リリルは、部屋の隅に置いてあった手直し中のドレスを手に取った。
セシリアのサイズは大きいので、エリウスが着るドレスは、二サイズほど直さなければならない。ただあまりにぴったりにすると、王女セシリアと交代された時に不自然なので、そこが工夫のしどころなのである。
針と糸を手に取り、丁寧に縫い始めた。
しばらくすると、エリウスが、リリルの傍にやって来た。
「リリル」
「はい」
リリルは、針を持ったまま、エリウスを見上げた。
「さっき陛下に抱きかかえられたけど……リリルには、ああいう経験があるかい?」
「な、ないですよ、そんなこと」
リリルの手が、完全に止まった。
「子供の頃は?」
「孤児なので、誰にも抱かれたことがありません」
「そうか」
エリウスが唇を噛みしめて、悲しみがにじんだ顔をした。
「リリルには、親がいなかったんだね。寂しかったかい?」
「寂しくなかったです」
リリルはまた針を動かし始めた。「だって、最初からいなかったので、それが当然だと思って育ちましたから」
「そうか」
エリウスは、しばらく考え込んでいたが、ぽつりと言った。
「僕は、小さい頃、母上が抱きしめてくれたのを覚えているよ」
リリルの手が、また止まった。
「さっき、陛下の腕に抱かれた時、その時のことを思い出したんだ」
リリルの心臓が音を立てて、勝手に走り出しそうだった。
「そうですか。お母さまですか」
リリルは、無関心を装って答えた。
「それから、……最初は驚いたけど、だんだんと……心地よくなった」
エリウスの言葉を聞いて、リリルはドレスで顔を覆った。
「エリウス様、そういうことを言うのは、やめてください」
「どうして?」
「どうしてって……、国王は、男じゃないですか」
リリルはドレスを握りしめた。
その時、コン、コンと扉がノックされた。
「はい」
リリルが出ていくと、侍女が封筒を持っていた。
「リリル様に、お手紙です」
「私にですか? ありがとう」
リリルが手紙を受け取った。 誰からかしら。 封筒には、見覚えのある文字で、リリルの名前が書かれていた。
この文字は……。 リリルは、震える手で、封を開けると、中には、一枚の紙が入っていた。 文字を読んで、リリルの顔色が変わった。
「リリル? どうしたの?」
とエリウスが、心配そうに尋ねた。
「これは、セシリア様からです。名前を隠されて、私宛に出されましたが、エリウス様宛です」
「姉上から! 何て? いつ来るって?」
「それが……」
リリルは、手紙をエリウスに見せた。
文字を読むエリウスの顔が、みるみる青ざめていった。
「そんな」
*
手紙には、こう書かれていた。
「エリウスへ
アランには会うことができました。でも、彼が病気なので、もう少しだけここにいたいのです。熱のある彼を残して発つわけにはいきません。エリウスには申し訳ないけれど、もうほんの少しだけ、お願いね。 セシリア」
リリルとエリウスは、顔を見合わせた。
「どうしよう……」
エリウスが、震える声で呟いた。
「大丈夫です。ほんの少し伸びただけですから」
リリルがエリウスを見つめて、大丈夫と頷いた。
「私が、エリウス様をお守りしますから、心配しないでください。私に、おまかせください」
でも、リリルの胸の奥では、不安が渦巻いていた。
ほんの少しって、どのくらい?
三日?
一週間?
それ以上?
そんなに、身代わりを続けられるのだろうか。
レオナルド王に、気づかれるのも心配だけれど。それより、エリウス様が、レオナルド王に惹かれ始めているような気がしてならない。
これは取り越し苦労に過ぎないのならよいけれど。子供っぽくて、純粋すぎるお方というのは、予想できなさすぎてこわい。
窓の外では、夕日が沈みかけていた。 リリルの長い夜が、始まろうとしていた。



