下級女官リリルの片思いと奔走

ソフィラからそれらの話を聞いた時、エリウスとリリルは、ふたりが去った後で何が起こっていたのか、ようやく理解した。
姉のセシリアがすぐにアストリウスに来られなかった理由も。

「姉上に、今すぐ会いに行こう」
とエリウスが、立ち上がった。

「でも、エリウス様」
とソフィラが、たしなめた。

「もう夜も更けていますし、お休み中でいらっしゃいますので、ご気分を害されるかもしれません。日を改めて、お伺いするのがよいのではないでしょうか」

「それも、そうなんだけど」
とエリウスが、困ったように笑った。「僕は、明日まで待てそうにないよ」

「そういうところ、昔からお変わりないですね」
とソフィラが笑った。 彼女は宮廷に長くいるので、エリウスの以前の姿をよく知っている。

「エリウス様は、そうだったの?」
とリリルが、尋ねた。

「そうよ」 とソフィラが、微笑んだ。「セシリア様とお出かけになる日などは、いつも扉の前でじっと、お仕度が終わるのをお待ちになっていましたよ」

「そんなこと、あったかな」
エリウスが、照れたように笑った。

ソフィラが、立ち上がった。
「わかりました。それではこれから、セシリア王妃様のお部屋へご案内いたします」

エリウスとリリルは懐かしい廊下を歩いて、セシリアの部屋に向かった。時々、微笑み合いながら。



王妃の部屋に入ると、ソフィラは、お付の女官に「しーっ」と口元に指を当てて、静かにするよう、指示した。王妃の睡眠中に起こしてしまうと、叱られてしまうからである。

ソフィラとリリルが見守る中、エリウスはそっとベッドに近づき、その端に、腰を下ろした。

「姉上」
優しくそう囁きながら彼女の頬に、そっと手を伸ばした。
でも、セシリアは目を覚まさなかった。

きっと、お疲れなのだろう、とエリウスが立ち上がり、静かに、その場を離れようとした。

ちょうど三人が、部屋を出ようとしたその時、セシリアが、突然叫んだ。

「誰なの?」

「……エリウス様ですよ」
とソフィラが、小声で答えた。

「エリウスですって。灯をつけなさい」
お付きの女官が、部屋の明かりを一斉につけた。

「今話題の剣士ゼリアン様は、」
とソフィラが、微笑んだ。「エリウス様なのですよ」

「えっ」
セシリアは驚愕のあまり、目を見開いた。

「剣士のゼリアンが、王子のエリウス? まさか」

「そうなんだよ。僕が、ゼリアンだよ。姉上、驚いた?」

「まさか」
セシリアはシーツを払いのけ、ベッドから立ち上がった。

「あの噂の剣士が、あなただなんて。どうして、そんな立派な剣士になれたの?」

「三年間、サラカレで、修業してたんだよ」

「本当に、エリウスなの?」
セシリアが、信じられないという顔をした。

「あなたは、帝王学を学ぶために留学したと……」

「そんな話、どこから出たの?」

「だから、私達の結婚式に、来られなかったのでは」
セシリアが、混乱した顔で言った。

「姉上が生きておられたことも、結婚したことさえ、最近まで知らなかったんだよ」

「エリウス、私のエリウス」
とセシリアが、両手を広げた。「私がどんなに会いたかったか、わかりますか」

「僕もだよ。姉上」
エリウスが、姉を抱きしめた。

「エリウス、あなたのことは、何度も、何度も、夢で何度も見たわ。夢で見た姿とは違うけど、あなたは本当にエリウスなのね」
セシリアは両手で彼を強く抱きしめ、彼の肩を揺らした。

「そうだよ。姉上、僕は本物の弟だよ」
と エリウスが、優しく言った。

セシリアが、エリウスの顔をじっと見つめた。
「その瞳は、確かにエリウスだわ。でも、どうしてサラカレに行ったの?」

「姉上は、僕がこの国にいたことを覚えてないの?」
セシリアが、わからないと首を振った。
「でも、なにか、とても申し訳ないことをした気がしているの」

リリルが、静かに口を開いた。
「セシリア王女とソフィラが一台の馬車で、そしてエリウス王子と私がレオナルド国王からのお迎えの馬車に乗り、エルナリスの国を出発したことを、覚えていらっしゃいますか?」

セシリアが、眉をひそめた。
「何のこと?」

「エリウス様は先にこちらに到着されましたが、何日お待ちしても、セシリア様が追いかけて来られなかったので」

セシリアが、エリウスの手を握った。
「私のために、つらい思いをさせてしまったのなら、ごめんなさい」

「そんなこと」
とエリウスが、首を振った。「いいんだよ。姉上が、戻って来ようとしてくれていたってわかったから。姉上が、生きていてくれただけで、それだけで十分だよ。ひどい怪我をしたんだよね。大変だったね」

セシリアが、リリルに視線を移した。
「あなたが、リリルね」
とセシリアが、微笑んだ。

「はい」
「エリウスを守って、ずっとそばにいてくれたのね。ありがとう」
「いいえ」 とリリルが、頬を染めた。「私が、エリウス様と一緒にいたかったのです」

「姉上」
エリウスが、少し照れながら言った。
「僕から報告が、あるんだよ」

エリウスが、リリルの手を取った。
「僕はリリルと結婚したんだ。僕たち、夫婦になったんだよ」

「なんですって?」
一瞬、セシリアの表情が凍りついたようになった。でも、すぐに微笑みを取り戻した。

「ああ、それは、おめでたいこと」
セシリアが、無理に笑顔を作ったが、すぐに「おめでとう」と祝福を口にした。でも、その声は少し震えていた。

ちょうどその時、隣室から、赤ん坊の泣き声が聞こえてきて、女官が駆けて行った。
「王子にお乳を、あげないといけないわ。では、続きは明日でもいいかしら」

「もちろんです」
その時、セシリアはそっと弟の耳元で囁いた。
「エリウス、明日は一人で来て」