Parallel heart

Act 01

テケテケ、テケテケ。
 暗闇からそんな音が近づいてくる。
「マキシ、食いついた」
「さすが、霊たらしのレイマ、いいエサになってくれるねー」
マキシと呼びかけられたインカムの向こう側の声は楽しそうに答える。
「その言い方やめて。それより準備は?」
礼真は嫌そうに顔をしかめて、近づいてくる音に表情をひきしめた。
「レイマがここまで、そいつをひっぱってくるタイミングにあわせるよー」
「じゃあ、3分後」
「りょーかーい」
インカムの向こうで、マキシがいつも通りの軽い声が返ってくる。
 テケテケという音とともに、暗闇から下半身のない女が髪を振り乱し、肘で這いながらすごいスピードで向かってくる。
 通称、テケテケ。都市伝説の妖怪だ。
 礼真はテケテケをじゅうぶん、ひきつけると走り始めた。


「急げ-急げ-レイマが来ちゃう」
言葉のわりには全く急いでいるようには見えないマキシは、バックパックからペットボトルを取り出した。
 開けたビルの屋上。マキシはそこらじゅうにペットボトルの中の液体をまいていく。
「足りるかなー」
小さく言って、残りをその場に流した。
 水たまりのようになったそこに、マキシはまいた液体がはねないようにそっと立つと、すっと、目を細めた。
 その瞬間、空気が変わる。
 パシャンとマキシの足元の液体が動き、そこからさざ波が広がるように、屋上にまかれた液体がふるえた。
「準備、完了。いつでもどーぞ」


 テケテケは礼真を標的と定めておいかけてくる。
 礼真は狭い路地に入った。
 テケテケも路地の壁には体をぶつけながらついてくる。
 捕まると体を真っ二つにするといわれているその手を、かわした礼真は、壁を蹴ってさらに上へ飛ぶ。
 その礼真の後をついて、テケテケも壁を這うが、ずるりと地面に落ちた。
 少し離れたところに着地した礼真は、もたついているテケテケを、少し待つ。
 ふっと礼真の口元に笑みが浮かんだ。
 それを見たテケテケの目の色が変わる。
 テケテケは路地に置かれていた、ゴミ箱や、ビール瓶のケースを弾き飛ばしながら、猛然と礼真に向かってくる。
 礼真はぐっと、踏み込むと弓に弾かれたように助走をつけて、垂直の壁を駆け上がった。
 狭い路地の両側の壁を蹴って、交差するように上へ、上へと飛んでいく。
 最後の一蹴りで、さらに高く飛んだ礼真は屋上の給水塔の上に下り立った。
 テケテケ……というよりは、デゲデゲ、ガリガリと音を立てて、テケテケが屋上に上がってきた。
 屋上の真ん中に、棒立ちする人影に、テケテケがニヤリと笑う。
 その人影との距離に必ず捕まえられると、ふんだらしい。
 テケテケがズッと踏み込んだ。
 その瞬間、マキシがまいた液体から、刺すような霊気が立ち上がる。
 テケテケはビクッと動きをとめて、目の前の青年が自分が追っていた相手ではないことに気づく。
 テケテケの目が目尻が切れそうなほど見開かれたのを、見てマキシはニヤリと笑った。
「残念、礼真じゃないのー」
と、軽く言うと手にしていたタブレットをテケテケに向けた。
 闇よりさらに黒いディスプレイ。
 底のないようなソレにテケテケの顔に恐怖がうかんだ。 
「さようならー」
マキシが言うと同時に、液体からあがっていた霊気、マキシの霊力にからめとられたテケテケはあっと言う間に、タブレットに吸い込まれた。
 闇のようだったディスプレイは、幾何学模様の壁紙になり、色とりどりのアイコンに混ざって、「テケテケ06」と表記されたフォルダがそこに追加されていた。
「終わりー」
「おつかれさま」
礼真がとんと軽い動きで、給水塔から飛び降りてきて、マキシの横に立つ。
 見上げてくる礼真の少し乱れた髪をくしゃっと撫でやっていると、スマホがなった。
「うえ、所長からだ。はーい、は?マールボロ2箱?…はーい」
マキシがはぁーため息をついて、通話を切った。
「所長?」
