下級女官リリルの片思いと奔走

あの三年前の朝、レオナルド・フィリス国王の心は、これまで経験したことがないほどの幸福感に満ちあふれていた。

戦争に勝った時の感覚。相手国を服従させた時の達成感。さまざまな満足感を覚えたことはある。
しかし、今、この身体から沸き上がる幸福感とは、まったく違っていた。

自分はあのセシリアのちょっとした反応に一喜一憂している。きりきり舞いさせられている。

昨晩は寝室には来てくれなかったが、それが少しも嫌ではない。いや、喜びなのだ。
セシリアのためなら、いくらだってあたふたしてみせる。
拒否し続けるのだって、それは彼女が純粋ゆえだと理解している。
呼ばれて、のこのことやって来る女には、もう興味はないのだ。

彼女は父王の庇護の下で、世間のさまざまな汚れや厳しさから守られて育ったのだろう。その無邪気なセシリアに、今日こそ受け入れてもらえる気がする。
あと一押しだ。

レオナルドは、その朝、またセシリアに会えると思うと、まるで自分がこの世に生を受けた理由を、ようやく見つけたかのような気がした。
生きる喜びが、心の奥底から溢れ出していく。生きていることの意味は、まさにこのひとときを味わうためにあったのだと。

その朝、レオナルドは、セシリアの部屋の前に立った。
衣服を整える。
笑顔を作る。
そして、ドアをノックした。

コン、コン。返事がない。
コン、コン、コン。

おかしい。

もう一度、ノックした。
しかし、やはり返事はなかった。

レオナルドは、しばらくその場に立っていた。
人のいない、冷たい空気が部屋の中を支配している、そんな気がした。

軽くドアを押してみる。
鍵は、かかっていない。

扉が、開いた。
けれど、部屋の中には、誰の姿もなかった。

「どこへ行ったのかな……」

あの小さな女官と庭に出かけたのだろうか。それとも、朝食の間だろうか。

レオナルドは、城内をあちこち歩き回った。
ばったり会った時のことを考えると、心が躍った。

だが、セシリアの姿は、どこにも見当たらなかった。それに、あのリリルという女官もいない。

「セシリアは……すねて、隠れてしまったのかな」

昨晩、彼が迫りすぎたことで、機嫌を損ねてしまったのだろうか。少し、強引すぎたかもしれない。

だが、祖国からここに来たのは、結婚するためなのだ。それに、署名も済ませた。
それなのに、どうして彼女は、まだあんなに子供っぽいのか。

セシリアは純粋で、あまりにも未熟だ。でも、その冷たい無邪気さが、自分を惹きつけるところでもある。

レオナルドは、頭を掻いた。
最近は、自分でもすっかり変わってしまったと感じている。

戦争にしか興味がなく、笑いもせず、苦虫を噛み潰したような顔をしていると言われていた男が、若い女性にめろめろになり、それを喜んでいる。
それを恥ずかしいとか、反省するとかいう気などない。

ただ、セシリアに会いたいという気持ちが、泉の水のように沸いてきて、止まらないのだ。

そうだ。きっと、あの女官が何か入れ知恵したに違いない。
あのリリルという女官は、いつも出しゃばりすぎる。
セシリアを、自分の思い通りにしようとしている。まるで、誰が主人なのかを忘れている時がある。けしからん。

自分は、これまで部下をこんなに甘やかしたことはない。
だが、リリルという女官だけには甘い。それは、セシリアのお付き女官だからだ。

自分は、セシリアには嫌われたくない。しかし、こんな無礼なことが続けば、がつんと叱責しなければならない。
行き過ぎた行動を止めさせなければ。場合によっては、国に帰すことも考えなければならない。
とにかく、今は二人を見つけなければならない。

「宮廷中を探せ」

レオナルドは、家臣に命じた。

しかし、昼になっても、二人の姿は見つからなかった。
まるで、城のどこかに完全に隠れているかのように。

彼女たちの気配が、すっかり消えてしまっていた。
見つかるまでの間、仕事を片付けようと思っても、やる気が出ない。

ああ、何一つ、面白くない。

だが、レオナルドは大騒ぎすることはなかった。
一人で部屋に閉じこもり、考え続けた。

時間が経つにつれ、次第に冷静さを取り戻していく中で、彼は一つのことに気づいた。

この二週間というもの、自分はまるで魔法にかかったようだった。
セシリアのことを思わずにはいられず、無意識のうちにその後を追いかけ、心は常に彼女に囚われていた。

冷血王と呼ばれ、冷徹で理知的だと自負していた自分が、どうして、こんなにも二十一歳の王女に狂ってしまったのだろうか。

どこから狂い始めたのだろうか。
初めて出会った瞬間からだろうか。

何か、催眠術にかけられたような気がする時があった。
薄々、おかしいとは思ってはいた。

そうだ。セシリアのいるところには、必ずあの女がいた。
もしや、リリルは悪魔の魔法使いで、彼女がセシリアを操っていたのではないだろうか。

もしそうだとしたら、セシリアがあまりにも無力で、可哀想だ。
早く見つけて、呪いを解いてやらねばならない。

夜が更けても、二人は姿を現さなかった。
レオナルドは、もはや疑う余地なく、確信した。
彼女たちが、逃げたのだと。

部屋に残されたのは、衣服や装飾品、化粧品、日常的に使われていた品々。
しかし、それらは無造作に放り出されたままで、持ち出された形跡がない。

レオナルドは、衣装部屋に足を踏み入れた。
ドレスに、サイズの違ったものがあることに気づいた。

大半は大きなサイズのもの。
だが、いくつかのドレスは明らかに小さく、誰かの手でサイズ直しが施されていた。

小さなサイズのドレスは、あのセシリアが着ていたものだ。
では、なぜここに、大きなサイズのドレスがこんなにたくさんあるのだろうか。

そう言えば、リリルは、いつも裁縫をしていた。

レオナルドは、門番を呼び寄せた。

「不審な若い女性が二人、城を出なかったか?」
「若い女性は、何人かはおりましたが」
「一人は、金髪の長い髪で。もう一人は、黒髪の女性だ」

門番は、神妙な面持ちで答えた。

「いいえ、そういう二人組の女性は見かけませんでした」
「確かか?」
「自信を持って言えます。確かです」

この城は、その構造自体が防御を兼ねている。
外部との接触を最小限にするため、誰も簡単には出入りできるはずがない。

それにしても、何もかもが腑に落ちない。
やはり、魔女の仕業だろうか。

そんな疑念が、頭をよぎる。

その時、レオナルドはふと思い立ち、セシリアが使っていた部屋に戻った。
すべての引き出しを開ける。

最下段まで探ると、下着の下から、金髪のウィッグが出てきた。

レオナルドの手が、止まった。

これは、いったい何だ。

レオナルドは、ウィッグを握りしめた。

「これは、セシリアの髪ではないか」

その瞬間、レオナルドの高ぶりは、すとんと落ち、興奮の渦が引いていった。
代わりに、冷たい何かが、胸の中に広がった。

セシリア、あなたは、いったい誰なのですか。