リリルの手元にあるのは、金貨三十枚。
そのほとんどは、エルナリスを出る際、セシリア王女から託されたものだった。もし身代わりが露見するような事態になれば、賄賂として使うようにと。
その中には、リリルがこつこつと貯めてきたわずかな金貨も含まれている。
リリルは、計算した。この金貨があれば、しばらくの間はなんとか生活できるだろう。
自分だけなら、数年は生きていける額。
でも、エリウス様は王子様。実際、どのくらいお金が必要なのか、想像ができない。
まあ、そんな時には、自分が働けばどうにかなるだろう、とリリルは思った。
*
深夜、二人は村外れのさびれた小さな宿に辿り着いた。
「こんな粗末なところで、すみません」
リリルが、申し訳なさそうに言った。
「エリウス様は、こんな場所に泊まられたことは、ないのでしょうね」
「ないけど」
とエリウスが、笑った。「そんなこと、気にすることはないんだよ」
エリウスが、部屋を見回した。
「僕が一人で旅立っていたら、野宿だったと思うから。寝る場所があるなんて、ありがたいと思う」
王子様がありがたい、ですって、とリリルは、感激した。
城から脱出して、まだ数時間なのに。
彼がもう成長しているのを見て、リリルは、涙ぐみそうになった。
二人は木板を四方でつなぎ合わせただけの、簡素な寝台に座った。そして、これからの計画を考えた。
これまで、短い時間で、城からの脱出に全神経を注いでいた。
だから、今後の具体的な計画は、まだ立てていない。
「エリウス様、一番したいと思われていたことは、何ですか?」
「したいと思っていたこと?」
エリウスはしばらく思いをめぐらせていた。
「うーん、僕は」
エリウスが、ゆっくりと言った。「ずっと、剣術をうまくなりたいと思っていたんだ」
「剣術ですか」
「でも、全然だめなんだ。腕も細くて、腕力もない」
エリウスは、片腕を反対の手でつかんだ。
「姉上には、全く歯が立たなかった。だから、できることなら、強くなりたい」
「それは素晴らしいお考えです」
リリルが、胸を叩いた。
「では、そうしましょう。情報収集は、私にお任せください」
リリルが、元気よく言った。
「エリウス様なら、きっと強くなられます」
「こんな僕でも、強くなれるかな」
「なれます。やる気があれば」
「やる気はあるんだ」
とエリウスが、顔を輝かせて笑った。
セシリアとして生きていた時の、どこか遠慮がちだった笑顔よりもずっと爽やかで、ずっと自由な笑顔を見て、リリルの胸は熱くなった。
この方と、二人で旅ができると思うと、心が跳び上がった。
「リリル、ありがとう」
エリウスが、優しい視線を向けた。
「いいえ……」
リリルが、頬を染めた。「私のほうこそ、ありがとうございます」
「どうして、お礼なんか言うの?」
「エリウス様と一緒にいられるからです。それが、私の幸せなんです」
エリウスが、少し驚いたような顔をした。
「リリル、君は不思議だね」
「そうですか?」
「うん。リリルが一緒で、よかった」
リリルの心臓が、またドキンと跳ねた。
外では、虫の声が響いていた。この静かな夜の、この瞬間を、リリルは心に刻んだ。
どんなことがあっても、この幸せを忘れない。
エリウスが、あくびをした。
「眠いね。今日はいろんなことをしたから、疲れたよ」
「はい。どうぞお休みください」
とリリルが、立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「私は、床で寝ますから」
「え、床?それはだめだよ。リリルも寝台で寝よう」
「でも……」
「一緒に寝よう」
エリウスが、ベッドを叩いた。「こっちにおいでよ」
リリルの顔が、真っ赤になった。
「え、え、えっ……?」
「どうしたの?」
「あ、あの、その……」
リリルが、しどろもどろになった。
「僕たちは二人とも少年だろう? だから、一緒に寝ても大丈夫だよ」
ああ、そうだった。今、私たちは二人の少年。
「わ、わかりました」
リリルは、ベッドの端で横になった。
エリウス様が、こんなに近くに。
リリルの心臓は爆発しそうだった。
「おやすみ、リリル」
「おやすみなさい、エリウス様」
リリルは、天井を見つめた。 眠れるはずがない。
でも、最高に幸せだった。
エリウス様の穏やかな寝息が聞こえてきた。よほど疲れたのだろう。まずは、体力をつけてもらわないと。
リリルは、そっと反対側を向いてみた。 エリウスの寝顔が、すぐそこにあった。美しい。
リリルはそっと手を伸ばしたが、でも、触れる直前で止めた。
おっと、いけない。 リリルは手を引っ込めた。
そして、また壁の方を向いて、目を閉じた。
明日から、新しい人生が始まる。
エリウス様と一緒の、新しい人生が。
どこへ行こうか……?
