エリウスが部屋に戻ると、リリルは椅子にちょこんと座り、神妙な顔をしていた。 背筋をきちんと伸ばし、ひたむきな表情で、こちらを見つめている。
大きな瞳には、涙がこぼれそうなほどたまっていた。
でも、その視線にはどこか怒りと決意が混ざっているように見える。
「エリウス様に、大事なお話があります」
リリルは泣いていたのを隠すように、唇をきゅっと結んでいる。
「どうしたの?」
エリウスが、一歩彼女に近づいた。
リリルはきっとして視線を逸らした。
「離婚してください」
思いがけない言葉に、エリウスはまばたきをした。
「どうしたんだい、急に?」
「エリウス様は」
くっくっと嗚咽が出るばかりで、なかなか言葉が出てこない。
「国王になられるかもしれないお方ですから、……だから、お相手にはお国のためになるような、……身分の高い王女や公女を妃に選んでください」
ようやく言えた。
大粒の涙が、リリルの頬を伝って落ちた。
「突然、何を言っているんだい。もっと詳しく話してくれないと、訳がわからないよ」
エリウスは、困り果てた表情を浮かべた。
*
今日、エリウスが姉のセシリアを訪ねた時、ソフィラが衣装部屋で片付けをしていて、二人の会話を聞いてしまった。
ソフィラは王子で弟であるエリウスが、下級女官と結婚したことを嘆き悔し涙を流しているのを目撃したのだった。
あの王妃はソフィラが元守衛のルイカと婚約した時には、あんなに喜んでくれたのに。それは、きっと二人が「釣り合いの取れた」貧しい出身だったからだと思った。
ソフィラは王妃のその言葉に怒りを覚え、リリルにすべてを打ち明けたのだった。
*
「誰に聞いたんだい、そんなこと」
エリウスが怒ったように言った。
「守秘義務がありますから、言えません。でも、離婚してください。そのほうが、エリウス様のためにも、私のためにもいいのです」
リリルは必死に表情を崩すまいとしたが、唇が震え、肩が小さく揺れていた。
エリウスが、じっとその様子を見つめた。 リリルは胸がどきどきして、手をぎゅっと握りしめて目を伏せた。
「本気なのかい?」
「はい」
「一時の感情で言っているんじゃなくて、本当に、心からそう思ってるのかい?」
「私は、冷静です」
リリルが震える声で言った。「ホンキの、ホンキです」
エリウスは一瞬目を細めた後、静かに頷いた。
「そうか」
エリウスが穏やかに言った。
「ホンキのホンキなら、仕方ないな。じゃあ、離婚しよう」
あまりにあっさりとした返答に、リリルが息を呑んで目を見開き、信じられないといった表情で彼を見上げた。
「本当に、いいのですか?」
「リリルが、そう望むのなら」
エリウスが、優しく言った。
「僕はリリルの願いは何でも叶えてあげたいんだ」
「エリウス様自身は」
リリルの声がさらに震えた。「それで……本当に、いいんですか?」
「よくは、ないよ。でも、結婚は一人じゃ続けられないからね」
その言葉に、リリルの瞳が潤み、声が震えた。
「エリウス様がよくないと思うのなら、私、やめます」
「いいんだ。リリルの望むようにしよう」
次の瞬間、リリルがしゃくり上げて、わんわんと声をあげて泣き出した。
「そんなの、いやだぁ」
とリリルが泣き叫んだ。「離婚なんか、いやです。絶対、いやです」
エリウスは困ったような顔をして、優しく笑った。
「リリル、言い出したのは、そっちのほうだよ」
「だからっ……」
リリルが泣きながら言った。「勢いで言っただけで、本気じゃなかったんです」
「ばかだなぁ」
エリウスが、やれやれといったふうに、口の端を上げた。「そんな大事なこと、勢いで言うもんじゃないだろ。驚くじゃないか」
「だって」
「こういうことに『だって』も『でも』も、ないんだよ」
エリウスが、諭すように言った。
「はい……」
リリルが、小さくなった。「私、馬鹿でした」
「ホンキのホンキじゃなかったんだろ?」
とエリウスが、微笑んだ。「分かってたよ」
「はい」
リリルが、涙を拭った。
「でも、エリウス様が、国王になられるかもしれないって聞いて、私……混乱しちゃったんです」
エリウスが、ふっと微笑んだ。 リリルの頭にそっと手を置いて、優しく撫でた。
「どこで聞いたんだい。僕が国王になることなんて、ないよ」
エリウスが、静かに言った。「でも、万一そういう話がきたとしても、僕が出す条件はただ一つ」
「条件はただ一つ?」
リリルが、顔を上げて繰り返した。
エリウスが、リリルを見つめた。
「唯一の条件は、王妃がリリルであること」
その言葉を聞いた瞬間、リリルは胸がいっぱいになり、何も考えられなくなって、エリウスの胸を、ぽかぽかと何度も叩いた。
「いやだぁ!」
さらに大粒の涙があふれ、リリルはエリウスにしがみついて泣きじゃくった。
「リリルは反応が過激だね」
「エリウス様は、過激な人は嫌いですよね」
「いや、そんなことはないよ」
それを聞くと、リリルがまた泣いた。
「今日のリリルは、涙が余ってるのかい? よく泣く日だね」
エリウスに優しく抱きしめられながら、リリルは心の中で強く誓った。
私、この人を、絶対に、離さないからね。



