養殖王子と天然王子



「えっ!?名取、この可愛い子誰!?紹介して欲しいんだけど…!!」

「えーと…なんの話?」


掃除から帰ってきた放課後のこと。
クラスメイトの荻山が、俺のスマホを覗き込んで大騒ぎしていた。
そこに他の奴らも「なんだ?」と集まってきている。
生憎、俺に可愛い女友達は存在しない。
荻山は誰のことを言っているのか。


「いや、名取のロック画面の子のことだよ!ってか、ロック画にしてるってことはもう名取の彼女なのかあ…やっぱ美女はイケメンが好きなのかなぁ…」


…ロック画、ね。
荻山の話を聞いてため息が出そうになったのをなんとかこらえる。
あまり言いたくないけれど、沽券に関わることだから一応弁明しておこう。


「それ、俺の妹だよ」

「…は??」


目をまん丸にして驚く荻山と周りの男子数名が、俺とスマホを交互にガン見。
そして、全員「はあ…」とため息をついた。


「お前…前世で世界でも救ったわけ?」

「そ…んな記憶はないけど、」

「じゃないとおかしーだろ!!顔よし頭よし性格よし、おまけにめちゃくちゃ可愛い妹まで…天は二物を与えずって、んなわけねぇだろこんちくしょう…!!」


ぐっ、と涙をこらえる仕草を見せて周りを笑かす荻山。
それに合わせて口角を上げるだけで、容易くこの場に馴染む。
“天は二物を与えず”は、同感せざるを得ないし、ココロとカラダは釣り合ってるはずだ。


「…昨日妹がプリクラ撮ったからって勝手に設定されただけだよ。仕方ないから今日だけね」

「うーわ…なんだそれ可愛いかよ」

「名取って意外とシスコン?」

「シス…」

「ばっかお前、こんな可愛い妹がいりゃそりゃシスコンになるだろ!」

「それもそうかー」


…危ない、顔が崩れるところだった。
とは言えど、既に頬がぴくりと痙攣して引きつっている。
そしてまた、運が悪いことに


「お前らなに騒いでんの?」


柳がほうき片手に現れた。
だるそうにポッケに手を入れてこちらに向かってくる。


「おい柳、お前知ってた?」

「なにが」

「名取の妹!アイドル級だぜこの可愛さ!」

「へー」


適当に聞き流そうとする柳に、内心ホッとした。
だって…俺はどんな顔でこの話を聞いてればいいんだ?
妹が褒められるのは別に良いけど、何故だかあまりいい気がしない。


「へー…ってお前…反応薄っ」

「だって興味ねぇもん」

「いいから見てみろって!」


と言いながら、勝手に人のスマホを柳に見せびらかす荻山。
許可した覚えはないんだけど…もういいや。


「あー…?あぁ、まぁ、可愛いんじゃねーの。知らんけど」


そう言って、心底どうでもいいと言わんばかりの反応をする柳に荻山たちはドン引いていた。


「うっわ…マジかお前」

「何がだよ」

「この美少女を前にして動じねぇとか…王子怖っ!」

「はぁ?…んなくだらねぇこと言ってねーで早く掃除終わらせろ。初音怒ってたぞ」


荻山、掃除終わってなかったのか。
初音さんがブツブツ文句を言っている姿が目に浮かぶ。


「げっ、まじか…じゃあ行くわ。名取、妹勝手に見て悪かったな!」

「あぁ、うん、いいよ。早く初音さんとこ行ってあげて」


顔の前で合掌する荻山に手を振った。
俺もバッグに教科書を詰め込み始めると、他の男子もそれを合図にバラけていく。
そんな中、また俺の席に戻ってきたやつが1人。


「帰ろうぜ」

「はいはい…」


ここ最近は柳と帰るのが常となっていた。
浴びる視線の数々にも慣れてきて、どうせ一人でいたって同じことかと思い始めている今日この頃。


「なぁ、妹がいるって俺初耳だったんだけど」


渡り廊下を渡って昇降口へと向かう途中、柳が不満そうに口を開いた。

「そう」

「スマホにも気づかなかったし」

「へえ」

「って、お前聞いてる?」

「…聞いてるよ。妹がどうしたの」


昇降口で靴を履き替えながら柳の方に視線をやると。


「あははっ…柳、面白い顔してる」

「全然面白くねえし」


いつにも増して仏頂面してるものだから、思わず笑がこぼれる。
何がそんなに納得いかないんだか。


「まぁいいや…ってか、なんか外騒がしくね?」


切り替え早…と思ったけど、たしかに騒がしい。
放課後特有の空気感ともまた違う。
まるで、芸能人を前にした一般人のようなざわめき。
とりあえず柳と外に出て、そのざわめきの正体を確認し…絶句した。


