いえ、海都が『いつも差し入れありがとうございます』って伝えてほしいって言ってました」
「お礼に今度久我くんのリクエスト聞こうね」
「ふふ、はい。海都、喜ぶと思います」
 嬉しそうな声で名前を呼ばれて、別のところに飛んでいた意識を現実に戻す。
 うちの演劇部の文化祭公演は毎年かなり人気が高い。前方席は席番号が振られているチケットが必要なくらいだ。
 料理部である高宮部長の分と僕の分のチケットは海都からもらったものだ。会場である第一体育館に到着してから、最前列のド真ん中の席だと知って二人してとても驚いた。舞台上の部員たちの流れる汗まで見えそうなくらいステージが近い。こんなに近い距離で舞台を観るのは初めてだ。
 そっと後ろを振り向く。自由席もほとんど埋まっているようだった。満員御礼だ。
 ……海都、緊張したりしないのかな。
 僕なら緊張で、ただでさえ棒読みのセリフが更に機械的になってしまいそうだ。

 ふう、と小さく息を吐く。
 僕が舞台に立つわけではないのに、緊張してしまいそうになる。どこか落ち着かない気持ちをかき消すように、口を開いた。

「執事喫茶、大盛況ですね」
「だね。衣装も好評みたいでよかった」
「着替えてる時間なかったのでそのまま来ちゃいましたけど……僕たち、ちょっと見られてる気がします」
「あはは。宣伝っていうことにしておこう」
 フードラインナップにも衣装にも拘っている料理部の催し物である執事喫茶は、有難いことに長蛇の列ができるくらいの大盛況だ。手が痛くなるまで焼いた、尋常ではない量のスコーンやタルトは飛ぶように売れていたので、この舞台が終わる頃には売り切れているかもしれない。
 フードとは別の「お楽しみメニュー」のひとつである「ツーショットチェキ」では、普段距離を感じている同級生たちからも指名されることが多くてあたふたしてしまった。写真を撮り慣れていないので、変な顔をしてしまっていたかもしれない……と思うと顔から火が出そうになるので、あまり深く考えないようにしている。

「この舞台終わったあと、絢斗くんは自由時間だったよね」
「はい。……僕、抜けても大丈夫ですか?」
「あとは任せて。準備もさっきまでも、絢斗くんにはかなり頑張ってもらったし……あ、始まるね」
 ブー、とブザー音が鳴った。
 明るかった客席の明かりが落ちて、ゆっくりと幕が上がっていく。
 海都が主役を演じる舞台を見るのは初めてではない。けれど、クライマックスシーンを知った上で見るのは初めてだ。


(…………そろそろだ)
 笑いあり涙ありのハートフルなラブストーリーに、時間を忘れて引き込まれる。あっという間にクライマックスシーンに突入した。ここからの流れを、僕はよく知っている。
 熱演している海都は僕が知っている彼とは別人のようなのに、心臓がばくばくとうるさい。

『あなたが好きです。これからもずっと、あなたの隣で笑っていたい』
 聞いたことがある愛の告白のセリフは、僕が初めて聞いたときと違って聞こえた。……きっと、彼の視線が向けられている相手が自分ではないからだ。
『私も、あなたが好き』と返す先輩にじりじりと胸が焼けるように痛い。この感情の正体を、僕は知っている。すとん、と胸のなかに落ちた。
 ──僕は、恋愛感情でも海都のことが好きなんだ。

 スタンディングオベーションで、割れんばかりの拍手が体育館内に響き渡った。海都と相手役の先輩が嬉しそうに顔を見合わせて笑っている。心の中がざわめいて、思わず視線をそらした。ああだめだ、僕から海都の表情が見えるように、海都からも僕の表情が見えてしまう距離にいるのに。
 演劇部の面々が舞台上からはける直前に「……すみません、部長。僕、先に抜けますね」と小さく声をかけて、体育館をあとにした。

 歩く速度は段々と上がっていく。小走りで空き教室を目指した。きっと今の僕はひどい顔をしているだろう。海都に合わせる顔がない。
 息を切らせて辿り着いた、外れの棟の空き教室の隅っこに座り込んだ。外部の人間は立入禁止の棟だからか、ここだけ切り取られた世界のようにしん、と静まり返っている。