「そっ、ヤニ切れたから、なる早でマールボロ買って帰ってこいって。まったく人形つかいが粗いよねー」
大袈裟に肩をすくめるマキシ。
 危険な仕事のあとでも、すぐに戻ってくるいつもの日常に礼真は淡く微笑んで、
「とにかく早く帰ろう」
と、手を出した。
「そだね」
 頷いたマキシは差し出された左手をにぎった。
 月のない静かな夜。
 2人は肩をぶつけるようにしながら、いつものコンビニへ向かった。



「ただいまです」
「戻りました」
マキシと礼真は言いながら、事務所の中へ入る。
「どーぞ」
奥の書斎デスクで退屈そうにしている美女、田中花子の前に買ってきた煙草2カートン置く。
「おせぇ、ヤニ切れたからなる早でっ言っただろ」
花子は言いながら、雑に煙草を取り出して、咥えると火をつけた。
「所長、仕事の首尾は聞かないんですか?」
マキシが言うと、
「お前が何も言わないなら、しっかり終わらせて来たんだろ。失敗したらその場から連絡してくるだろうが」
ひらひらと手を振りながら、花子は二本目の煙草に火をつける。
「けっこう信頼されてるんですね、俺ら」
「お前らは私が作った人形を体にしているんだ。あの程度の仕事は余裕でこなしてもらいたいね」
「ひどーい、信頼されてたのは、体だけだってぇーレイマー」
マキシは大げさに嘆くと、横にいた礼真に抱きつく。
「はいはい、それより、それクラウドに移さないとじゃねぇの?」
花子とマキシのこういうやりとりはいつものことで、礼真は軽く流すと、マキシのタブレットを指さした。
「あーそうだった。やばい、やばい」
「そんなこと言いながら、全くやばくないくせに」
「んっなぁに?」
マキシがバタバタと作業部屋に入って行く姿を見ながら、礼真は呟くように言っていると、 マキシが部屋から顔を出した。
「なんでもない。」
礼真が手を振って答えると、少し首を傾げてから、マキシは部屋に引っ込んだ。
 すぐに、PCのキーボードを叩く音が聞こえてくる。
 タブレットのファイルに封じたテケテケを、マキシが管理しているネット上のクラウドに移すのだ。
 マキシは霊力と電波の構造に共通性を見出し、霊的存在の解析と情報化という、技術を独自に築き上げた。
 霊や怪異を自らの霊力で読み解き、データとして保存する。必要なら、自身の管理する霊的サイトへ移住させることさえできる。
 それは除霊とも封印とも違う、マキシの術式だった。
「やっぱりマキシすごいな…」
礼真はぽつりと呟くと、上着を手にした。
「でかけるのか?」
花子が声をかける。
「はい、体、動かしてきます」
「…ほどほどにしておけよ」
出ていく礼真にふぅと煙を吐きながら、花子が声をかけると、
「はい、いってきます」
と、律儀な返事が帰ってきて、ドアが閉まった。
「まったく、どっちも、極端なんだよ、なぁ?」
花子は足元にやってきた元呪物のクマのぬいぐるみのベア吉を抱き上げた。
「♪」
膝の上にのせられてうれしそうなベア吉をぐりぐりと撫でていると、作業が済んだマキシが電子タバコを吸いながら出てきた。甘い香りが広がる。
「あれ、レイマは?」
「いつもの」
花子が答えると、マキシはぐしゃぐしゃと頭をかき回しながら、ソファに座って、
「異次元のパルクールっすね」
溜息と一緒に煙を吐いた。
 障害物を体ひとつが飛び越えたり、登ったりするパルクールの動画で見て、体の操作性を上げるために、やり始めた礼真だったが、今や、ビルを壁をかけあがったり、十数メートルの距離があるビルからビルに飛び移ったりと、某映画の中のキャラクターのようになっていた。
「まったくな、体の操作だけならなかなかだ」
煙草を咥えたまま花子はベア吉を高い高いするように持ち上げる。
 その様子を眺めながら、マキシは溜息をついた。
「…すみません、体の操作鈍くて」
ぼそっと呟く。
 珍しく自虐的な言い方に、花子は少し眉を上げた。
「人形に魂を移して目覚めるまで一か月、そこから自由に動けるまでに一か月かかったからなぁお前は。だが、500年肉体をなくして霊体でいたんだ、当然だ。」
