下級女官リリルの片思いと奔走


セシリアの失踪を知ったレオナルド王は、エルナリスへ向かうと決心した。エルナリス国に行けば、答えがあるはずだから。

さまざまな謎が浮かんだ。

セシリアは、本当に王女なのだろうか。
リリルは、本当は魔女なのだろうか。

ナイーブなセシリアが魔女に操られている可能性はある。
かわいそうなセシリア。 だとしたら、すぐに助け出して、魔法を解いてやらねばならない。

今はただ、真実を確かめることが先決だ。
あれこれと思索するのは、それからだ。

出発は、翌朝。

任命された八人の精鋭近衛騎士たちが、馬の手入れをしていた。鞍を調整し、手綱を確認しながら、一つ一つの作業に、集中していた。

王のただならぬ様子から、騎士の間には緊張感が漂っていた。無駄なことを話す者は、誰もいない。



その夜、レオナルドは机に向かっていた。
政務が山積みで、今夜中に片づけなくてはならないから、手を休めることはできないのだ。

だが、何度も、セシリアのことが頭をよぎる。
その笑顔。
囁くような声。
ぎこちない歩き方。
それは、無理に忘れようとしても、どうしても消せるものではなかった。

手を休めるたびに、その面影が目の前に浮かんでは消える。明日になれば、真実がわかるだろう。

彼は再び書類に目を落とし、徹底して、一つ一つの仕事に取り組んだ。

しかし胸の中では、セシリアに対する不安がますます大きくなり、それは時に、波のように押し寄せていた。

不安は、物事を解決しない。
すべては、エルナリス国に行って、事実を確認してからだ。
それをわかっていても、レオナルドは無力さを感じていた。

一刻も早く、セシリアを抱きしめたい。あの小さなセシリアを、守ってやらねばならない。その気持ちが、焦るのだった。



翌朝、近衛隊はすでに前庭に整列し、国王の到着を今か今かと待っていた。

レオナルドが、部屋を出ようとした時、昨日の守衛が、おどおどとした様子で現れて、頭を下げながら言った。

「陛下に、お伝えしたいことがございます」

「何だ。急いでいるから、早く言え」

「はい。陛下は昨日、ブロンドの長い髪の女性をお探しになっておられました」

「その通りだ」
とレオナルドが、前のめりの姿勢になった。

「見つかったのか?」

「いいえ、そうではありません」
と守衛が首を振った。

「けれど、今朝早く、一人の女性がやってきて、王妃の女官にぜひ会わせて欲しいと申しました」

「王妃の女官だと?」

「約束なしの面会はできないと断ると、金貨を差し出し、これでどうにか会わせて欲しいと懇願するのです」

「続けよ」

「その女性は『私は王妃の女官です』とだけ言い、あとは何を聞いても、口を閉ざしています」
守衛はびくつきながら、王の顔をうかがった。

「それで」

「それで、怪しく思い、守衛室にとどめております。このことは、無視してよいでしょうか。陛下がお探しの方と、関係があるでしょうか」

レオナルドが鋭い眼で守衛を見たから、彼はすくみ上がった。
「陛下の貴重な時間をお使いさせてしまって、申し訳ございません」

「おまえは、よい判断をした」

「は、はい」

守衛は叱責を覚悟していたが、予想に反して褒められたので、面食らった。

「おまえの名はなんだ?」
「門番のルイカでございます」
「ルイカか。よく覚えておこう。では、その王妃の女官とやらを連れて来なさい」



レオナルドは、近衛隊に出発を遅らせる旨を伝え、その女官とやらに、まず会うことにした。

守衛室から連れてこられた女性は、落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見渡していた。

「セシリアに会いに来たのだと聞いたが」
レオナルドの声が、冷たく響いた。

「そなたの名前は?」
「ソフィラでございます」
彼女は怯え切った声で答えた。