そうしているうちに、いつの間にか、眠りに落ちていった。
そのほとんどは、エルナリスを出る際、セシリア王女から託されたものだった。もし身代わりが露見するような事態になれば、賄賂として使うようにと。
その中には、リリルがこつこつと貯めてきたわずかな金貨も含まれている。
リリルは、計算した。この金貨があれば、しばらくの間はなんとか生活できるだろう。
自分だけなら、数年は生きていける額。
でも、エリウス様は王子様。実際、どのくらいお金が必要なのか、想像ができない。
まあ、そんな時には、自分が働けばどうにかなるだろう、とリリルは思った。
*
深夜、二人は村外れのさびれた小さな宿に辿り着いた。
「こんな粗末なところで、すみません」
リリルが、申し訳なさそうに言った。
「エリウス様は、こんな場所に泊まられたことは、ないのでしょうね」
「ないけど」
とエリウスが、笑った。「そんなこと、気にすることはないんだよ」
エリウスが、部屋を見回した。
「僕が一人で旅立っていたら、野宿だったと思うから。寝る場所があるなんて、ありがたいと思う」
王子様がありがたい、ですって、とリリルは、感激した。
城から脱出して、まだ数時間なのに。
彼がもう成長しているのを見て、リリルは、涙ぐみそうになった。
二人は木板を四方でつなぎ合わせただけの、簡素な寝台に座った。そして、これからの計画を考えた。
これまで、短い時間で、城からの脱出に全神経を注いでいた。
だから、今後の具体的な計画は、まだ立てていない。
「エリウス様、一番したいと思われていたことは、何ですか?」
「したいと思っていたこと?」
エリウスはしばらく思いをめぐらせていた。
「うーん、僕は」
エリウスが、ゆっくりと言った。「ずっと、剣術をうまくなりたいと思っていたんだ」
「剣術ですか」
「でも、全然だめなんだ。腕も細くて、腕力もない」
エリウスは、片腕を反対の手でつかんだ。
「姉上には、全く歯が立たなかった。だから、できることなら、強くなりたい」
「それは素晴らしいお考えです」
リリルが、胸を叩いた。
「では、そうしましょう。情報収集は、私にお任せください」
リリルが、元気よく言った。
「エリウス様なら、きっと強くなられます」
「こんな僕でも、強くなれるかな」
「なれます。やる気があれば」
「やる気はあるんだ」
とエリウスが、顔を輝かせて笑った。
セシリアとして生きていた時の、どこか遠慮がちだった笑顔よりもずっと爽やかで、ずっと自由な笑顔を見て、リリルの胸は熱くなった。
この方と、二人で旅ができると思うと、心が跳び上がった。
「リリル、ありがとう」
エリウスが、優しい視線を向けた。
「いいえ……」
リリルが、頬を染めた。「私のほうこそ、ありがとうございます」
「どうして、お礼なんか言うの?」
「エリウス様と一緒にいられるからです。それが、私の幸せなんです」
エリウスが、少し驚いたような顔をした。
「リリル、君は不思議だね」
「そうですか?」
「うん。リリルが一緒で、よかった」
リリルの心臓が、またドキンと跳ねた。
外では、虫の声が響いていた。この静かな夜の、この瞬間を、リリルは心に刻んだ。
どんなことがあっても、この幸せを忘れない。
エリウスが、あくびをした。
「眠いね。今日はいろんなことをしたから、疲れたよ」
「はい。どうぞお休みください」
とリリルが、立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「私は、床で寝ますから」
「え、床?それはだめだよ。リリルも寝台で寝よう」
「でも……」
「一緒に寝よう」
エリウスが、ベッドを叩いた。「こっちにおいでよ」
リリルの顔が、真っ赤になった。
「え、え、えっ……?」
「どうしたの?」
「あ、あの、その……」
リリルが、しどろもどろになった。
「僕たちは二人とも少年だろう? だから、一緒に寝ても大丈夫だよ」
ああ、そうだった。今、私たちは二人の少年。
「わ、わかりました」
リリルは、ベッドの端で横になった。
エリウス様が、こんなに近くに。
リリルの心臓は爆発しそうだった。
「おやすみ、リリル」
「おやすみなさい、エリウス様」
リリルは、天井を見つめた。 眠れるはずがない。
でも、最高に幸せだった。
エリウス様の穏やかな寝息が聞こえてきた。よほど疲れたのだろう。まずは、体力をつけてもらわないと。
リリルは、そっと反対側を向いてみた。 エリウスの寝顔が、すぐそこにあった。美しい。
リリルはそっと手を伸ばしたが、でも、触れる直前で止めた。
おっと、いけない。 リリルは手を引っ込めた。
そして、また壁の方を向いて、目を閉じた。
明日から、新しい人生が始まる。
エリウス様と一緒の、新しい人生が。
どこへ行こうか……?
そうしているうちに、いつの間にか、眠りに落ちていった。