マキシと花子の間ではもうネタに近くなっている、『一か月』という話。花子がいつも調子で言うとマキシはふいっと目をそらして、
「けど、礼真は一日で目が覚めて、すぐに動けましたよ」
タバコの吸い口をかじりながら、ぽつりと言った。
 マキシの言葉の中にわずかに棘のようなものを感じながら、
「…あいつは魂になって数時間で人形に入ったからな。それはお前が一番よく知っているだろうが」
そこは比べるところではない、花子が答えると、
「…はい…」
マキシは俯きながら頷く。今度は返事の中に自分に向けた棘がある。
 普段のマキシは思っていることがほとんど全部口から出るタイプで、こんな風に話すのは珍しい。
「しかし、お前も大概だが、あいつも特殊だ。魂を神経、血管、筋肉のようにして人形の体を操作している。多分、本人には操作していると意識もないだろう。お前のやり方とは真逆だな」
マキシは魂から出る強い霊力で人形の体を操縦するように操っている。礼真は自分の一部として生きているときと同じように人形の体を使っている。
 花子が作った同じ性能の人形だが、使い方で性能の出方は全く異なる。
 制作者からしてみれば、面白い。
「本当、どんどんすごくなっていっちゃって」
マキシは独り言のように呟いた。
「…と、思っているのはあいつもだろうな」
花子もまた独り言で返した。
「は?」
「あぁ、そうだ。仕事が入っていたんだ。出張だ。資料読んで礼真にも伝えておけ」
聞き返してきたことには答えずに、花子は言うと、
「ちょっと、出てくる」
と、ベア吉を肩にのせたまま事務所を出て行った。
 マキシは渡された資料を軽くめくって、ぽいっとソファに投げると、はぁ…とまた大きな溜息をついて髪をかきむしった。
「どんどん、すごくなって、強くなって…もう俺が守るとこないじゃん…レイマ」



「出張って言われたからもっと遠いとこだと思ったけど、隣の市じゃん」
礼真はバスの車窓から海辺の道を眺めて言った。
「うん…」
いつものマキシなら、花子の雑さに一言も二言も文句を言いそうなところだが、今日は少し口数が少ない。
 礼真はちょっと首を傾げて、昨夜のやりとりを思い出していた。

 昨日、運動して事務所に戻る途中で会って花子に、
「明日、お前ら出張だから、詳しくはマキシに聞け」
と、雑に言われ、事務所に帰ったら、
「恋愛パワースポット神社に出る恋人同士に殺し合いさせる怪異の退治だよー」
と、ざっくり説明された。
 礼真としては、今までの仕事も、マキシがちゃんと把握して作戦を立ててくれていたので、特にそれ以上は聞かなかった。
 怪異の動きが活発になってく夕方に現地につくように、二人は電車とバスを乗り継いで、現場へと向かうことになった。

 そのときのマキシはいつもどおりだった。そう思いながら礼真はまたマキシ越しに、海を眺めた。
 バスは進む。
 目的地の神社に直結する交通機関はなく、次のバス停が最寄りだ。
「マキシ、次だよ。ボタン押さないの?」
降りる予定のバス停が近づいてくるのを、気にしながら言った。
 2人で初めてバスに乗ったときに、降車ボタンを礼真が押して、マキシが「押したかったのにー」と盛大に拗ねたことがあった。
 それ以来、2人でバスに乗るときはマキシがボタンを押す係になっている。
「お降りの方はボタンを押してください」
 運転手のアナウンスに、
「マキシ!ボタン」
と、礼真が言うと、初めて気がついたというように、マキシははっとして、さっとボタンを押した。
「次。止まります」
運転手のアナウンスにほっとしつつ、礼真はマキシの顔をそっと見た。
 その表情からはなにも読み取れないが、いつものマキシは、子供のような顔でもったいぶってボタンを押す。が、今日のマキシはどうでもいいこと…処理のようにボタンを押した。
 礼真は少し首を傾げながら、
「マキシ、疲れてる?」
と、その顔を覗き込んだ。
