エリウスとリリルは、三年前にアストリウス国から逃亡した。
そして、今、剣士ゼリアンとその妻カトリーヌとして、再び、その王都に戻ってきた。
ゼリアンの正体がバレることを心配して、カトリーヌが銀色の仮面を作った。
その神秘的な輝きを放つ仮面に、漆黒のコートを纏った長髪の麗しい剣士ゼリアン。その噂は、瞬く間にアストリウスの人々の間に伝えられた。
「銀色の仮面の剣士がいるらしい」
「サラカレの優勝者だそうだ」
「あの美しさは、まるで神話の英雄のよう」
*
特別招待剣士として、ゼリアンには、来賓室が用意されていた。
彼が到着するとすぐに練習場へと足を運び、剣を振るう一方で、カトリーヌは城内を駆け巡り、情報を集め始めた。
当時、エリウス、いや、セシリアとして過ごしていた頃、彼の正体を知る者はいなかった。
リリルの顔を知る者の中で、今も城に残っている者がいるかどうか、それは定かではない。
しかし、どうしても確かめたいことがあった。
カトリーヌは記憶のままに、かつて、セシリア様が過ごしたあの部屋を訪ねてみようと思った。
宮殿の長い廊下を歩いて行くと、見覚えのある扉が見えて、心臓が、激しく跳ねた。
その時、扉が、わずかに開き、リリルは、反射的に物陰へ身を隠した。
そして、少しして顔だけ出して、誰かが通り過ぎるのを待った。
その部屋から、現れたのは、忘れられない、あの顔。
「ソフィラ……」
抑えた声が、口をついて出た。
その声に反応して、女官の恰好をした女性が、怪訝そうに振り返った。
「リリル」
ソフィラの声が、震えた。
「リリルじゃないの!」
リリルが、物陰から出て来た。
「そうよ、私よ、リリル」
再会の驚きと喜びで、二人は声を出さずに抱き合った。
二人は、かつてエルナリス王国で王女セシリアに仕えていた女官だった。
「リリルったら、もうっ」
ソフィラが、リリルの身体を揺すった。
「ずっと、あなたのことを心配していたのよ。無事だったのね?」
リリルはこくりと頷いて、逆に問いかけた。
「ソフィラこそ」
そして、リリルが、真剣な顔で言った。
「セシリア様が、王妃になられたって本当?アラン様に会いに行かれた後、姿を消されたはずじゃなかった?送ってくれた手紙に、そう書いてあったわよね。あれから、どうしたの?何があったの?」
「しっ」
とソフィラは、辺りを見回して、声を潜めた。
ソフィラが、リリルの手を握った。
「誰かに聞かれたら、大変よ」
「ごめんなさい。でも、聞きたくて、待ちきれない。セシリア様の身代わりの件は? レオナルド陛下が、気づかないはずないでしょう?」
問い詰めるような視線に、ソフィラは迷いを見せた。でも、すぐに微笑んだ。
「それが、ややこしいのよ。ここでは、無理」
彼女は、リリルの耳にささやいた。
「ね、エリウス様はご無事なの?」
「ええ。エリウス様は、今回、『ゼリアン』という名前で、大会に招待されているのよ」
「まさか、あの剣士が」
ソフィラの声が、震えていた。
「あのゼリアン様が、エリウス様ってこと?うそでしょ」
ソフィラが、リリルの肩を掴んだ。
「ほんとうよ」
「信じられないわ。宮廷では、彼の話題で持ちきりよ。ちょうど今、練習場に出られたと聞いて、見に行こうとしていたところなの」
ソフィラは興奮を隠しきれずに、頬を紅潮させた。
「ねえ……」
リリルが、改めて問い直した。
「本当に、セシリア様はレオナルド陛下の王妃なの?」
ソフィラは、ふっと視線を逸らしてから、答えた。
「ええ、そういうことなの。でも、話せば長くなるわ。どこから話せばいいのかわからないほど。今夜、私の部屋に来て」
「それなら」
とリリルが、微笑んだ。「私たちの部屋に来て。北棟の来賓室よ」
リリルが、ソフィラの手を握った。
「エリウス様も一緒に、ゆっくり話しましょう。聞きたいこともあるし、伝えたいことも、たくさんあるもの」
「私も、ぜひ……」
ソフィラが、目を輝かせた。「エリウス様に、ぜひお会いしたいわ」
「じゃあ、今夜ね」
「でも……」
