下級女官リリルの片思いと奔走


「それで、どうしたのだ?」

レオナルドは、前のめりになり、拳を握りしめた。

その声は抑えきれない焦りと切迫感に満ちていたが、その瞳はわずかな希望の光を求めていた。

「それで、どうした? 早く、答えよ」

「いくら王女を探したのですが、どこにもおられません。ですから、アラン様に助けていただこうと駐屯地へ戻りました」

そこまで語るとソフィラの声は途切れ途切れになったかと思うと、
「わわっ」 という嗚咽を発して、ダムが決壊したように涙が流れ落ち、肩が、激しく震えている。

「ソフィラ、落ち着きなさい。一体、何があったというのだ?」

ソフィラは、震える唇を懸命に動かして、言葉を絞り出した。
「アラン様は……」
ソフィラの声が、かすれた。

「心優しいお方です。私が事情を話すと、すぐに険しい表情で馬に跨り、王女を探すために飛び出してくださったのです。ここ数日病気で、病が完全に回復してはいないのに」

ソフィラの声がさらに震えた。
「私も急いで馬車でその後を追ったのですが、途中、騒然とした人だかりが見え、胸騒ぎがして足がすくみ、転がるように駆け寄りました」

ソフィラの喉が詰まり、息を吸い込むことさえ困難な様子だった。

「そこには……」
とソフィラが、両手で顔を覆った。

「信じられない光景が……馬の下敷きになり、血に染まったアラン様が、瀕死の状態で横たわっていたのです。すぐに馬車で基地へお運びしましたが……」
とソフィラが声を絞り出した。

「懸命に手当をしたのですが、三日後の朝、亡くなられました」
ソフィラが、泣き崩れた。

「後で知ったのですが、その場所は『馬殺し』と呼ばれる、とても危険な場所なのだと……」

「それはあまりにも痛ましい出来事であった」
レオナルドの声が低く響いた。彼の胸にも鉛のような重い悲しみが広がっていくのが分かった。

「はい、今でも信じられません。アラン様は最期の最期まで、セシリア様のことばかり、気遣っておられました」

ソフィラが、震える声で続けた。
「お葬式の後、私は茫然自失として、どうすればいいのか分からず。セシリア様のこともわからず、リリルに出しておいた手紙の返事もなく、国に帰るわけにもいかず、アストリウス国を目指したのです。でも、時間が過ぎていますから、エリウス様の身代わりがバレてしまい、二人がどのような運命をたどったのかと考えると、恐ろしくて……」

ソフィラは、涙で濡れた瞳で、レオナルドの顔をじっと見つめた。

「エリウス様とリリルは……無事なのでしょうか」

「死んではいない、と思う」

「『いないと思う』とは一体、どういう意味ですか。ふたりはどこにいるのですか」

「それがわからない」

レオナルドはそれ以上答えることができない。それを、自分も知りたいと思っているのだから。



レオナルドはソフィラを帰した後、一人、執務室で考え込んだ。

あの愛したセシリアが、実はセシリアの実弟エリウスであった事実。

「全く……」
とレオナルドが、自嘲の笑みを漏らした。
「信じられない話だ」

あれほどまでに心を奪われた相手が、まさか、男であったとは。

しかし、レオナルドはあの時のセシリアが、嘘を演じていたとは思えないのだった。
今でも、エリウスの面影を脳裏に浮かべると、胸が締め付けられるような痛みが走る。 あの麗しい姿。 あの優しさに満ちた瞳。 独特の空気。
それら全てが、今や手の届かぬ幻なのだ。

騙されたということよりも、もう会えないのではないかという事実のほうが、空しい。

エルナリスに派遣した宰相から届いた報告によると、王女セシリアが、祖国に帰還していないというものであった。

「では、王女セシリアは、一体どこへ消えたのか?」
レオナルドが、独り言のように呟いた。

「そして、私の小さなセシリアは、どこへ行ったのか」

姉のセシリアが弟を置き去りにして逃げるということがあるだろうか。
誘拐された可能性も、否定できないが、まだ脅迫状の一つも届かないのは不自然だ。事故に遭ったのかもしれないが、いずれの可能性も、確証に欠けていた。
待っていても、答えは向こうからは、やって来ない。自分で見つけるしかない。

レオナルドは決意した。親衛隊を率い、王女セシリアが馬で出発した地点からアストリウスまでの全行程を徹底的に捜索してみよう。

いかなる真実が待ち受けていようとも、彼はその答えを自らの手で掴み取らねばならなかった。



レオナルドが親衛隊を率いて出かけようとしていた前夜、またあの守衛がやってきた。

夜を背にしたその姿は、まるで何か重い秘密を抱えているかのようで、何かに怯えているようだった。

「ルイカか」

国王の声が、低く響いた。 ルイカが、ひどく驚いた顔をした。

「私の名を、覚えていてくださったのですか」

「当然だ」
国王は短く答え、僅かに口元を歪めた。
「褒美は後で与える」

「そんなことで来たのではありません。実は、陛下にお伝えすべきことがございます。もしかしたら、関係のない事かもしれませんが」
と ルイカが表情を硬くした。

「かまわん。話せ」

「すぐにお知らせすべきだったかもしれませんが、全く関係のないことかもしれないと思っていましたので」

「釈明はよい」
と国王が、手を振った。「早く本題に入りなさい」

「はい」 ルイカが、深く息を吸い込んだ。

「それは、一週間ほど前のことです」

「雨の夜、門の前に一人の青年が現れました」

「青年が……?」

「粗末な野良着に、大きな帽子を深く被っておりましたが……」
ルイカが、声を潜めた。「でも、その声は、女性のものでした」

「女性の声だと?」
と国王の眉が、わずかに動いた。

「はい。その目は虚ろで、私の問いかけにも答えず、ただ……『エリウス、エリウス』と繰り返していました」

なんだと。
国王の心臓が、激しく反応した。

「その女の声をした男は、確かにエリウスと言ったのだな?」

「はい」

「それで?」

「あまりに気の毒なので、このままにしておけず……」
とルイカが、続けた。「うちの母親に、預けました」

「その場所は、どこだ」
と国王が、立ち上がった。

「町外れです」

「よし」

国王の目が、鋭く光を帯びた。
「今から、そこに向かうぞ。案内せよ」

エリウスを探していたのは、誰なのか。 もしかしたら。 そう思うと、レオナルドの胸が高鳴った。