「セシリア王女付きの女官か?」
「はい」
「いくつだ」
「十九歳でございます」

レオナルドの目が、まさしく鷹のごとく、彼女の表情を寸分も見落とすまいと探っていた。
ソフィラは噂の恐ろしい王に、死刑になってしまうのかと思い震えた。

「ところで」
とレオナルドが、穏やかな声で尋ねた。

「セシリア王女には、女官はたくさんいるのか」
「はい」
「何人いるのか」
「六人おります」

「名前を挙げてみなさい」
「マリア、カサンドラ、リリル、」

「今、リリルと言ったか」

「はい」
レオナルドは思わず宙を見上げた。ついに、手がかりを掴んだかもしれない。

「おまえは、リリルを知っているのか?」

「はい」
「リリルについて、述べてみよ」

「リリルは、セシリア様の女官の一人で、私の後輩です」

「もっと詳しく話してみなさい」
ソフィラは、王の厳しい眼差しにだじろぎながら答えた。

「新米女官で、十六歳、小柄で、顔も目も丸く、非常に足が速く、頭も良く、ああ、裁縫を得意としております」

ソフィラは余計なことは言いたくはない。でも、冷血王を怒らせたら、大変なことになるからおろおろしながら答えた。

レオナルドは、顎に手を当ててしばし考え込んだ。
ソフィラの語るリリルは、自分の知っているリリルだ。あのリリルは、魔女ではなくて、本当に女官だったのか。

では、なぜ、逃げたのか。
「それでは、おまえが仕えていたセシリア王女について、述べてみなさい」

「はい、セシリア様は、非常に美しく、剣術に長け、非常に活発なお方でございます」
「背丈は、どのくらいだ?」
このくらい、とソフィラは手を伸ばした。自分の背より高い位置を、上げたり下げたりした。

「体格は、どうだ?」
「中くらいだったかと」

「痩せてはいなかったか」
「いいえ」

うむ。

レオナルドは、腕組をした。

「では、ついてきなさい」



レオナルドは、ソフィラをセシリアの衣装部屋へ連れて行った。

「これらの服は、誰のものか、わかるか?」
「見たことがあるような気がいたします」
「よく見よ」
「はい」

「セシリア王女のものではないか」
「はい。そうでございます」
レオナルドは、その中から大小さまざまなドレスを手に取った。

「ここに、サイズの違うドレスがある。どちらが、セシリアのものか?」
「えーと、こちらです」
ソフィラは大きいサイズを指差した。

「なるほど、そうか」
レオナルドの視線に力がこもった。

「では、セシリアには妹がいるか?」
「はい」

「いくつだ?」
「八歳と五歳かと。いいえ、十歳だったかもしれません」

「歳が離れているようだが、実の妹か?」
「いいえ。母親が違います」
「実の妹は、いないのか」
「いらっしゃいません」
「そうか」

レオナルドは黙ったまま、考えを巡らせていた。
「ほかに、何か知っていることはあるか」

「特に思いつきません。あのう、すみませんが、リリルに会わせていただけないでしょうか」
「会って、どうするのだ」

「それは、ちょっとした個人的な話でございます」
「個人的な話をしに、わざわざここまでやって来たというのか」

「すみません。ただの女子話でございます。よその方にとっては、犬も食わない話でございますが、私たちには、大事な話なのです。緊急なのです」

レオナルドは、心の中でひとしきり考えた。

セシリアがふたりいるらしい。自分が愛したセシリアは、小さいほうのセシリアだ。大きなほうが本物のセシリアだとすると、私のセシリアは、いったい、誰だったのだろうか。

しかし、今、ことは核心に近づいている気がする。

問題はこのソフィラという女官が、どこまで話してくれるかということだ。
レオナルドは、ソフィラを見つめた。

「ソフィラ、」 レオナルドの声が、低く響いた。

「おまえは、何かを隠しているな」
それを聞いたとたん、ソフィラは恐怖のあまり顔面蒼白になった。