下級女官リリルの片思いと奔走



庭園には、色とりどりの花々が咲き乱れていた。
深紅のバラ、純白のユリ、鮮やかな青色のデルフィニウム。丁寧に手入れされた緑の芝生の上に、花々が咲き誇っている。

噴水の水が、空高く噴き上げられ、陽光を浴びて虹色の光を放っていた。
それを見た瞬間、エリウスの目がぱっと明るくなり、レオナルド王の口元に、満足気な笑みが浮かんだ。

「お気に召されましたか?」
「とても」
エリウスが小さく頷いた。

リリルはその様子を離れたところから見ていたのだが、エリウスが必要以上に楽しそうなのが気になる。

リリルの胸には、経験したことのない感情がこみ上げてきて、なんだか落ち着かなくなった。

噴水の周囲には、古代ギリシャの彫刻を模した石像が配置されていた。レオナルド王が、エリウスを案内しながら、庭園の説明をしている。
エリウスは時折頷きながら、王の話を聞いていたが、その足取りが、少しおかしい。

リリルは、気づいた。あのヒールのせいだ。慣れないヒールで、長く歩くのは辛いことだろう。
その時、エリウスの顔が、わずかに歪んだ。

「セシリア姫、何かお困りですか?」
レオナルド王が、すぐに気づいて尋ねた。

「い、いいえ」
エリウスが慌てて首を振って、歩きだした。

「セシリア姫、どうかしましたか?」
レオナルド王が、再び尋ねた。
その声は鋭かったから、エリウスはまるで隠し事が見透かされそうに感じて、必死に首を振ったから、金髪が揺れた。
レオナルド王が、射抜くような眼差しで、エリウスを見つめている。

これは、まずいのではないか。このままでは、身代わりがばれてしまうとリリルは焦った。
その時、リリルは、ひらめいた。

リリルはそれとなくエリウスに近づいて、自分の足を伸ばして、エリウスの足を引っかけた。

「うっ」
エリウスが、バランスを崩して、地面に倒れた。

「セシリア様」
リリルが、すぐにエリウスを抱え起こした。

「大丈夫ですか」
と言いながら、リリルはそっと目で合図をした。

ほら。

えっ。

ほら。
彼は三度目で意味を察して、静かに頷いた。

「セシリア様、まだ体調が戻りきっていないようです」
とリリルが、レオナルド王を振り返った。
「お部屋にお連れしたほうがよいかと思います。さあ、セシリア様、帰りましょう」

リリルがエリウスを支えて立ち上がらせようとすると、レオナルド王がリリルを押しのけるようにして手を伸ばした。

そして、エリウスを軽々と抱き上げ、姫の手を自分の首元に巻きつけた。

えっ。

リリルは驚いて、目と口を見開いた。

「それでは、姫は私がお部屋にお連れしましょう」

「あ、あのう、それは……」
リリルは、仰天した。「それは、私の役目です」

「リリル、きみは小さすぎて、姫を抱えられないだろう」

レオナルド王は、抱き上げたエリウスを、軽く上下に揺すってみせた。

エリウスは目でリリルに助けを求めているが、リリルはあたふたするばかりだった。

なんてこと。

またも、予想外のことが起きた。

リリルの心に、悔しさがこみあげてきた。できることなら、地面を蹴飛ばして、足をバタバタさせたい。

レオナルド王はエリウスを軽々と抱いて、その顔を覗き込みながら言った。
「セシリア姫、あなたは本当に軽い。まるで少年のようだ」

エリウスの顔が、さっと赤くなり、リリルの心臓が、ドクンと跳ねた。

まずい。

「少年のようだ」なんて、レオナルド王は気づいているのではないだろうか。

しかし、王の表情を見ると、包み込むような優しさが広がっていた。

「もっとお食べになることですよ」
レオナルド王が、そう言ってまた微笑んだ。

リリルは王の瞳の中に、何かを見た。
押し寄せる波のような、何か。 それって、愛情?
レオナルド陛下は、もしかして、エリウス様、いや、セシリア様に対して、特別な感情を抱き始めたのではないだろうか。

リリルの足が、すくんだ。 どうすればいいの。誰かに聞きたいが、答えてくれる人はいない。

レオナルド王は、エリウスを抱いたまま歩き出した。
リリルはその後ろを、とぼとぼとついていくしかなかった。

エリウス様は、レオナルド王の腕の中で、どんな顔をしているのだろう。
怖がっているのだろうか。

それとも。
リリルは、これ以上は、考えたくなかった。
胸の奥で、何かがざわざわと騒ぎ続けていた。



部屋に戻ると、レオナルド王は、エリウスをベッドに下ろした。

「ゆっくりお休みください。必要なものがあれば、何なりと言ってください」
はい、とエリウスが、小さく頷いた。

レオナルド王は、もう一度微笑むと、部屋を出ていった。

扉が閉まった。

ふうっ。
リリルが、大きく息を吐いた。

エリウスも、ベッドに座ったまま、深くため息をついた。
「お疲れ様でした、エリウス様」
リリルが、エリウスの隣に座った。

「なんとか乗り切りましたね」

「うん。リリル、いろいろありがとう」
エリウスは小さく微笑んだ後で、複雑な表情をした。

「エリウス様。陛下に抱かれて、大丈夫でしたか?」

「うん」

「怖かったでしょう?」

「……ううん」
エリウスが、首を振った。「怖くは、なかった」

「そう……ですか」
リリルは、胸の奥が、また騒ぐのを感じた。

しばらく、沈黙が続いた後、リリルは立ち上がった。
「では、私はドレスを直してきます」