下級女官リリルの片思いと奔走


翌日、ようやくソフィラから返事が届いた。

「祖国から、王女セシリア様は王宮には戻っていらっしゃらないという連絡を受け取りました。私は王妃様に仕える女官ですから、王女様なくして、国に帰るわけにはいきませんので、これから、そちらに向かう予定です」

「なぜ」
とエリウスが、不安そうに言った。「姉上は、まだ、ここに着いていないのだろう」

「それは、……わかりません」
リリルは、裁縫の仕事に戻ると、 エリウスが、近づいてきて、かがみこんで、リリルの顔を覗き込んだ

「この頃、機嫌が悪いね」

「こんな時に、機嫌がいい人なんか、いますか」
リリルは顔も上げずに言った。

「それは、そうだけど……」

「エリウス様」
リリルが、針を止めた。

「なに?」

「言いにくいのですが……」
リリルが、エリウスを見上げた。

「だから、なに?」

「エリウス様は、そんなにキスがお好きなのですか」
とたんにエリウスの顔が、真っ赤になった。

「リリルは、どうしてそんなことを言うの?」

「あまりキスばかりすると大変なことになりますよ」

「僕から、したわけじゃない」

「受ければ、しているのと同じです」

「そう……かな」

「エリウス様には、危機感がありません」

「そうかな」

「そうですよ。署名の時に、陛下から『次のこと』と言われたのを覚えていますか?」

「うん」

「どういう意味か、ご存知ですよね。エリウス様が裸にされたら」
リリルが、真っ赤な顔で続けた。

「胸がないのが、すぐにばれてしまうのですよ。男だと、ばれてしまいますよ。ですから、陛下の興奮を誘うようなことは、おやめください」

「わかった。絶対に、裸にはならないから」

リリルは、深くため息をついた。
問題は、そこではない。
エリウス様は、本当にわかっているのだろうか。



翌朝、レオナルド王はセシリアを庭園へと誘った。
二人が庭園を歩いている時、白い花びらが、ひらりと舞い落ち、セシリアの髪に、そっと降りかかった。

レオナルド王が、その花びらを取り除いた。
王は深い眼差しで、セシリアを見つめた。

「セシリア」
王の声が、優しく響いた。
「私は、最近は朝起きるのが、待ち遠しくてなりません。あなたに会えると思うからです」

「ありがとう」
とエリウスが、恥ずかしそうに目を伏せた。

「セシリア、私はあなたのことが……本当に好きなのです」
王の手が、エリウスの頬に触れた。
「胸を開いて、この心を見せたいほどです。愛しています」

王の唇が、エリウスに降りてきた。
「陛下、待ってください」
エリウスの声が震え、王の吐息が、エリウスの頬にかかった。

「私は近く、また戦場に行かなければならない。セシリア、今夜、私の部屋に来てくれますか。出かけるまで、すべての時間を、あなたと過ごしたい。あなたとだけ、ふたりで過ごしたい」

王の唇が、再び迫ってきた時、エリウスは必死で顔をそむけた。

「お待ちください」
と 震える声でエリウスが言った。

「セシリア、なぜですか。もう、結婚したではないですか。なぜ、私を拒むのですか」
レオナルド王が、困惑した顔をした。
「なぜですか? 私はあなたのことをこんなにも愛しているのに」

その言葉が、エリウスの胸をさらに苦しませた。エリウスは、涙を浮かべながら、王を見上げた。

「陛下、私は……。いいえ、今夜までお待ちください」

その時、リリルが出て来て、エリウスの腕を取った。
「失礼します」

「セシリア」
と王が呼びかけた。「どうか、私を信じてください」



足の速いリリルはエリウスをぐいぐい引っ張って、庭園の中を、必死に走り続けた。エリウスは靴を脱ぎ捨てて、裸足で、懸命に走った。

部屋に戻るとドアを閉めて、鍵をかけた。

エリウスは、ベッドに倒れ込んで、声を殺して泣いていた。
リリルはエリウスの傍に座り、背中をさすりながら決めた。

また扉がノックされた。 王が追ってきたのだろうか。