「…?いやなんともないよ、疲れてるみたいに見えた?」
マキシは、ん?と軽い感じで、逆に質問を返してくる。
「ん、ちょっといつもと違うかなって、ごめん」 
やっぱりいつもと同じ、余計なことを言ってしまった…と礼真が首をすくめていると、
「ま?なんで、レイマが謝るの?」
「や、その…俺が昨日の仕事で、」
不思議そうに聞いてくるマキシに、「足引っ張ったかもしれないから」と、続けようとした言葉は、バスの停車で打ち切られた。
「着いた。降りよう」
マキシに言われて、2人はバスを下りた。
 「奥津見ふれあい公園」と書かれた看板の下に、公園内のマップがある。
「そんなに距離はないみたいだな。なんか遊歩道的に整備されてるっぽいね」
「公園あるんだ」
今日の現場を確認する。
 駐車場から、遊歩道があり、公園に続き、さらに登っていくと、神社がある。
「行こう、もうすぐヤツらの時間だ」
マキシは肩にかけたバックパックを持ち直して礼真を促した。
「うん」
夕闇が迫る遊歩道を歩いていく。
 木のトンネルになっている道は暗い。
 本格的なアスレチックのような遊具から、小さい子供向けの遊具まで設置された公園を横目で見ながら、上り坂の道を進んで行くと、石段があった。
 山の一部のような古い石段。
 石の角は丸く削れ、中央だけがわずかに磨かれている。何百年も人に踏まれてきた跡だ。
 段差も幅もは不揃いで、登っているうちに歩幅が狂う。
「あーリズムが狂う」
「一段飛ばしで行けそうかなと思っても、次の幅が広くて行けない…なんか地味にストレス」
「あっそれでレイマなんか変な歩き方になってるんだ」
「マキシこそ」
そんな軽口を言い合っていると、両脇の木々が陽を遮り、途中から、ふっと空気が変わって、自然に二人は口を閉じた。
 山の涼しさとは少し違う。
 肌に触れる空気が冷え、少し呼吸がし辛くなるような、ここが神域だというような独特の圧を感じる。
 二人は黙ったまま、石段を登り切った。
 境内が広がる。
 石段を登っているときに感じていた張りつめた静けさはなく、恋愛パワースポットとして親しまれるように作られた境内は、どこか浮ついた空気が漂っていた。
 本殿はかなり古そうに見えるが、最近作られたらしい新しいピンクの絵馬堂にお守りを販売する為の小さな社務所が存在感をはなっている。
 俗っぽさはあるが、それでもかろうじて、パワースポットだと感じさせる神秘は残っている。
 頑固で孤高だった人が、丸くなり他人に合わせるようになった…そんな雰囲気がある。
「なんか…残念」
礼真はそっと溜息をついた。
 恋愛パワースポットにならなければ、きっとこの神社は静かに廃れていただろう。
 それでも礼真には、誰かが無理に笑うことを覚えたみたいに見えて、少し悲しかった。
 礼真はゆっくりと、絵馬堂に近づいた。
『ずっと一緒にいられますように?』
『おじいちゃん、おばあちゃんになっても一緒だよ!』
などと書かれた絵馬に目が行く。
 ずっと一緒…その言葉を噛みしめる。
 礼真がマキシに向けている気持ちが恋愛なのかと聞かれれば、正直なところはわからない。
 マキシはなんのてらいもなく礼真に好意を伝えてくる。
「大好き」
と言われると、どう答えていいのかわからなくなって黙ってしまう礼真に、とくに気を悪くすることもなく、初めて会ったときと同じように、髪をくしゃとしてくれる。
 そんなマキシとずっと一緒にいたい、ずっと横にいさせて欲しいと思う気持ちはある。
 ただその気持ちにどういう名前をつければいいのかわからないのだ。
 人形の身体になって半年。
 依頼された怪異事件を解決する仕事を始めて半年。
 人形の身体にはすぐ慣れて、人間のときには考えられない、二次元の中のヒーローのような動きでできるようになった。
 けれど、まだマキシの横には並べていないと、礼真は思っていた。
 マキシの相棒です、と胸をはって言えるようになれたら、マキシの好きにも応えられるようになるかな?