ソフィラが、首を傾げた。「エリウス様が、どうして剣士になられたの? 昔は、全然強くなかったでしょう」
「そうだけど。それも後でね」
リリルは微笑んで、少し得意げに、ささやいた。
「でもね、夜になる前に、一つだけ教えてあげる」
リリルが、ソフィラの耳元で言った。
「エリウス様は今では、私のご主人様よ」
「嘘……」
ソフィラの目が、さらに見開かれた。
「本当?信じられない」
ソフィラが、リリルを抱きしめた。
「リリルは昔から、エリウス様が大好きだったものね」
「あなたもね」
リリルが、頬を染めた。「でも、まさか私がエリウス様の花嫁になれるなんて、夢にも思っていなかったわ」
「実は……」
とソフィラが、声を潜めた。
「私も、婚約者がいるのよ。宮中に」
「そうなの?だれ」
「親衛隊の隊員よ」
ソフィラが、幸せそうに微笑んだ。
「元は門番だったけれど……彼がいなければ、今の私はなかったわ」
「それって、どういう意味?」
「ふふ」
とソフィラが、意味ありげに笑った。
「それも、今夜に話すわね。早く夜にならないかしら。夜に手が空いたら、その手を引っ張りたい。待ちきれないわ」
「本当ね」
とリリルも笑って、二人はまた抱き合った。
再会の喜びと、これから話すことへの期待で胸が、いっぱいだった。
*
そして、晩餐会が終わり、外が、すっかり暗くなった時。ソフィラは、そっとやってきて、ゼリアンの部屋を、ノックした。
コン、コン。
扉が、開いた。
「いらっしゃい、ソフィラ。どうぞ、お入りください」
ソフィラが、部屋に入ると、部屋の奥に立っている長髪の男性を見た。
仮面を外したその顔は、見覚えがあった。
「エリウス様」
ソフィラの声が、震えた。
「本当に、エリウス様なのですね」
ゼリアンが、微笑んだ。
「久しぶりだね、ソフィラ」
その声を聞いて、ソフィラは涙を浮かべ、深く頭を下げた。
「お会いできて、本当に嬉しゅうございます」
「僕も、嬉しいよ。さあ、座って。ゆっくり話そう」
三人はテーブルを囲んで座った。
長い夜が、始まろうとしていた。すべての真実が、明かされる夜が。
そして、今、剣士ゼリアンとその妻カトリーヌとして、再び、その王都に戻ってきた。
ゼリアンの正体がバレることを心配して、カトリーヌが銀色の仮面を作った。
その神秘的な輝きを放つ仮面に、漆黒のコートを纏った長髪の麗しい剣士ゼリアン。その噂は、瞬く間にアストリウスの人々の間に伝えられた。
「銀色の仮面の剣士がいるらしい」
「サラカレの優勝者だそうだ」
「あの美しさは、まるで神話の英雄のよう」
*
特別招待剣士として、ゼリアンには、来賓室が用意されていた。
彼が到着するとすぐに練習場へと足を運び、剣を振るう一方で、カトリーヌは城内を駆け巡り、情報を集め始めた。
当時、エリウス、いや、セシリアとして過ごしていた頃、彼の正体を知る者はいなかった。
リリルの顔を知る者の中で、今も城に残っている者がいるかどうか、それは定かではない。
しかし、どうしても確かめたいことがあった。
カトリーヌは記憶のままに、かつて、セシリア様が過ごしたあの部屋を訪ねてみようと思った。
宮殿の長い廊下を歩いて行くと、見覚えのある扉が見えて、心臓が、激しく跳ねた。
その時、扉が、わずかに開き、リリルは、反射的に物陰へ身を隠した。
そして、少しして顔だけ出して、誰かが通り過ぎるのを待った。
その部屋から、現れたのは、忘れられない、あの顔。
「ソフィラ……」
抑えた声が、口をついて出た。
その声に反応して、女官の恰好をした女性が、怪訝そうに振り返った。
「リリル」
ソフィラの声が、震えた。
「リリルじゃないの!」
リリルが、物陰から出て来た。
「そうよ、私よ、リリル」
再会の驚きと喜びで、二人は声を出さずに抱き合った。
二人は、かつてエルナリス王国で王女セシリアに仕えていた女官だった。
「リリルったら、もうっ」
ソフィラが、リリルの身体を揺すった。
「ずっと、あなたのことを心配していたのよ。無事だったのね?」
リリルはこくりと頷いて、逆に問いかけた。
「ソフィラこそ」
そして、リリルが、真剣な顔で言った。
