下級女官リリルの片思いと奔走


レオナルドと近衛隊はルイカに導かれて、町外れの小さな家へと辿り着いた。

そこには静かな風景が広がり、蝉の声が、聞こえていた。

古びたその家は今にも崩れそうだったが、庭には手入れの行き届いた草木が茂っていて、人の温もりを感じさせた。

開いてある家の窓からは、燃えている薪の匂いが漂ってきた。

「母さん」
ルイカが母親を呼ぶと、中から年老いた女性が顔を出した。

「どうしたんだい、こんな時刻に」

母親はレオナルド国王と近衛隊の姿を見た途端、驚きのあまり、その場にへたり込んでしまった。
「息子が何かやらかしましたか。お許しください」

「違いますから、どうぞ、ご安心ください」
レオナルドは、優しく声をかけて、老女を抱き起こした。

「すみません」
老女が震える声で尋ねた。

「いったい、こんなあばら家に何のご用ですか。悪いことは、何もしていません」

「心配することはないのだよ」
レオナルドが、穏やかに言った。

「ここに、ある女性が匿われていると聞いたが」

「はい」
老女が心配そうに息子を見ると、彼は話してもよいのだよと頷いた。

「息子が、この娘をしばらく頼むと言って、知人に預けてここへ運ばせました。息子は、宮廷の宿舎におりますので」

「なるほど」

「それが、何か悪かったのでしょうか」

「いいや。褒められることであっても、責められることは何もない」

「それは安心しました」

「その彼女に、会わせてもらいたいのだが」

「はい、少々お待ちを」
老女が振り返って、奥を見た。
「今は、休んでいるかもしれません」

「体調が、悪いのか?」
「頭を、ひどく打っていて……。ここに連れて来られて、帽子を取った時には、その金髪は血で真っ赤に染まっておりました」

「金髪だったのか」

「はい」

レオナルドの心臓が、跳ねた。小さなセシリアは、金髪のウィッグを残した。

「女性の具合は、どうなのだ?」

「腕と肩も、傷を負っております。お医者様は、落馬による怪我だろうとおっしゃいました」

落馬か。

レオナルドの頭の中で、断片的だった情報がゆっくりと繋がっていく。アランは落馬で命を落としたのだ。

そしてこの女性も、落馬によって頭を強打したようだ。

「怪我をした時期について、何か手がかりはあるか?」
「詳しいことは、存じません」
と老女が、首を振った。

「ただ最初にここに運ばれてきた時、蒸した芋を差し出しましたら、何も言わず夢中で三つも食べました」

「では、様子を見てまいりますから、失礼します」
老女は背中を丸めて奥の部屋へと向かった。 しばらくすると、老婆の声が聞こえた。

「娘さんは、大丈夫です。どうぞ、お入りください」



奥の小さな部屋に足を踏み入れると、薄暗がりの中に、一人の女性が、頭に包帯を巻かれ、青白い顔で横たわっていた。

レオナルドは、ベッドのそばに歩み寄った。静かに、問いかけた。

「あなたは、」
レオナルドの声は優しかった。

「エルナリス王国の王女、セシリアですか?」
女性はゆっくりと目を開けた。眉を寄せながら、彼を見つめた。

「その名前は……知らない」
女性の声はかすれていた。

「あなたは、どなた?」

「私はアストリウス王国の、レオナルド・フィリスです」
その名を聞いた瞬間、彼女の瞳に、恐怖と混乱が浮かび、その唇が、震えた。

「帰って……」
女性が、怯えた目で言った。

「怖がらなくていい。私は、あなたを助けに来たのだから」

「嘘……」
彼女は首を激しく振って、布団の中で、身を縮めた。

「嘘じゃないですよ。どうして嘘だと思うのですか」

「……エリウスは?」
女性の声が、震えた。「私の可愛いエリウスは、どこ」

女性が、レオナルドを睨んだ。
「あなたが、殺したの?」

彼女は涙を流しながら、レオナルドに向かって手を伸ばした。
「エリウスを返して!」
その涙は、次から次へと溢れ、頬を濡らして止まらない。

「落ち着いてください」
とレオナルドが、彼女の手を握った。

「私はエリウスを殺してなどいない」

「会いたい」
女性が、泣きながら言った。「お願い、エリウスに会わせて」

「どうして、彼が私に殺されたと思うのですか?」
「それは……わからない」
女性が頭を抱えた。

「でも、怖い夢ばかり見るの。誰か怖い人が、私を追いかけてくる。エリウスが、どこか遠くで泣いてる」

「あなたの名前は」
とレオナルドが、優しく問いかけた。「名前を、思い出せないのですか?」

「わからない……。わからないの。お願い、私をここから出して、エリウスを探して!」

彼女はレオナルドの膝にすがりついて、涙をこぼしながら懇願した。

レオナルドは、彼女の頭にそっと手を置いた。

「わかりました」
そう言うレオナルドの声は温かかった。

「怖いことは、何もない。一緒に、エリウスを探しましょう。私もエリウスを探しています。そのためにも、あなたの力が必要なのですよ。協力してくれますか」

女性は震える手でレオナルドの袖を掴んで、頷いた。

レオナルドは思った。この女性こそが、セシリア王女なのだろう。
レオナルド自身は肖像画でしか彼女を見たことがないが、あの目元は似ている。小さなセシリアにも、似ている。

このセシリアは記憶を失っているようだが、エリウスの名前は覚えている。弟を、心配している。

「さあ、城に行きましょう」

レオナルドはこの女性を連れて帰り、エリウスを探そうと決めた。
エリウス、あの美しい少年。
自分が愛した、あの小さなセシリア。
もう一度、会いたい。

「大丈夫ですから、私を信じてください。必ず、エリウスを見つけることを約束します」