先輩と過ごした四泊五日

──

「終わったあー!」
「帰ろーぜ」
「部活行くかー」

放課後のチャイムが鳴って教室がざわつく中、俺はチラシを持って立ち上がる。
掲示板に貼る紹介新聞はもちろん、入部希望者を集めるために配るチラシも作り直した。

このチラシなら、帰宅部の勧誘だってきっと……。

「小鳥、もうビラ配りか?柔道部来ねぇの?」

「帰宅部の人たちの勧誘終わってから行く!!」

不思議そうに俺を見る誠也に、それだけ言って教室を飛び出した。

「ゴリラ研究部、部員募集中でーす!ぜひ!」

立ち止まってくれる人達にチラシを配っていく。根拠はないけど、過去最高に手応えを感じた。

今日の目標を配り終えて向かう先は決まっている。紹介新聞と作り直したチラシ、前に先輩がくれたくしゃくしゃのレポートをお守りみたいに握りしめて歩いた。

部室の前で中を覗くと、すでに練習は終わっていて、かすかに残った熱気と片付けをする柔道部員達の姿が見える。

「小鳥、来ないかと思った。練習さっき終わったぞ」

タオルで汗を拭きながら近づいてきた誠也は、息を切らしながら帰り支度をする部員達を指さした。

「あいつらも、お前の新聞見たいって。もう貼ってきたのか?」

「ううん。先輩に見てもらってから貼りたくて、まだなんだ」

でも、練習は終わっているし、先輩もいない。今日はこのまま会えないかもしれないという不安が押し寄せてきた時、誠也の言葉に安堵した。

「キャプテンさっき顧問と出てった。けど荷物あるし戻ってくると思う。俺ら、もう帰るけど、小鳥待つんだろ?」

「うん、待ってる」

「だよな!じゃ、明日な」

軽く手を上げて仲間達と楽しそうに歩き出す誠也に手を振って静かになった部室を見渡す。

畳の横にぽつんと置かれた先輩のリュック。その隣に腰をおろした時、床から畳の香りがしてきて、おばあちゃん家を思い出した。まだ三週間しか経っていないのに、ずっと昔のことのように感じる。

「ふぅ」っと小さく深呼吸した瞬間に、廊下から聞き慣れた足音が聞こえてきて、同時に部室の扉が開いた。

「あっ、先輩!」

「江花?」

ドスの効いた声を響かせて、きょとんと俺を見る先輩はやっぱりでかい。
三週間ぶりに聞くどすんって畳の上を歩く先輩の足音が、懐かしくて心地よかった。

「あのこれ、先輩に見てもらいたくて!」

俺の前で足を止めた先輩に、四泊五日を詰め込んだ新聞を差し出した。
先輩はしばらく黙って読んだ後、「ばあちゃん、喜ぶわこれ」って鼻の下を押さえて笑った。

「あの、先輩」

「ん?」

「どうして、俺を誘ってくれたんですか?」

先輩の返事を待つ時間がすごく長く感じて、待っている間も鼓動が速くなっていく。数秒……いや数分?経ってドスの効いたいつもの声で、

「江花だからだろ」

それだけ言ってリュックを持つと、「んじゃ、帰るぞ」って歩き出した先輩の背中はやっぱり大きい。

でも、ほんとはずっと思ってた。
大きな背中の後ろを歩くのも好きだけど
──隣を歩きたい。

先輩と過ごした四泊五日。
"ひと夏の恋"って言葉があるって事くらいわかってる。でも、いつだって俺は
──先輩の隣を歩きたい。

気づいた時には、前を歩く大きな背中に、ぎゅっとしがみついていた。

「江花?どうした?」

足を止めた先輩の顔は見えない。
いや……恥ずかしくて見られない。

「そ、そのまま振り返らないで聞いてください」

先輩の背中に回した腕に力を込めるけど、心臓の音が聞こえちゃうんじゃないかってくらいうるさい。

「俺、先輩のこと……好きです……」

い、言えた。
脱力したみたいに、力が抜けてその場にしゃがみ込む。先輩の背中を抱きしめていた腕にはまだ、先輩の香りと熱が微かに残っていて鼓動の速さは変わらない。

「知ってる。俺も好きだ」

静かになった部室に、ドスの効いた声が響いた。

予想もしていなかった先輩の返事に思わず顔を上げた。

「え、えぇ!?」

でも、真っ直ぐに俺を見つめる先輩の目が今までにないくらい優しくて、あまりの照れくささに耐えきれなくなってうずくまる。

「江花」

どすんって伸びてきた先輩のごつごつした手に引かれて、立ち上がる。

「来年も行くか」

先輩の大きな手が俺の手を包んだ。

二人きりの部室、俺は今までで一番大きく頷いた。

「はいっ!!」

窓の外では、まだセミが鳴いていた。

[完]



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