──
三年生の教室に着いた頃にはレポート用紙を持つ手が少し汗ばんでいた。俺の緊張を知る由もなく、誠也は教室の中を覗き込みながら声を上げる。
「黒沼キャプテン、いますかー?」
その声に教室の中にいる人達の視線が一気に廊下に向けられて、「黒沼ー、後輩呼んでるぞ」と先輩を呼ぶ声が響く。
直後、教室の奥からのそり、と大きな影が立ち上がってこちらに向かってゆっくり歩いてくる。
……でかい、やっぱり黒沼先輩はでかい。
俺と誠也の前まで来て足を止めると、「なんだ?」とドスの効いた声が響いた。
緊張が一気に押し寄せてきて、半ば強引にレポート用紙を押し付けた。
「あ、えっと、これ……!」
受け取った先輩は目を丸くしている。
「これを俺に?」
「柔道に活かせそうな事とか、筋肉に良い食事とか、その、俺の知ってることをまとめたっていうか……」
もう、何が言いたいんだ俺は。
……逃げたい。
黙ってパラパラとページをめくったあと、「ありがとう。……んじゃ」って言って教室に戻ろうとする先輩を呼び止めたのは誠也。
「あっ、キャプテン!」
「なんだ?」
再びこちらに向き直る先輩は、やっぱりでかい。
「夏休みっすけど、今年もばあちゃん家行くんすか?」
「ああ。行くけど、なんだ?」
「いや、予定確認っす」
不思議そうに眉をひそめる先輩に、誠也はヘラっと笑う。先輩は「そうか」とだけ言って教室へ戻って行った。
「誠也、なんであんなこと聞いたんだよ」
「いや、別に〜」なんて言いながらニヤニヤしている誠也は、企みを誤魔化すように続けた。
「キャプテンすっげー喜んでたな」
「え?」
「小鳥のレポートだよ」
あれは、喜んでたのか?
全力で喜んでくれる事を期待していなかったと言えば嘘になる。でも、先輩はオーバーにリアクションをするようなタイプには見えないし。
だとしても喜んでくれたんだとしたら、もう少しこう……ほら、夢見る少年のような笑顔は見た事あったし。
「そう、かな?」
「あれはかなり喜んでる。キャプテン、ああ見えて照れ屋なんだぜ」
俺から見るといつも、どすんって感じで、堂々としてるし表情もあんまり変えない。そんなイメージしかないけど。
「先輩が、照れ屋?」
「ああ、かなり。いつも照れると「んじゃ」って逃げる」
「逃げるって……」
「さっきだって、そうだったろ」
確かに、先輩はいつもすぐに立ち去る。
誠也の言葉が本当なら、あれはいつも照れてたってこと?……だとしたら、俺のレポート、本当に喜んでくれたのかもしれない。
───
「江花」
放課後、下駄箱で靴を履き替えていた時、頭上にドスの効いた声が響いた。
顔を上げるとすぐ目の前に先輩がいて、フリーズした俺は、「うわっ!?」と思わず飛び上がる。
「悪い、驚かせたか」
「あ、いえ!ちょっとびっくりしただけです」
「……さっきのレポート、助かる」
レポート、読んでくれたんだ。
ってことは、もしかして、わざわざお礼を言いに来てくれたとか?
先輩は道着姿で、額にはうっすら汗が浮かんでいる。
「練習に役立ててもらえたら嬉しいです」
「助かる。たぶん、かなり」
先輩は少し視線を逸らすと、「それで……」と、なにか考えてるみたいに言葉を詰まらせながら続けた。
「俺のばあちゃん家のすぐ近く、ゴリラいるんだ」
「え?」
「夏休み、四泊くらい行く」
「は、はい」
「暇なら来るか?」
「…………え?」
いや、待て待て待て。
俺が?先輩のおばあさんの家に?