 そんなことを思いながら礼真は、本殿の方へ進む。
 近くで見ると、歴史を感じさせる本物の重さがあった。
 反面、最近設置したらしく、ツヤツヤした金属製の賽銭箱が浮いて見えた。
「マキシ、結界どうするの…」
ぐるっと見回して、後ろのマキシに今日の手順を確認しようと振り向いた礼真は、腹を抉るような衝撃を受けて、地面に倒れた。
「ぐっ…は」
マキシと違って、人形の身体を生身の感覚で使っている礼真は、身体に受けた痛みは、そのままの感覚で、受けてしまう。
 なんの気配も感じなかった礼真は、なにが起こったのか理解できていなかった。
 腹を押さえながら、顔を上げた礼真は目を見開いた。
「マキシ…」
そこには礼真を殴り終わった姿勢のまま、薄く笑っているマキシがいた。
「マキシ?」
マキシから攻撃された?ぞわっとしたものが礼真の体に走ると同時に、ないはずの胃のあたりがぎゅっと掴まれたような感覚になる。
 殴れた場所を押さえたままで、礼真は今回の依頼の内容を思い出していた。
 近年、恋愛パワースポットとして若い恋人たちが訪れるようになっていた奥津見神社。
 しかし、2ヶ月ほど前から参拝した恋人たちが殺し合いを始めるという怪異が発生。
 マキシの見立てでは、悪霊化した浮遊霊から心理操作をされたのではということだった。マキシのその話を聞いた礼真は、自分たち、特にマキシはその浮遊霊の攻撃を受けたとしても大丈夫だと思っていた。
 マキシの魂から発せられる霊力は強い。
 まだ半年しかマキシの仕事を見ていないが、どんな霊でもマキシはあっという間に、自分の領域に取り込んで制圧する。
 それなのに…どうして…。
 ガッとまたマキシの拳が打ち込まれた。
 まだ、この事態を信じることができずに、体勢を立て直せていなかった礼真は、マキシの突きを交差した腕で受けた。
 物理的な衝撃は腕に、放たれた霊力は体の内側に確実にダメージを与えてくる
「うっ…」
礼真は呻くと、すぐに受け身をとるように転がって、マキシから距離を取った。
「マキシ!」
叫ぶように名前を呼ぶ。
マキシは、答えることなく一気に距離をつめてきた。
「早っ!」
間合いに入られたかと思ったら、すぐに左の突きが来る。
 かわすことができずに、反射でたたき落とすようにしてしまった。
ミシっとマキシの腕から嫌な音がした。
「っ!ごめん!マキ…」
思わず動きを止めて謝った礼真の胸倉をマキシの右手が掴んだ。
「マキシ?」
ぐっと引き寄せられて、顔をみあげると、マキシの背に負ぶさるようにしている女がいた。
 女は長い髪を振り乱して、笑いながら怒鳴っていた。
「リア充!爆発しろ!ずっと一緒にいようねー?ふざけんな!ずっとなんかねぇーよ。お前らなんかすぐに次に行くだろ!愛してるが、憎んでるになるんだよ!リア充ども!」
女はわめき立てる。
 いつもの礼真なら、その話をじっくり聞いて、相手の様子を見て声をかけるが、マキシにべったりとくっついて、マキシを支配して、口汚くわめく女に、
「そんなのお前が決めつけることじゃないだろ」
冷ややかな言葉を返してしまった。
 女は礼真を睨んだ。白目が真っ赤に変わっていく。
「はぁ?私はわかってんだよ!愛を語りあった数が多いほど、愛おしいという思いが深いほど、傷つけ合う言葉をぶつけて、同じ空気も吸いたくなくなる。そう言われるんだ!」
「そう、言われたのは君か?」
礼真は静かに返したが、その言葉は鋭い刃のようだった。
 女は真っ赤な目を見開くと、自分の手の甲にギリギリと歯を立てながら、
「うるさい!うるさい!イケメンリア充め!ずっと一緒なんて、幻想だと知れ!教えてやれよ、お前もそう思ってるんだろ?」
叫んだ。
「お前も俺を置いていくんだろ?」
「は…?」
礼真はマキシの言葉に、固まった。
 置いていく?
