下級女官リリルの片思いと奔走


秘密の花園は、息を呑むほど美しかった。

色とりどりの薔薇が咲き誇り、小さな噴水が優雅に水を奏でている。朝の光が、露に濡れた花びらをきらきらと輝かせていた。

エリウスはレオナルド王と並んで歩いていた。 リリルは少し離れたところから、二人を見守っている。いや、監視している。

「秘密の花園は、いかがですか。気に入られましたか?」
レオナルド王が、穏やかに尋ねた。

「はい、とても」
エリウスが、小さく答えた。

「こういう庭園は、エルナリス国にもあるのでしょうね」
「はい……いえ……」
エリウスが、戸惑って言葉を濁した。

「あなたにとっては」
レオナルド王が、立ち止まった。 「こんな庭園は、特別には見えないかもしれませんね」

「いいえ。そんなことは……」

「ここは、辺境の土地です」
レオナルド王が、庭を見渡した。

「これを作るのは楽ではなかったのですが、急がせました。どうですか。気にいられましたか」

「あの……」
エリウスが、頬を赤らめ、そして、視線を逸らした。

レオナルド王が次の言葉を待って、エリウスを見ている。その目が、少し面白そうに細められた。

「なるほど」

「何が、なるほど?」
エリウスが、眉をひそめて見上げた。

「あなたがここにいるおかげで」
王が、静かに言った。

「私は、退屈することがなくなったことに気づきました」

エリウスの顔が、赤くなった。
「それは……」

王が、わざと間を取った。

「何?」
とエリウスが、思わず王を見上げた。

その瞬間、レオナルド王が、微笑んだ。優しくて、少し意地悪な笑顔。

「あなたの態度が、とても新鮮だからです」

「態度が……?」

「冷静でしっかりしているように見せつつも」
王が、一歩、近づいた。

「内心では、いつも何かを隠しているように見える」

「……別に、隠しては」

「本当に?」
レオナルド王が、エリウスの顔を覗き込んだ。
エリウスの顔が、さらに真っ赤になった。

リリルは、遠くから見ていて、拳を握りしめた。 陛下、近すぎます!

「セシリア、あなたがどう思っているのか、わかりませんが」
レオナルド王が、まっすぐエリウスを見つめた。

「私は、あなたとの時間が、とても楽しい。そのことは、知っておいてください」
王の声が、優しく響いた。「あなたの願うことなら、私はどんなことでも叶えます」

「どんなことでも……?」

「どんなことでもです」
レオナルド王が、断言した。「セシリア、ほしいものが、何かありますか?言ってみてください」

エリウスは、何も言えず、ただ、首を振った。

「では」
レオナルド王が、軽く後退した。

「人を待たせていますので、この辺りで」

「え?」

「庭をご自由に、お楽しみください」
王が、エリウスの手に軽くキスをした。

「私は忙しいので、夕方までお会いできませんが、十分にこの庭を楽しんでください。あなたのための庭ですから」
そう言って、レオナルド王は悠然と歩き去っていった。

エリウスが、名残惜しそうに、その場に立ち尽くしていた。
リリルが、駆け寄った。

「陛下は……」
とエリウスが、小さく呟いた。
「本当に、どんな方なのだろう……」

その声には、もっと会っていたかった、という響きがあった。
「エリウス様!」
リリルが、エリウスの肩を揺すった。

「しっかりしてください」
「え……うん」
エリウスが、夢から覚めたように瞬きした。

リリルが、エリウスの顔を見つめた。その頬は、まだ赤い。その目は、レオナルド王が去っていった方向を見ている。

ああ、もうっ。
エリウス様、完全に落ちかけている!

優しくしたかと思ったら、急に去ってしまう。これは、好色な男の手口だ。リリルだって、実経験はないけれど、耳年増だから知っている。

「エリウス様」
リリルが、真剣な顔で言った。
「こんなことで、惹かれてしまってはダメですよ」

「え?」
エリウスが、リリルを見た。その目は、まだ夢見るように潤んでいた。

これは、本当に危険だ。すぐに、何とかしなければならない。
でも、どうやって?
エリウスの心は、もう半分、レオナルド王に奪われている。
リリルは、空を見上げた。
セシリア様、今すぐ来てください。このままでは、エリウス様が、あぶないです。

風が、花びらを舞い上げた。
美しい庭園の中で、リリルの焦りだけが募っていく。
時間は、容赦なく過ぎていく。 そして、運命の時は、刻一刻と近づいている。