馬車は再び走り出した。
窓の外の景色は、さらに険しくなっていく。岩山が連なり、谷が深くなり、空が細く切り取られていく。まるで世界が閉じていくようだった。
日が傾き始め、空はオレンジ色から紫がかった青へと変わっていく。
「リリル、見てごらん」
エリウスが窓の外を指差した。
遠くに、城の影が見えた。 黒い石で築かれた巨大な城が、険しい山々の間に根を下ろすようにそびえている。夕日を背にしたその姿は、威圧的で、冷たく、そしてどこか神々しい。
「レオナルド・フィリス国王の居城でございます」と 使者の声が外から響く。
リリルとエリウスは短く顔を見合わせた。
いよいよ、その時が来た。
エリウスの顔から血の気が引いていくのが、リリルには分かった。ヴェールの端をぎゅっと握るその手が震えている。
馬車が城門に近づいた。
黒鉄で補強された巨大な門がゆっくりと開き、内部の石畳の響きが洞窟の反響のように広がった。両側にそびえる城壁が空をさらに細く切り取る。
中庭には、整列した兵士たちが何十人、いや百人以上かもしれない。黒い鎧、揃った槍、一糸乱れぬ姿勢。圧が重くのしかかる。
そして、階段の上に一人の男が立っていた。
黒髪。青と金を基調にした豪奢な衣装。
噂にあった銀髪でも、黄色い目でもない。
それでも、その存在感は異様だった。周囲の兵が霞むほどに。
あれが、レオナルド・フィリス国王。
リリルの背筋に冷たいものが走る。
「セシリア王女様、ようこそアストリウス国へ」
家来の声が響き、エリウスがゆっくり立ち上がったが、その身体はわずかに揺れた。
リリルは背中にそっと手を添え、囁く。
「大丈夫です。私がいますから」
リリルが先に馬車を降り、エリウスに手を貸した。
レオナルド王が階段を下りてくる。
一歩、また一歩、規則正しく響く足音は、重い。
王はエリウスの前で立ち止まり、ヴェール越しにその顔を見つめた。
深く、暗く、探るような目。
その視線がヴェールを透かすように感じられ、リリルは息を呑んだ。
気づかれた?
時間が止まったような沈黙。 兵士も、侍女も、誰一人動かない。
しかし、その時、レオナルド王はゆっくりと、深く一礼した。
「ようこそ、セシリア姫」
その声は低く、静かで、驚くほど優しい。
エリウスは小さく頷いた。
王が手を差し出した。
「どうぞ」
エリウスがその手を取った。
震える指を、レオナルド王は何も言わず、優しく包むように導いた。
城内に入ると、そこは驚くほど豪奢だった。 鏡のように磨かれた大理石の床。
壁には見事なタペストリー。 天井の金箔。巨大なシャンデリア。
辺境の「成り上がり王」とはとても思えない。
長い廊下には赤い絨毯、両脇には騎士の鎧。 その目の穴がこちらを見ているようで、リリルは視線を逸らした。
レオナルド王が一室の前で立ち止まった。
「ここが、セシリア姫の部屋です」
天蓋付きのベッド、精巧な調度品。 窓の外には険しい山々が、夕暮れの赤に染まっていた。
「お気に召しましたか?」
はい、とエリウスが頷く。
「長旅でお疲れでしょう。今夜の夕食は部屋にお持ちいたします」
王がにこやかに一礼し、退室した。
扉が閉まった。
リリルは大きく息を吐いた。 エリウスもヴェールを外し、ベッドに座り込む。
「終わった」
「お疲れ様でした、エリウス様。うまくいきましたね」
エリウスは窓の方を見つめた。 夕日が沈みかけている。
「レオナルド王は、噂と違っていたね」
「はい。優しそうなお方でした」
しかし、リリルの胸の奥にわだかまりが残っている。 あの目、透かすように見つめていたあの視線。
本当は、見抜かれているのでは?