 誰が?誰を?
 自分がマキシを置いて行くなどありえない。それどころか、マキシに置いて行かれないように必死だというのに。
そこまで考えた礼真は、マキシが完全に女の霊に操られていると確信した。
「マキシっ目覚ませっ」
礼真はマキシの肩を掴むと、大きく揺さぶった。
 マキシはギリっと礼真を睨むと、左手を伸ばして礼真の首を掴んだ。
「目はしっかり覚めてますけど、お前こそ寝ぼけてんじゃねぇの。やられっぱなしでぬるいんだよ」
マキシは礼真の首を掴んだ手に力を込めていく。
「っ…う…く…ぁ…」
人形の体に酸素は必要ではないが、花子のこだわりで息苦しさは感じるようになっている。
「ぅ…マキ…シ…」
礼真は自分の首を絞めるマキシの腕から逃れようと、その腕を掴んでぐっと力を入れた。
 ミシ…とマキシの腕を軋む音がして、礼真はびくっとして、手を離していた。
 どうやろうと礼真が本気で抵抗すればマキシを傷つけてしまう。それが怖かった。


「外からの攻撃に対しての防御?」
人形の体になって初めて、怪異に対峙する仕事に出たあとで、礼真は花子に質問したことがあった。
 体の操作には慣れて、攻撃に当たらないように避けることはできるが、いつも避けられるとは限らない。
 この日の仕事でも、礼真は浮遊霊がおこしたポルターガイストで飛ばされた石をいくつかくらっていた。
「当たったらけっこう痛かったです」
石が当たった場所をさすりながら礼真はいうと、花子ははぁと溜息をついた。
「そりゃそうだ。お前は魂を神経、血管、筋肉のようにして人形を操っている。無意識で自分の体だという認識で動いているわけだ。当然、外側からの刺激に対しても、人間のときと同じように感じる」
「マキシは当たってたけど、痛そうじゃなかったです」
面倒くさそうに煙草をくわえて言う花子に礼真はマキシの方をちらっと見た。
「アレは人形の体を操縦している。」
「よくわかりません」
「エ〇ァンゲリオンとガ〇ダム」
「は?」
唐突に出てきたアニメのタイトルに礼真は間の抜けた声を出していた。
「察しが悪いなぁお前。ガン〇ムはモビ〇スーツが攻撃されても操縦しているヤツが痛みを感じることないだろう。エ〇ァの方は、串刺しにされたときに操縦者にも衝撃とか痛みがフィードバックしてただろうが。あれだ」
「おぉ……??」
「最初の質問の答えだ。人間が攻撃を受けてもダメージを減らすにはどうする?格闘技の選手なんかは?」
「鍛えます」
「そうだ。筋肉が厚い + 力の入れ方がうまい + 痛みに慣れている + 攻撃を受ける技術があるということだが、これは人間だからだ」
「はい…」
「お前は人形だ。魂から出る霊力をもっと意識して、お前の体に厚い筋肉を作れ、表皮を強化しろ。」
花子はトンと礼真が石に当たった場所を突いた。
「はい。じゃあ、マキシもそうしてるから痛くないんですね」
「マキシは霊力で体を包んで防御はしているが、霊力では物理攻撃を完全には防げない。本人は痛みと感じることないだろうが、体は壊れる。痛みを感じないからって私が作った体をいつも粗末に扱いやがって」
ブツブツ言いながら花子はぷふぁーと煙を吐いた。
