下級女官リリルの片思いと奔走


翌日の朝、エリウスはベッドに腰掛けて、背中を丸めていた。

「リリル」
その声はあまりに切なくて、痛々しかった。

「僕、もう限界かもしれない」

裁縫をしているリリルの手が、止まった。
「はい、わかっています」

リリルは、できるだけ落ち着いて答えた。
「今、陛下と会わずに済む方法を考えていますから」

「違うんだ……」
エリウスが、きっと視線を上げた。 「そういうことじゃない」

「え?」

「僕が陛下を嫌いだというわけじゃなくて……」
エリウスの頬が、ほんのり赤くなった。「陛下が優しければ優しいほど、嘘をつき続けるのが……辛い」

リリルの心臓が、一瞬、凍りついた。

まさか。

「もしかして。エリウス様は陛下のことを……お好きになられたのですか?」
リリルの声が、震えている。

「そういうわけじゃないと思うけど。時々、陛下のことを……ふと思ってしまうんだ」

「それはダメです!」
とリリルが、大声で叫んだ。「ダメ、絶対!」

エリウスが、びくりと身をすくませた。
「そんなに、向きになるなよ。落ち着いて」
と彼が笑った。

落ち着いている場合ではないのだ、とリリルは頭を抱えた。
これは、最大の危機だ。
エリウス様は純粋すぎる。
恋愛経験がない。
毎日、優しく接してくる男性に、心が傾くのは当然なのかもしれない。
ああ、どうしよう。どうにかしなければ。

「エリウス様には、運動が必要です」
リリルが、ぱっと顔を上げた。

「余計なことを考えないで、身体を使っていただかないと」

「えっ」

「川へ行きましょう! 思い切り泳いで、おいしいお昼を食べましょう」
リリルは、突然のひらめきに、一人で盛り上がった。

「そうすれば、エリウス様もきっと」

「うん。川はいいね」

*

その時、扉がまたノックされた。

「はい」

もう手紙の返事が届いたのかしら。 時々、問題って、想像しないところから解決することがあるから、よい知らせだとよいけれど。

リリルが出ていくと、そこに立っていたのは、あの人、レオナルド・フィリス国王だった。

王は微笑を浮かべて、立っていた。
それを見たリリルは、白磁のような顔になり固まった。

「せ、戦争に行かれたのでは!?」
「行きましたが、行ってみたら」
と レオナルド王が、軽く笑った。

「私がいなくても、うまく征伐できそうだったので」
と 王が、一歩、部屋に入ってきた。「戻ってきました」

「でも、セシリア様は、まだメイクをされていなくて……」 リリルが、必死で遮った。

「メイクなど」
レオナルド王が、首を振った。 「どうでもいいことです。私の前では、化粧など無用」

「あ、あのう、今、お風呂に入っておられますので、午後に」

その時、浴室の扉が、開いた。

リリルがはっと振り返った。

ウィッグをつけて、ガウンを羽織ったエリウスが、にこやかに出てきた。 メイクはしていない。でも、素顔でも、エリウス様は美しい。

「セシリア」
レオナルド王の声が、柔らかくなった。
「あなたに会いたくて、夜通し馬を飛ばして、帰ってきてしまいました」

王が両手を大きく広げると、 エリウスが、ふわりと王の腕の中に抱き込まれた。
リリルは、拳を固く握りしめた。 この男、本当にしつこい。

レオナルド王が、嬉しそうにエリウスの肩に手を回した。 すると、エリウスが、ごく自然に、王の背中に手を添えた。

リリルの目が、見開かれた。
エリウス様ったら、何をなさっているのですか!

「セシリア」
レオナルド王が真摯な眼差しで、エリウスを見つめた。

「少し、時間がありますか?」
これまで「セシリア姫」と呼んでいたのに。あんな署名をさせた途端に「セシリア」だなんて。 なんという厚かましい男。

「もちろんです」
エリウスが、微笑んだ。 リリルの心臓が、ぎゅっと締め付けられた。 そんな可愛い顔をしては、ダメですよ。

「あなたと、朝の散歩がしたいのです」
レオナルド王が、優しく言った。
「セシリアは、散歩がお好きでしょう?」

「はい」

「先日とは別の庭があるのですよ。秘密の花園です」

「秘密の花園?」
エリウスの目が、輝いた。

「そうですよ。あなたのために、作らせました」

リリルは、内心で叫んだ。
また庭か! 庭に連れて行けば姫が喜ぶと思っているのか。
いや、実際に喜んでいるのだが。
エリウス様、そんなに嬉しそうな顔をしないでください!