ゼリアンとカトリーヌは、ついに、サラカレの町に到着した。
「ようやく着いたね。ここがサラカレ」
サラカレは、ゼリアンが子供の頃に憧れた剣士たちが、日々、鍛錬を重ねる町である。長い間、心の中で思い描いてきた町に足を踏み入れて、ゼリアンは感激して、その場に立ち尽くした。
「ヤァァァァァ」
道場から響く気合の声と剣の音に、ゼリアンは全身の血が熱くなるのを感じた。 ある通りには、剣や防具を売る店がずらりと並んでいる。
「さすが、剣術の町ね」
「すごい」
ゼリアンの瞳が、光を放っている。
ゼリアンが嬉しそうにしているのを見て、カトリーヌは自分までが満ち足りた気持ちになった。
ここまで来られて、本当によかった。私も、もっと頑張ろう。
*
二人は、まず町の外れにある小さな宿に落ち着くことにした。
「ゼリアン、新しい場所での、新しい生活の、始まりですね」
「この町で僕は、強くなるんだ」
ゼリアンの張り切った声を聞くと、カトリーヌはうれしくてならない。
「ゼリアン、そうですよ、きっと強くなれます」
財布の中を覗くと、手持ちの金貨が、底をつきそうだった。ゼリアンには稽古に集中してもらい、自分は仕事を探そうとカトリーヌは決めた。
*
ゼリアンは自分に合った道場を探すために、剣術道場訪問を始めた。
カトリーヌには、裁縫の腕があるから、すぐに、仕事が見つかった。仕立屋の賃金で、小さな部屋を借りて、ふたりで暮らすくらいはできた。
でも、カトリーヌはゼリアンに、もっと良い道具を買ってあげたかった。
だから、仕立屋の後、夜は大衆食堂でも働くことにした。
*
ゼリアンはモンタグリという剣士が師範を務める国立道場に入りたいと思った。
国立だから入門できれば、授業料はずっと安い。
それよりも、ゼリアンがここで学びたいと思ったのは、モンタグリの美しい構え方と攻め方だった。
ゼリアンは、道場に行って入門を志願したけれど、あっさりと、断られた。彼は身体つきもしっかりしていないし、剣道の腕も未熟なのだから、断られても仕方がないのだった。
ゼリアンが、落ち込んだ様子で帰ってきた。
「だめだった」
「そう」
「僕には、剣術の才能がないそうなんだ。師範に、はっきりと言われた」
「そう」
「自分でもそうかもしれないと思っていたけれど、はっきりと才能がない、修業しても無駄だと言われると、落ち込むよ」
「そう」
「それだけ?」
「ひどいことを言われて、さぞつらかったでしょうと言ってほしいですか」
「今日のカトリーヌは、なんか、すごく冷たいね」
「それで、ゼリアンはあっさり諦めるの?」
「才能がないって、はっきり言われたのだから、だめだろう。でも、仕方がないから、他の道場にも行ってみたら、受け入れてくれるところがあったから、まぁ、いいか」
「それは、よかったわね」
「でも、やっぱり、モンタグリ先生のところがいい」
「じゃ、また訪ねて行って、もう一度頼んでみたら」
「だけど、向こうがだめだと言うのだから、仕方がないだろ」
「ゼリアンったら、信じられない」
カトリーヌがため息を一つこぼし、呆れた声を出した。
「何が」
「私たちは孤児姉弟のはずですよね。もっと孤児に、徹底してください」
「どういう意味?」
「国の王子はプライドがあるので、一度で諦めるでしょうが、孤児は一度くらい拒絶されたくらいでは、諦めません。一度なんか、断られたうちに入りませんよ。道端でお金をくださいと言って断られても、少なくても三度、いや五度は頼み続けないだめです。粘ると、私の場合は、三回に一回は成功しました」
「すごいね、その根性……」
彼の表情に、驚きが走った。
「生きるためには、しつこく、粘らなくてはなりませんでしたから」
カトリーヌが、ゼリアンの顔を見た。
「ゼリアンは、本当に、モンタグリ様のもとで修業がしたいのですか?基礎を学ぶのなら、よその道場でもよいのではないですか」
「そうなんだけど、やるのなら、国立で学んでみたい」
「それなら、頼むしかないないじゃないですか」
「でも、才能がないと断言されたのだから、仕方がないんだ」
「ゼリアンは、そこで止まりますけど、それって、剣の才能がないということですか?」
とカトリーヌが、畳み掛けた。
「それとも、ゼリアンに修業に耐える才能がないということですか?粘る才能がないということですか?」
ゼリアンがはっと息を呑み、目が大きく見開かれた。
「そうかもそれない。僕は試されているのかもしれない」
ゼリアンが、立ち上がった。
「わかった。明日、もう一度、道場に行ってみるよ」
*
翌日から、ゼリアンは毎日、国立道場に通った。道場の弟子にしてもらえなくても、見学することができた。
そこで、ゼリアンはモンタグリの剣術を、毎日、身を乗り出すようにして観察した。 そのうちに、それも大事な勉強なのだとわかった。
またゼリアンが朝早く道場に行くと、いつも弟子たちが、床や窓の掃除をしていることに気がついた。
*
「掃除って、どうやってするの?」
道場から帰ってきたゼリアンが、カトリーヌに尋ねた。
「どうしたの、急に?」
「僕、朝の道場の掃除を、させてもらおうと思うんだ」
「掃除ですか」
「弟子たちはみんな掃除から始めるんだよ。修行の一つなんだ」
「ゼリアンはこれまで、掃除なんか、したことがないでしょう」
とカトリーヌが苦笑した。
「したことないけど。これからは、したことないことをしていきたいんだ」
「わかりました」
カトリーヌは、掃除の仕方をよく知っている。
最初、エリウス様を見かけたのは、セシリア王女の部屋で掃除をしている時だった。
ゼリアンはカトリーヌから掃除の仕方を詳しく習い、道場に頼んで、自主的に掃除をさせてもらうことになった。
そして、モンタグリの稽古を見学させてもらった。
またチャンスがあると、モンタグリのところに行って、弟子入りを懇願した。
ゼリアンは、十二回断られた。しかし、諦めはしなかった。
そして、二か月後、十三回目の志願で、入門を許された。
「なぜ、許可したかわかるか」
モンタグリが、ゼリアンに聞いた。
「いいえ」
「きみは手抜きをしない。集中して、懸命に仕事をしている。それに、毎日、掃除の仕方が、うまくなっていったからだ」
モンタグリはそんな細かいところまで見ていてくださった。
先生は僕を見放したわけではなかった。剣の稽古より先に、この忍耐力を鍛えてくださっていた。
「ありがとうございます」
ゼリアンの胸が熱くなって、深く頭を下げた。
*
「カトリーヌ」
その夜、ゼリアンは宿に駆け込んで報告した。
「ついにモンタグリ先生から、入門を許されたよ」
「本当ですか」
カトリーヌが万歳をして踊った。
「よかったです。本当に、よかったです」
「カトリーヌ」
ゼリアンが、彼女の手を取った。
「ありがとう。カトリーヌがいなかったら、僕はとっくに諦めていた」
「そんなことないです。ひとりだって、続けていましたよ」
と カトリーヌが、首を振った。
「うん。諦めたら、ゼロだもんな。なにもない」
「すごい。その言い方」
「言い方?」
「ゼリアンは哲学者みたいじゃないですか。とても、前と同じ人とは思えない」
カトリーヌの目に、涙が浮かんでいた。