「マキシは壊れる…」


「抵抗しないの?このままだと絞め殺されちゃうよ」
マキシはうっすら笑いながら、礼真の首を掴んだまま腕を上げていく。
「っ…!…ぅ…う」
礼真の体が地面から離れた。
 自分の重さが、マキシの掴んでいる首に集中する。痛みと苦しさに礼真はもがく。
「苦しい?俺はもっと苦しい、だって置いて行かれるんだから。あぁそうだ、こうやって、掴んでいればいいな。そうしたら、置いていかれないもんな」
顔を歪める礼真に、マキシの表情は、悲し気なものから、急に嬉しそうな表情になる。チャネルが切り替わるようにその表情が変化する。
「そうだ、そうだ、このまま絞め殺せ。イケメンリア充、いい顔してるぅ」
横から女の霊が怒りの表情のままで、楽しそうに声を弾ませる。
「お前、さっきからうるさいよ。なんでお前に命令されなきゃいけないわけ?」
マキシは眉をひそめると、自分の後ろにべったりとくっつている女を不快そうに見た。
「私が支配しているんだ、私の言うことを聞け。リア充どもは私の言うことを聞いて、憎しみ合えっ!『死ぬまで一緒?』をここで実践しろっ!」
表情に合った口調に変わった女はヒステリックに声を張り上げた。
「だから、うるせぇってんの、別にお前の支配なんてうけてねぇーわ」
マキシは汚いものでも見るような目で女を見ながら、吐き捨てた。
「…お前、私に逆らうのか、動けない地縛霊の欠片だったお前を取り込んで自由にしてやったんだぞ」
「あぁ、そこらへんは感謝してるかも、おかげで俺を置いて行った俺に会うことができたし」
マキシは言いながら、ぐるっと首を回して自分の体を見下ろした。
 内容の意味はわからないが、仲間割れを始めたようなマキシと女。
 礼真はわずかにマキシの手が緩んだことを感じていた。マキシの気が逸れている。
 礼真はもがくふりをしながら、振り子のように体を前後にゆらして、確実に勢いを蓄えると、マキシの腹の辺りを蹴った。
「っ!」
強い衝撃にマキシがよろけて、手が離れた。
 礼真は空中でくるりと回転し、とんっと指先で地面に触れて、重力を受け流すようにもう半回転する。
 音も立てずに着地すると、マキシとの間合いは開いていた。
 マキシは蹴られた腹をさすりながら、
「やっぱり、そうやって俺から離れるんだ。そうだよ…離れるんだよっ。置いていくんだよ!なぁ!!」
礼真に向けて言う言葉を激高させていく。
「マキ…シ…なに言ってんだよ、置いていくってなに?」
さっきからマキシがぶつけてくる『置いて行く』という言葉。礼真にはまったく心当たりがない。
 その問いに、マキシはじっと礼真を見据えたままで、肩に下げていたバックパックの中からペットボトルを取り出した。
「置いていくは置いていくってことだよ、他に何があるの。だから、掴まえないと、けどレイマ早いからなぁ」
マキシは言いながら、ペットボトルの中身、水を礼真の方へむかって散らすようにまく。
 境内の石畳の上にまかれた水がところどころに小さな水たまりを作る。
「さて、行こうか」
マキシがそう言った瞬間、マキシの霊力が立ち上がった。


Act02へつづく…