「あっ、お兄ちゃん来た〜!って、誰そのイケメン!!」

「萌……」


ふんわりカールのツインテールにセーラー服を纏った妹が、目を輝かせて校門に立っていた。





「改めまして、名取萌っていいます!お兄ちゃんがお世話になってます」


にっこりと可愛らしい笑顔を振りまく萌に頭痛がしてきた。
駅前のファミレスに入ったのはいいものの、なぜか柳まで同席している。
よくこの場にいられるなと感心する他ない。


「ん、よろしく。俺は柳理仁で…兄ちゃんの友達」

「あっ、もしかして折りたたみ傘貸してくれた方ですか?」

「多分な」

「わぁ、やっぱり!」

「やっぱり?」

「ちょっとストップ。ここにお喋りしに来たんじゃないでしょ」


話が危ない方向に走り始めた気がして強制的に中断させる。
萌のお喋りは油断禁物。
余計なことまで話しかねない。


「…萌も、部活はどうしたの?高校まで来ちゃダメってあれほど言ってたはずだよね」

「今日は先生の都合で急遽中止になったんだ。それで、夕ご飯のお使いも頼まれてたし、それならお兄ちゃん迎えに行って一緒に選ぼうと思って…ダメ、だった?」


うっ…。
うるうる瞳を潤ませる萌に言葉が詰まる。
小首を傾げてそう言えば、俺が何も言えないことをわかった上での仕草。


「…はぁ、今日だけだからね。もう今後は1人で来ないこと。来るとしても、ちゃんと連絡してこういうファミレスとかで待ってること。いい?」

「うん!ありがとうお兄ちゃん!」


嬉しそうに微笑む妹を見て、誰がこれ以上怒れよう。
時には嫌われ役を買うのも、家族として、そして兄としての努め。


「名取は良い兄ちゃんだな」

「な…別に普通でしょ」


微笑ましいと言わんばかりの笑みを浮かべている柳。
尚以外に家族と話してるところを見られたことがないから、なんだかむず痒い。


「えへへっ、でしょ?柳さんにも、お兄ちゃんの優しいところ知ってもらえて嬉しいなぁ」

「なんで萌が嬉しいの」


なんて、聞かなければよかった。
得意げに語る萌に、ただ純粋な疑問を投げかけてしまったが後の祭り。


「だって、お兄ちゃんのそーゆー感じを知ってる人って、尚くんしかいなかったでしょ?傘の貸し借りとかさ。だから、仲いいんだなーって思って」


その言葉にドキリとした。
萌も萌で至って真面目に答えるから、とてもいたたまれない。


「なっ…そんなの、萌にはわかんないだろ。俺だって素を見せられる友達の1人や2人…」


そう言いかけた言葉がうまく出てこなかった。
だって、気づいてしまったから。
柳の前で過ごすこの時間に、どこか安心感を覚えてしまってるって。


「っ…柳以外にもいるし!」

「はは、そーかよ」


ニヤリと笑う柳のその面を横目にして喉が詰まる。
…っ、最悪だ。
墓穴ってこういうふうに掘るのかと、今更ながらに実感してしまう。
だって、どうしたって上手くできない。


「ニヤニヤすんな顔がうるさい」

「だって嬉しいだろ」

「なにが!」

「ぜんぶ」

「意味わかんないんだけど」


…わからない。
何が嬉しくてそんなニヤついてるんだ。
柳の一言一言に突っかかってたらキリがないってことくらいわかる。
でも、柳から出てくる言葉がいちいち気になって仕方ない。
だってこいつの言葉は、まるで何も纏っていないから。


「わかんなくていーよ。俺がわかってれば」

「それじゃ意味ないだろうが」

「心配すんな。いつか言う」

「いつかぁ?」


会話の適当さに呆れてため息すら出ない。
その“いつか”が果たしてくるのか。
なんなら明日…いや、今日帰った頃にはもう記憶にすらないんだろう。
…まぁ、いいやもう。
柳の言うことなんか気にしたって、なんの得にもならないし。
と…そこまで考えてようやく気づいた。
……そうだよな、得にならない。
はっきり言って時間の無駄だ。
なのに…なんでこんな毎回のように、こいつの言葉を気にしているのか。


