先輩と過ごした四泊五日

さっぱりわからない。
柔道部のキャプテンである先輩が、なぜゴリラ研究部に入部希望したのか。これから部員が増えたらどうするつもりだ?どうせ集まりっこないと思ったのか?うちの高校はもちろん部活の掛け持ちなんて禁止だし、そもそも出来っこない。

昼ごはんのサンドイッチを頬張りながら昨日のチラシを睨む。

「……黒沼 小春、か…」

にしてもギャップだよな。
あのルックスで、小春って。
いや、でも笑った時の少年っぽさなら小春でも──

「うおっ!まじか!やっぱキャプテン入部希望したか」

誠也が仁王立ちして腕を組みながら「うんうん」と得意げにニヤついている。

「誠也いつから……」

「で、どうだったんだよ昨日」

「どうだったも何も」

先輩は昨日チラシ渡してすぐ帰られましたけど。本気なのか、冷やかしなのかわからないから悩んでたのに。

「キャプテンもゴリラ好きだからな」

「え?」

「だから昨日、小鳥を柔道部に誘ったってわけ」

あの夢見る少年のような笑顔は、ゴリラが好きだからだったのか!?

「ゴリラの筋肉とか調べてるしな」

「えっ!?」

「ほら、柔道のトレーニングだって、動物の動き参考にしたりするだろ?」

確かに前に読んだことがあった。
ゴリラの動きを参考にしたトレーニングはもちろん、動物を参考に練習するのは珍しいことではないらしい。

なるほど。
だからゴリラに興味を持ったのか。

「ま、変わり者同士、気が合うんじゃね?」

誠也はケラケラ笑いながら「飲み物買ってくる」と騒がしく教室を出て行った。

──

「今日も手応えなし、か」

帰宅部の生徒達の勧誘はいつも通り失敗に終わって、教室を出る。部員は先輩と俺の二人……と言っていいのだろうか。考えてみれば部活と言っておきながら、特に活動もしてないんだよな。部員集めをしたり、図書館で資料を探すくらいだし──

「……っ、ぐわっ!!」

ボフッと硬いような柔らかいような感触が顔面にぶつかった。同時にふわっと甘くて夏らしい香りが漂ってくる。……制汗剤?柔軟剤?どっちにしろめちゃくちゃ良い香り。

「あ、悪い」

ん?このドスの効いた声……

「く、黒沼先輩!?」

顔を上げるとやっぱり先輩。廊下の角で体当たりしてしまったらしい。なのに先輩は、ブレる事なくドンって感じで立っている。結構思いっきりぶつかったよな!?……って感心してる場合じゃない。

「すみませんでしたっ!!」

「いや、俺もだから」

全力で謝り過ぎたせいか先輩は一瞬目を丸くした。でもその後すぐに、「ん」と何やら紙を差し出してくる。

「え?」

なんだかわからないまま受け取ると「んじゃ」と言ってスタスタ歩き出す。

「あ、あの!ちょっ……先輩!?」

返事がないまま遠ざかる大きな背中と手元の紙を交互に見比べる。い、一体なんなんだ!?

手元にはホチキスで留められているわけでもないただ重ねられただけのレポート用紙が数枚……なんだ、これ?

恐る恐るめくると、入部希望の時と同じ、力強いのにどこか歪んだ文字がびっしり並んでいた。ゴリラの握力や筋肉量、さらには柔道のトレーニングへの応用まで。

「……これって…」

どれもネットで少し調べただけじゃ出てこない内容ばかりじゃん。きっと、何度も開いて何度も読んだんだろう、端が少し折れていたり、細かいシワがある。こんなに大切なものを俺に?

なんか、なんだろう、心臓の奥がほわっと暖まっていくような感覚。

嬉しい。

柔道の練習を見た時から感じてた。みんなをまとめながら取り組む姿は、誰がどう見てもキャプテンだった。きっとこういう努力を重ねて来たんだ。

俺は、ゴリラ研究部の部長だ。部員も集められていないうえ、たった一人で入部希望してくれた先輩に何も出来ていないままなんて、情けない。

でも、出来ることなんて……ない、か。
ため息をつきながら、もう一度レポート用紙を読み返す。

ん?……待てよ。
ひとつだけある、かもしれない。
先輩の役に、立てるかもしれない。