行き先は、決まった。
そこはサラナント国の剣術の都として名高い、サラカレという町。
「僕が、サラカレに行けるなんて、考えてもみなかった」
エリウスはその町の名前を知っていた。そこは、世界中の剣術士が憧れる場所なのだった。
「一流の場所で学ぶのが、強くなる一番の近道ではありませんか」 とリリルが笑顔で話した。
「そうかもしれないけど、でも、僕が、その町でやっていけるのだろうか」
「できるかできないか、まずは、やってみてください」
「もし、できなかったら?」
「できるまで、やってみてください」
「わかった。頑張ってみるよ」
エリウスの口元には笑みが浮かんでいたが、どこか不安が混じった表情をしていた。
*
サラカレまでは、歩いて二か月間かかる。
旅の間、エリウスが、時々、何度もレオナルド王のことを思い出していることに、リリルは気づいていた。
エリウスは、時々遠い目をするから、その時、何を考えているのか。わかってしまうのだ。
ある日、リリルが、提案した。
「名前を、変えましょう」
「え?」
「追手がやって来るかもしれないですし、それに、もう、昔の私たちじゃないのですから」
「そうだね、いいね」
エリウスがあっさりと、同意した。
「私は」
リリルが、顔を輝かせた。「カトリーヌになります」
「カトリーヌ?」
「私、ずっと名前というものがなかったらしくて」
リリルが、少し恥ずかしそうに笑った。
「小さかったから、誰かがリリルって呼んで、それが名前になったんです」
「そうだったのか」
「私、カトリーヌっていう名前に、ずっと憧れていたんです」
エリウスが、首を傾げた。
「でも、リリルという名前は、可愛いよ」
リリルの頬が、ほんのり染まった。
「でも、今日からは、カトリーヌです」
リリルが、きっぱりと言った。
「わかった。じゃあ、カトリーヌ」
彼がその名前を呼んだ。
「はい。何がご用事ですか。とてもよい響きです」
リリルが、嬉しそうに笑った。
「では、エリウス様は、どうされますか?」
「僕は……」
エリウスは唇をわずかに曲げて、しばし考えた。
「ゼリアンにしよう」
「ゼリアンですか。どうして?」
「子供の頃に読んだ物語の、剣士のヒーローの名前なんだよ」
エリウスが、少し照れたように笑った。
「子供の頃から剣士に憧れていたのですね」
「本当は、そうなんだよ。恥ずかしいから、言わなかったけど」
「では」
とリリルが、さらに提案した。
「私たちは、姉弟ということにしませんか?」
「いいけど。それ、逆だろう。兄妹だよ」
「私のほうが、年上です」
「同じ歳じゃないか。誕生日は、いつ?」
「はっきりとはわからないけど、猫年の春生まれ。だから春が好き」
「僕は、鼠年の十一月生まれだけど……」
エリウスが、リリルをまじまじと見た。
「リリル、もしかして、十六歳っていうのも確かじゃないのか?猫年なんて、ないよ」
「鼠があるのなら、猫だってあっていいじゃないですか」
「ないよ」
「私もしかしたら、十七歳か、十八歳かもしれません」
「それはないね。その顔を見れば、たぶん十四歳か十五歳だ」
「私、そんな子供じゃありませんよ。私はカトリーヌで、十六歳です!」
「普通は若いほうがいいんじゃないか。どうして、そんなに年上になりたがるの?姉上みたいに命令したのかい」
「そんなこと、ないです」
でも、ああ、そうかもしれないとリリルは内心思った。私は彼の後ろを歩くのではなくて、彼の行く先を示す存在になりたいのかもしれない。
リリルが虚空を見つめていると、
「わかった、わかったから」
エリウスが、リリルの頭をぽんぽんと撫でた。
「そんな顔、しないで。じゃあ、カトリーヌが姉さんで、僕が弟でいい」
「本当ですか?」
「うん」
「身寄りのない孤児の姉弟ってことで、いきましょう」
「うん、そうしよう」
こうして、リリルは、ゼリアンの姉の「カトリーヌ」になったのだった。
*
旅のある日、カトリーヌとなったリリルが、また思いついた。
「ゼリアン」
「何?」
「毎日歩くだけじゃなくて、たまには、走るっていうのはどうですか?」
「走るのかい?」
ゼリアンが、目を丸くした。「歩き続けるだけでも、十分大変なのに」
「サラカレに着くまでに、少しでも体を鍛えておいたほうが、いいと思うのです」
「それは、そうだね」
ゼリアンが、自分の体を見た。
「僕は運動不足だから、走るのは、いいアイデアかもしれない。でも、できるかな。荷物もあるし」
「大丈夫です。できます」
カトリーヌが笑顔で言った。
「私も、荷物を背負って、一緒に走りますから」
カトリーヌは考えていたのだ。 ゼリアンが走ることに集中すれば、陛下のことを思い出さずに済むだろう。
彼女自身は、走るのが得意だ。先頭を切って走れば、彼も、走らずにはいられないはずだ。
「じゃあ」
カトリーヌが、立ち上がった。
「今から、走りましょう!」
「え、今から?」
「はい。行きますよ。善は急げです」
と カトリーヌが、走り出した。
「待って、カトリーヌ。待てって」
エリウスが、追いかけてきた。
二人は草原を走った。 風が、頬を撫でて行った。
太陽が、まぶしい。
「ゼリアン、遅いですよ!」
カトリーヌが、振り返って手を振った。
「待ってよ、カトリーヌ」
「いやです」
カトリーヌは笑いながら走り続けた。