「セシリア様が、王妃になられたって本当?アラン様に会いに行かれた後、姿を消されたはずじゃなかった?送ってくれた手紙に、そう書いてあったわよね。あれから、どうしたの?何があったの?」
「しっ」
とソフィラは、辺りを見回して、声を潜めた。
ソフィラが、リリルの手を握った。
「誰かに聞かれたら、大変よ」
「ごめんなさい。でも、聞きたくて、待ちきれない。セシリア様の身代わりの件は? レオナルド陛下が、気づかないはずないでしょう?」
問い詰めるような視線に、ソフィラは迷いを見せた。でも、すぐに微笑んだ。
「それが、ややこしいのよ。ここでは、無理」
彼女は、リリルの耳にささやいた。
「ね、エリウス様はご無事なの?」
「ええ。エリウス様は、今回、『ゼリアン』という名前で、大会に招待されているのよ」
「まさか、あの剣士が」
ソフィラの声が、震えていた。
「あのゼリアン様が、エリウス様ってこと?うそでしょ」
ソフィラが、リリルの肩を掴んだ。
「ほんとうよ」
「信じられないわ。宮廷では、彼の話題で持ちきりよ。ちょうど今、練習場に出られたと聞いて、見に行こうとしていたところなの」
ソフィラは興奮を隠しきれずに、頬を紅潮させた。
「ねえ……」
リリルが、改めて問い直した。
「本当に、セシリア様はレオナルド陛下の王妃なの?」
ソフィラは、ふっと視線を逸らしてから、答えた。
「ええ、そういうことなの。でも、話せば長くなるわ。どこから話せばいいのかわからないほど。今夜、私の部屋に来て」
「それなら」
とリリルが、微笑んだ。「私たちの部屋に来て。北棟の来賓室よ」
リリルが、ソフィラの手を握った。
「エリウス様も一緒に、ゆっくり話しましょう。聞きたいこともあるし、伝えたいことも、たくさんあるもの」
「私も、ぜひ……」
ソフィラが、目を輝かせた。「エリウス様に、ぜひお会いしたいわ」
「じゃあ、今夜ね」
「でも……」
ソフィラが、首を傾げた。「エリウス様が、どうして剣士になられたの? 昔は、全然強くなかったでしょう」
「そうだけど。それも後でね」
リリルは微笑んで、少し得意げに、ささやいた。
「でもね、夜になる前に、一つだけ教えてあげる」
リリルが、ソフィラの耳元で言った。
「エリウス様は今では、私のご主人様よ」
「嘘……」
ソフィラの目が、さらに見開かれた。
「本当?信じられない」
ソフィラが、リリルを抱きしめた。
「リリルは昔から、エリウス様が大好きだったものね」
「あなたもね」
リリルが、頬を染めた。「でも、まさか私がエリウス様の花嫁になれるなんて、夢にも思っていなかったわ」
「実は……」
とソフィラが、声を潜めた。
「私も、婚約者がいるのよ。宮中に」
「そうなの?だれ」
「親衛隊の隊員よ」
ソフィラが、幸せそうに微笑んだ。
「元は門番だったけれど……彼がいなければ、今の私はなかったわ」
「それって、どういう意味?」
「ふふ」
とソフィラが、意味ありげに笑った。
「それも、今夜に話すわね。早く夜にならないかしら。夜に手が空いたら、その手を引っ張りたい。待ちきれないわ」
「本当ね」
とリリルも笑って、二人はまた抱き合った。
再会の喜びと、これから話すことへの期待で胸が、いっぱいだった。
*
そして、晩餐会が終わり、外が、すっかり暗くなった時。ソフィラは、そっとやってきて、ゼリアンの部屋を、ノックした。
コン、コン。
扉が、開いた。
「いらっしゃい、ソフィラ。どうぞ、お入りください」
ソフィラが、部屋に入ると、部屋の奥に立っている長髪の男性を見た。
仮面を外したその顔は、見覚えがあった。
「エリウス様」
ソフィラの声が、震えた。
「本当に、エリウス様なのですね」
ゼリアンが、微笑んだ。
「久しぶりだね、ソフィラ」
その声を聞いて、ソフィラは涙を浮かべ、深く頭を下げた。
「お会いできて、本当に嬉しゅうございます」
「僕も、嬉しいよ。さあ、座って。ゆっくり話そう」
三人はテーブルを囲んで座った。
長い夜が、始まろうとしていた。すべての真実が、明かされる夜が。



