先輩と過ごした四泊五日

──ここでの朝は和やかだ。

スマホのアラームで飛び起きて慌ただしく準備をして、時間ギリギリに家を飛び出す。そんな今までの俺の朝とはまるで違う。

セミの大合唱で自然に目が覚めて、キッチンにいるおばあちゃんに挨拶をする。空気の澄んだ庭で伸びをした後、先輩を探す。そんな、和やかな朝──

「先輩、おはようございます」

ひまわりの水やりをしながら、まだ少し眠たそうに小さくあくびをしている先輩は、俺を見て微笑んだ。

「ああ、起きたか」

「朝ごはん、できたそうです」

「今行く。江花、寝癖」

「えっ!?どこ!?」

「鏡見てみろ」

俺の頭の左上辺りを大きな手でくしゃっと撫でると、先輩はスタスタ歩き出す。俺もすぐに、その背中を追いかけた。

テーブルに並んだおばあちゃんが作った朝ごはんを三人で食べる。でも、そんな朝も今日で終わる。

「今日帰るのか」って、名残惜しそうなおばあちゃんの言葉にぎゅっと胸が痛んだ。

今までは「いいから座ってなさい」っておばあちゃんがしてくれてた食器洗い、今日はどうしても俺にさせて欲しいと伝えると、初めて俺に任せてくれた。
「ありがとう」って微笑んでくれた時、もしも俺のおばあちゃんがまだ生きていたら、こんな感じだったのかな?なんて懐かしくなった。

「忘れ物ないかい?」

「はい、大丈夫です」

「小春も、小鳥くんもまた、いつでも遊びにおいで」

「はい!お世話になりました。楽しかったです」

玄関で小さく手を振るおばあちゃんは笑顔だけど、どこか少しだけ寂しそうに見えた。
「ばあちゃん、またな」って軽く手を上げて歩き出す先輩の背中を追いかけた。

川の音に見送られながら歩く駅までの道は、初めてここに来た時よりも短くなったような気がした。
でも、前を歩く先輩の背中はどすんって大きいまま、変わらない。

なのに、どうしてだろう。
今日はすごく遠く感じた。

──

帰りの新幹線も先輩は窓側の席を俺に譲ってくれて、並んで座って一緒に写真を見返した。

たくさんのゴリラ。
はしゃいだ川。
スイカ。
おばあちゃん家のお庭。
二足並んだビーチサンダル。
笑顔のおばあちゃん。
前を歩く先輩の大きな背中。

「いつの間にこんなの撮ったんだ」って笑う先輩を見る度に胸がぎゅっと痛かった。

あっという間に新幹線を降り、景色は見慣れた駅に変わった。

「重いけど平気か?」

「はい、大丈夫です」

先輩の肩から外された旅行バッグが俺の肩にかけられる。

田舎の静かな空気とはまるで違う、人で溢れた駅。おばあちゃん家に行く前は当たり前の景色だったのに、安心するわけでもなく、落ち着かないような不思議な感覚だった。

「ありがとな」

「俺こそ、ありがとうございました」

「んじゃ……また新学期な」

「はい……」

小さく手を上げて歩き出す先輩の背中が遠くなっていく。

違う。

きっと、景色のせいじゃない。
だって今も思う。
ずっと続いて欲しい、先輩の大きな背中を追いかけたい。

いつからだったかは、わからない。

俺は───先輩のことが、好きだ。