「リリル、大丈夫だよね。姉上が来るまで、大丈夫だよね」
「はい。大丈夫ですよ。セシリア様はすぐ来られますから」
窓の向こうに太陽が沈み、宵闇が城を包み込んでいく。
窓の外の景色は、さらに険しくなっていく。岩山が連なり、谷が深くなり、空が細く切り取られていく。まるで世界が閉じていくようだった。
日が傾き始め、空はオレンジ色から紫がかった青へと変わっていく。
「リリル、見てごらん」
エリウスが窓の外を指差した。
遠くに、城の影が見えた。 黒い石で築かれた巨大な城が、険しい山々の間に根を下ろすようにそびえている。夕日を背にしたその姿は、威圧的で、冷たく、そしてどこか神々しい。
「レオナルド・フィリス国王の居城でございます」と 使者の声が外から響く。
リリルとエリウスは短く顔を見合わせた。
いよいよ、その時が来た。
エリウスの顔から血の気が引いていくのが、リリルには分かった。ヴェールの端をぎゅっと握るその手が震えている。
馬車が城門に近づいた。
黒鉄で補強された巨大な門がゆっくりと開き、内部の石畳の響きが洞窟の反響のように広がった。両側にそびえる城壁が空をさらに細く切り取る。
中庭には、整列した兵士たちが何十人、いや百人以上かもしれない。黒い鎧、揃った槍、一糸乱れぬ姿勢。圧が重くのしかかる。
そして、階段の上に一人の男が立っていた。
黒髪。青と金を基調にした豪奢な衣装。
噂にあった銀髪でも、黄色い目でもない。
それでも、その存在感は異様だった。周囲の兵が霞むほどに。
あれが、レオナルド・フィリス国王。
リリルの背筋に冷たいものが走る。
「セシリア王女様、ようこそアストリウス国へ」
家来の声が響き、エリウスがゆっくり立ち上がったが、その身体はわずかに揺れた。
リリルは背中にそっと手を添え、囁く。
「大丈夫です。私がいますから」
リリルが先に馬車を降り、エリウスに手を貸した。
レオナルド王が階段を下りてくる。
一歩、また一歩、規則正しく響く足音は、重い。
王はエリウスの前で立ち止まり、ヴェール越しにその顔を見つめた。
深く、暗く、探るような目。
その視線がヴェールを透かすように感じられ、リリルは息を呑んだ。
気づかれた?
時間が止まったような沈黙。 兵士も、侍女も、誰一人動かない。
しかし、その時、レオナルド王はゆっくりと、深く一礼した。
「ようこそ、セシリア姫」
その声は低く、静かで、驚くほど優しい。
エリウスは小さく頷いた。
王が手を差し出した。
「どうぞ」
エリウスがその手を取った。
震える指を、レオナルド王は何も言わず、優しく包むように導いた。
城内に入ると、そこは驚くほど豪奢だった。 鏡のように磨かれた大理石の床。
壁には見事なタペストリー。 天井の金箔。巨大なシャンデリア。
辺境の「成り上がり王」とはとても思えない。
長い廊下には赤い絨毯、両脇には騎士の鎧。 その目の穴がこちらを見ているようで、リリルは視線を逸らした。
レオナルド王が一室の前で立ち止まった。
「ここが、セシリア姫の部屋です」
天蓋付きのベッド、精巧な調度品。 窓の外には険しい山々が、夕暮れの赤に染まっていた。
「お気に召しましたか?」
はい、とエリウスが頷く。
「長旅でお疲れでしょう。今夜の夕食は部屋にお持ちいたします」
王がにこやかに一礼し、退室した。
扉が閉まった。
リリルは大きく息を吐いた。 エリウスもヴェールを外し、ベッドに座り込む。
「終わった」
「お疲れ様でした、エリウス様。うまくいきましたね」
エリウスは窓の方を見つめた。 夕日が沈みかけている。
「レオナルド王は、噂と違っていたね」
「はい。優しそうなお方でした」
しかし、リリルの胸の奥にわだかまりが残っている。 あの目、透かすように見つめていたあの視線。
本当は、見抜かれているのでは?
「リリル、大丈夫だよね。姉上が来るまで、大丈夫だよね」
「はい。大丈夫ですよ。セシリア様はすぐ来られますから」
窓の向こうに太陽が沈み、宵闇が城を包み込んでいく。