「誠也が江花はきっと夏休み暇してるって」
……誠也。
あいつ、やっぱり企んでたな。
暇なのは本当なんだけど。
「でも、俺が行ったらご家族に迷惑じゃ……」
「両親はいかない。ばあちゃん一人だから、俺一人で行くより喜ぶ」
ゴリラは確かに見たい。
でも、それだけじゃない。
レポートを読んでくれて、お礼を言いに来てくれた。それに、こんなふうに誘ってくれるなんて思ってもいなかった。
先輩のことをもっと知りたい。
「その、迷惑じゃないなら……行きたいです」
「そうか。遠いし田舎だけどそこそこ楽しめると思うぞ」
「は、はいっ!!」
──夏休みはもうすぐだ。
待ち遠しいなんて思ったのは、久しぶりだった。
三年生の教室に着いた頃にはレポート用紙を持つ手が少し汗ばんでいた。俺の緊張を知る由もなく、誠也は教室の中を覗き込みながら声を上げる。
「黒沼キャプテン、いますかー?」
その声に教室の中にいる人達の視線が一気に廊下に向けられて、「黒沼ー、後輩呼んでるぞ」と先輩を呼ぶ声が響く。
直後、教室の奥からのそり、と大きな影が立ち上がってこちらに向かってゆっくり歩いてくる。
……でかい、やっぱり黒沼先輩はでかい。
俺と誠也の前まで来て足を止めると、「なんだ?」とドスの効いた声が響いた。
緊張が一気に押し寄せてきて、半ば強引にレポート用紙を押し付けた。
「あ、えっと、これ……!」
受け取った先輩は目を丸くしている。
「これを俺に?」
「柔道に活かせそうな事とか、筋肉に良い食事とか、その、俺の知ってることをまとめたっていうか……」
もう、何が言いたいんだ俺は。
……逃げたい。
黙ってパラパラとページをめくったあと、「ありがとう。……んじゃ」って言って教室に戻ろうとする先輩を呼び止めたのは誠也。
「あっ、キャプテン!」
「なんだ?」
再びこちらに向き直る先輩は、やっぱりでかい。
「夏休みっすけど、今年もばあちゃん家行くんすか?」
「ああ。行くけど、なんだ?」
「いや、予定確認っす」
不思議そうに眉をひそめる先輩に、誠也はヘラっと笑う。先輩は「そうか」とだけ言って教室へ戻って行った。
「誠也、なんであんなこと聞いたんだよ」
「いや、別に〜」なんて言いながらニヤニヤしている誠也は、企みを誤魔化すように続けた。
「キャプテンすっげー喜んでたな」
「え?」
「小鳥のレポートだよ」
あれは、喜んでたのか?
全力で喜んでくれる事を期待していなかったと言えば嘘になる。でも、先輩はオーバーにリアクションをするようなタイプには見えないし。
だとしても喜んでくれたんだとしたら、もう少しこう……ほら、夢見る少年のような笑顔は見た事あったし。
「そう、かな?」
「あれはかなり喜んでる。キャプテン、ああ見えて照れ屋なんだぜ」
俺から見るといつも、どすんって感じで、堂々としてるし表情もあんまり変えない。そんなイメージしかないけど。
「先輩が、照れ屋?」
「ああ、かなり。いつも照れると「んじゃ」って逃げる」
「逃げるって……」
「さっきだって、そうだったろ」
確かに、先輩はいつもすぐに立ち去る。
誠也の言葉が本当なら、あれはいつも照れてたってこと?……だとしたら、俺のレポート、本当に喜んでくれたのかもしれない。
───
「江花」
放課後、下駄箱で靴を履き替えていた時、頭上にドスの効いた声が響いた。
顔を上げるとすぐ目の前に先輩がいて、フリーズした俺は、「うわっ!?」と思わず飛び上がる。
「悪い、驚かせたか」
「あ、いえ!ちょっとびっくりしただけです」
「……さっきのレポート、助かる」
レポート、読んでくれたんだ。
ってことは、もしかして、わざわざお礼を言いに来てくれたとか?
先輩は道着姿で、額にはうっすら汗が浮かんでいる。
「練習に役立ててもらえたら嬉しいです」
「助かる。たぶん、かなり」
先輩は少し視線を逸らすと、「それで……」と、なにか考えてるみたいに言葉を詰まらせながら続けた。
「俺のばあちゃん家のすぐ近く、ゴリラいるんだ」
「え?」
「夏休み、四泊くらい行く」
「は、はい」
「暇なら来るか?」
「…………え?」
いや、待て待て待て。
俺が?先輩のおばあさんの家に?
「誠也が江花はきっと夏休み暇してるって」
……誠也。
あいつ、やっぱり企んでたな。
暇なのは本当なんだけど。
「でも、俺が行ったらご家族に迷惑じゃ……」
「両親はいかない。ばあちゃん一人だから、俺一人で行くより喜ぶ」
ゴリラは確かに見たい。
でも、それだけじゃない。
レポートを読んでくれて、お礼を言いに来てくれた。それに、こんなふうに誘ってくれるなんて思ってもいなかった。
先輩のことをもっと知りたい。
「その、迷惑じゃないなら……行きたいです」
「そうか。遠いし田舎だけどそこそこ楽しめると思うぞ」
「は、はいっ!!」
──夏休みはもうすぐだ。
待ち遠しいなんて思ったのは、久しぶりだった。



