下級女官リリルの片思いと奔走

「じゃ、エリウスが私に見えるかどうか、試してみましょう」

セシリアはリリルに、自分の部屋からウィッグやメイク道具、ドレスを持ってくるように指示した。
「はいっ」
リリルは張り切って部屋を飛び出した。

リリルが宮廷の裁縫部に応募して合格したのは六か月前。それが、服の直しの腕が認められてセシリア王女付きになったのは、わずか二か月前のことだった。

ある日、リリルが王女の部屋で掃除をしていた時、弟のエリウス王子が入ってきたのだ。 その瞬間、リリルは恋の沼というものに、生まれて初めて落ちてしまったのだ。

「エリウス様って、なんてすてきなの」
ソフィラにそう打ち明けると、彼女もエリウス王子のファンで、追っかけをしているのだと教えてくれた。
でも、宮廷内にはエリウス推しの女官がたくさんいる。 だから、リリルみたいな下級女官に、王子と口を聞けるチャンスなどあるはずがなかった。

それなのに、 夜中に彼の部屋を訪れてその寝ぼけた顔が見られたなんて、最高すぎた。このことをソフィラに伝えたら、どんなに羨ましがることだろう。想像しただけで、楽しくて仕方がない。

リリルはエリウスの部屋に戻り、テーブルの上にメイク道具を並べた。 それを不安げに見ているエリウスを見ると、リリルはかわいそうでならなかった。
だって、あの王子が女装されようとしているのだから。

「ここに座って」
セシリアはエリウスを椅子に座らせると、メイクを始めた。

「リリル、よく見ておきなさい。明日からはあなたがするのだから」
えっ。次は、私がするのですか。

「は、はいっ。光栄です、じゃなく、がんばります」

セシリアがエリウスのすべすべの顔に色を塗るたびに、彼の顔は華やかになっていく。アイラインを入れて、頬に少しピンクの色を加えると、もともと女の子のような顔立ちが、ますます輝きを増していった。

「リリル、どう?」
「は、はい。それはもう」
セシリアがエリウスの顔をリリルの方に向けたので、部屋中に音が聞こえたのではないかと思うほど、胸がどきんとした。

「お美しいです。セシリア様より、いいえ、女性よりも女性らしいです。いえ、つまり、誰よりもお美しいです」

リリルは舌がもつれて、何を言っているのか、自分でもわからない。 鏡の中のエリウスはこわばった表情をしている。

「リリル、そんなことは聞いてはいない。エリウスは子供の時から、女子よりも美しいと言われてきたのだから、当然よ。肝心なのは、エリウスが私に似ているか、ということ」

「はい、そうですよね。よく似ておられます」

「そう。では、ウィッグはあなたがやりなさい」
とセシリアがリリルに命令した。
私が、ですか!

「はいっ」

リリルは緊張して身体が固まり、唾を呑み込んだ。ごくっ、と音が聞こえたかもしれない。

「きみはだれ」
とエリウスが振り返った。
「はい。私はセシリア様にお仕えしている新米女官、リリルと申します。少し前から、王女様の身支度などのお手伝いをしています」

「リリルと言うのか」
エリウスが自分の名前を呼んでくれた。彼が名前を呼ぶと、ものすごく美しく、別の人の名前に聞こえた。
もともと名前もない孤児で、「小さい」から誰かが「リリル」と呼んで、それが名前になってしまったから好きではなかった。でも今は、そんなことはどうでもよい。

「リリルはいくつ」
「十六歳です」

「僕と同じだ。でも、リリルは小さくて、顔も子供みたいでかわいいから、もっと若く見えるよ」

王子の言葉の中の「かわいい」という部分が、頭の中で村の教会の鐘のように鳴り響いた。 村にいたとき、一度か二度、老人からかわいいと言われた気はするけれど、宮廷に入ってからは初めてだった。

「リリルったら、何をぼやっとしているの? 早くやりなさい」

「はい、セシリア様」

リリルは彼の髪の毛に触れながら、これまで生きた人生で、たぶん一番の幸せの時なのではないかと思った。
これまで、食べられなくて苦しい時も、恥ずかしい時もあったけれど、全部帳消し。人生、生きていたら楽しいことがあるって、誰かが言っていたけど、本当。 私の人生、超楽しい。

リリルは彼の地毛をまとめて、その上に慎重に金色のウィッグをかぶせた。胸がまたまた高鳴る。 金色の髪がエリウスに驚くほどよく似合った。

「エリウス様、本当におきれいです。ではなくて、そっくりです」

エリウスは少し照れたように微笑み、わずかに首をかしげてリリルに視線を送った。それが、リリルの胸をまたきゅっと締めつけた。ああ、天国状態が続いている。

王子がちらりと見せた微笑みや、顔のわずかな表情の変化のすべてが、リリルにとっては特別な瞬間なのだった。

ドレスを着せる際、その指がエリウスの体に触れるたび、リリルの心臓がまた跳ねた。 彼の肌の温もりを感じ、リリルはその一瞬一瞬に幸せをかみしめながら、薄いブルーのドレスを整え、ピンクの紐のベルトを巻いた。

エリウスが鏡の前に立ち、自分の姿を確認しているのをリリルは見守っていた。

「どう思う?」
エリウスが軽く身をひねってみせた。ドレスの裾がしなやかに揺れ、彼の姿勢に完璧に調和していた。
リリルはその美しい姿に息を呑んだ。正直なところ、セシリア様よりも美しい。誰よりも、美しい。

エリウスは少女のような繊細な美しさを持ちながらも、どこか神秘的な魅力を放っていた。 リリルはその姿に感嘆して、胸の奥が焦げそうになった。というか、気絶しそうなくらいなのだった。

「まるでお姫様のようです」
リリルは思わず口に出してしまった。あっ、これって、言ってよかった?

エリウスが少し照れたようにうつむいたので、リリルはその可愛らしさにまた心を奪われた。
その一連の作業の中で、エリウスがどんどん美しく変わっていくのを見て、リリルは心から幸せを感じていた。
自分の手で彼を美しく仕上げることができた喜びは、一生の思い出だ。こういう何もかも美しい人が、この世に存在するのだと知ったことを、いつか子供にも、孫にも、伝えたい。誰かと結婚できたらの話だけれど。

夢が叶ったわ。早くソフィラに伝えたい。 リリルの手が震えながらも、最後の仕上げを終えた時、エリウスは鏡を見つめ、その姿に驚いたように目を見開いた。

「ありがとう、リリル。これで姉上の身代わりができるかもしれない」

その言葉を聞いて、リリルは飛び上がりそうだった。リリルはエリウス様のためだったら、何だってしようと思った。

「そうね。よい出来だわ。リリル、頼んだわよ。うまくやりなさい。絶対に、見破られてはだめよ」

「わかりました。私、絶対にうまくやります」

エリウスは鏡をじっと見つめながらため息をつき、無理に笑おうとしたが、その表情はどこか苦しげだった。

「本当に、こんなことしていいのかな。僕にできるのだろうか」

「永遠にそんな恰好でいなさい、なんて言ってないでしょ。たった数日のことよ。もう約束したんだし、優柔不断は嫌いだわ」
とセシリアが叱るように言った。

エリウスはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「そうだね。リリル、がんばろう」

その一言に、リリルの胸が沸騰した。
やる気が噴水の水のように、空高く噴き出した。 はい。私、がんばります。