「…………」
 ブブ、とポケットの中から振動が伝わってくる。しまい込んでいたスマートフォンをゆっくりと取り出してディスプレイを覗き込むと、想像通りの相手からのメッセージが映し出されていた。
『絢斗、今どこにいる?』という内容から、海都は僕のことを探してくれているのだろう。待ち合わせ場所を決めていたわけではなかったけれど、僕がこんなところにいるとは思ってもいないはずだ。
 海都の限られた自由時間を浪費させるのは本位ではない。約束を破りたくもない。彼と一緒に回るのを僕も楽しみにしていたのだ。
 ぐちゃぐちゃな顔を見られたくない気持ちよりも勝った感情で、現在地を打つ。送信し終えたらどっと力が抜けた。
 海都を教室でひとりで待つのは何度も経験しているのに、立ち上がってうろうろと歩き回りたくなる。これまで生きてきた中で一番、心臓が早鐘を打っていた。

「っいた!絢斗!」
 ガラッと大きな音をたてて空き教室のドアが開かれた。びく、と身体が揺れる。はあ、はあ、と彼から漏れる息に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「ごめん、舞台終わったばかりなのに走らせて……」
「や、俺が絢斗に早く会いたかっただけだから。あのさ、もしかして舞台、あんまりよくなかった……?」
 最後、急いで出て行っちゃったから……とこれまでに聞いたことがない弱々しい声で海都が紡ぐ。海都に見られてしまっていたらしい。

「違う!すごくすごく良かったし、引き込まれたよ!」
「そ、そう?ならよかった……」
「感じ悪い態度だったね、ごめん」
「いや、全然……俺が勝手に気にしちゃっただけだから。はは、絢斗のこと意識しすぎててごめんね」
「海都が謝ることじゃない。その、海都に見惚れていたし……心のなかがぐちゃぐちゃになっちゃった僕が悪いよ」
「絢斗……、あのさ。今日も言ってもいい?言いたい」
「え?あ……」
 はー、と大きく息を吐いた海都に、真剣な瞳で見つめられる。彼の視線は、今は僕だけに向けられていた。

「絢斗が好き。将来的には毎朝、味噌汁を作らせてほしいくらい好きです」
「……僕の実家、料亭だよ?」
「わ、分かってる!分かってます!絢斗の足元にも及ばないと思うけど、頑張るから……その、作り方のレクチャーしてもらえたら嬉しいなー、とか……」
 プロポーズめいた告白に、どうにか平然を装って返した声が震える。海都が作ってくれるお味噌汁はきっと、これまで口にしたどのお味噌汁よりも美味しく感じるのだろう。
 口を開けると、はく、と声にならない空気が抜ける。今、言わないでどうするんだ、僕。

 意を決して再び口を開いた。
「……海都。あの、僕も君に伝えたいことが、あって」
 声だけではなく指先も震えている。ああ、告白するのって、こんなにも緊張するんだ。

「……うん。なぁに」
「その……」
「うん」
「僕も、君が好きです。僕と付き合ってください。えっと……お味噌汁の作り方もレクチャーするし、お味噌汁以外は任せて」
「…………絢斗にお願いがあるんだけど」
「な、なに?」
「俺のほっぺた、つねってほしい」
 真剣な表情でそう言われて、反応が遅れる。夢だと思うくらい、僕のことを想ってくれているのだと思い知らされて、顔に熱が集まるのが分かった。

「つ、つねらないよ。痛いでしょ」
「……これ、現実?」
「現実だよ。……ねえ、答え、聞いてもいい?」
「よろこんで、以外ありえないから!」
 僕の言葉に被せるような勢いで食い気味に言われて、笑いと一緒にぽろ、と涙がこぼれる。何度も何度も勇気を出して告白してくれたのは海都のほうなのに、たった一度の告白で泣いてしまうなんて。

「絢斗、泣かないで」
「……ごめん、なんか、ホッとしたみたい。たくさん、伝えてくれてありがとう」
「聞いてくれてありがとう。これからもいっぱい伝えるからね」
 どう言葉を返そうか。胸がいっぱいだ。次の言葉に迷っていた僕を助けるように、ピンポンパンポーン、と校内放送の開始を告げるチャイムが鳴った。僕たちふたりしかいない教室に響くその音声に、文化祭の真っ只中であることを思い出した。スピーカー横の時計に視線を向ける。海都の自由時間は、残り三十分を切っていた。

「……そろそろ文化祭、回りに行こっか」
 海都の提案に、頷きたい気持ちと相反する気持ちで揺れ動く。数秒悩んでから「……もうちょっとこうしていたい。来年じゃ、だめかな?」と紡ぐ。耳が熱い。色が変わってしまっているかもしれない。絶対に海都には気付かれたくない。

すぐさま「もちろん大歓迎!」と笑ってくれた海都に、胸の奥がぎゅうぎゅうと痛んだ。
 これからは僕もできる限り毎日、彼に気持ちを伝えてみたい。早速今日から、と決心して耳元にくちびるを寄せて囁いた言葉に「俺も大好き!」と返してくれた彼のことが、僕は大好きだ。