「…よし、わかった!お兄ちゃん、プリクラ行こう!」


突然聞こえたパチンっと乾いた音と共に、萌が意気揚々と立ち上がった。
しかも、ちゃっかり俺の腕を掴んで。


「何がわかったなの。このメンツでプリクラとか誰得…」

「私得ってことで!そうと決まったらほらっ、柳さんも!」

「まじで?」


そういう運びになった。





四方八方から飛んでくる視線と、耳をすませば耳に入り込むひそひそ話。
キラキラ輝くパウダールームがあることに驚く間もなく、気づけばプリクラの前にいた。


「すげ…初めて来たわ」


柳は新鮮な光景にただただ興味津々な様子。
頼むからキョロキョロしないでほしい。


「…萌は、髪とか顔とかやらないの?」


萌に500円を手渡しながら一応聞いてみる。


「んー?平気かな?だって直すとこないもん」

「そう…」


我が妹ながら感心していると、慣れた手つきでパネルを操作していく萌。


「よし、でーきた!お兄ちゃんも柳さんも入って入って〜」


有無を言わさず押し込む萌に、仕方なく従っていたら。


「えっ、萌ちゃん!?」

「あーっ!亜美ちゃんだ!うそ、偶然!」


後ろから聞こえるふたつの驚く声。
ひとつは萌で、もうひとつは亜美ちゃんというらしい。
ただ、そこから会話がとんでもない方へ広がっていく。


「そういえばお兄さん迎えに行ってたんだっけ?ね、良かったら一緒撮ろうよ!」

「もち!ってことで2人とも、あとはご自由に楽しんで〜!」


荷物ごと隣のブースに移った萌と、それをただ呆然と眺めていた俺と柳。


「は」

「え」


『好きなポーズを選んでね♩』



気づけばプリクラ内に男2人とかいう地獄絵図が広がっていた。


「…どーすっか?」

「帰る一択」

「萌ちゃん置いて?500円も払ったのに?」

「………」


柳の言葉に一瞬惑わされた。
たしかに、萌を置いて帰るわけにはいかないし500円が勿体ない。
かといって、このまま「はいわかりました」と素直に受け入れられるわけもないだろ。


「ま、記念ってことで撮ろうぜ。ただの写真だろ?」

「何の記念…って、なにちゃっかり操作してんだ」


柳はポチポチ画面をタップしてどんどんポーズを決めていく。
それを隣で眺めながら、柳が本気であることを感じて後ずさり。


「マジで嫌なら別にいーけど」

「そ…そこまで言ってないだろ」


その聞き方はずるいと思う。
どうせ萌がいたら3人で撮ってたわけだし、ただ抵抗感がある。
逆になんで柳はちょっと乗り気なんだ。
そんなことを考えているうちに、プリ機の案内ははどんどん進む。


『カメラを見てね!いっくよ〜!3・2・1』

───カシャッ


『次は定番の小顔ポーズ!』


「…小顔ポーズ?」

「柳知らないの」

「んなもん知るか」


『準備はいいかな?いくよ〜?3・2・1』


───カシャッ


『今度は腕を組んでおすましさん♡』


「だってよ、どーすん───」

「断固拒否」

「ははっ、そこは徹底してんのな」


そんなこんなで、一悶着ありながらもようやく全て撮り終えた。
落書きだとかは全スルーし、プリントアウトされるのを待つこと数分。


「あ、出てきた」


落っこちてきたプリクラを手にすると、柳がそれを覗く。
どんな反応をするのか気になり、ちらりと視線をやると。


「……顔が違ぇ」

「プリクラなんだから当たり前」


不気味なものを見る目でじぃっと眺めては顔を顰めていた。
加工されているから当然なのだけれど、たしかに別人すぎるとは思う。
しかも、柳とのツーショットということも相まって違和感極まりない。
…それにしても、この柳の顔面白いな。
まるで借りてきた猫だ。
柳も何か思うところがあるのか、口を開いては閉じてを繰り返している。


「…言いたいことあるなら言えばいいだろ。柳らしくない」


そう言ってやれば、一瞬躊躇った後口を開いた。


「…名取が慣れてんのは───いや、なんでもねぇ」

「はぁ?そういうのが1番気にな…」

「お兄ちゃんたちお待たせ!って…あははっ、凄く2人らしい良い写真だね〜」


この空気の中に割って入ってきた萌は、何故か1人満足げに笑っていて。
…まだ柳に聞きたいことはあるけれど、仕方ないか。


「…おかえり。友達は?もういいの?」


切り替えて萌に聞いてみると、「うん」と頷いたものの顔を曇らせた。


「お兄ちゃんも柳さんも、ごめんなさい。萌が来たいって言ったのに、勝手にいなくなっちゃって…」

「気にすんな。普通に楽しかったし」

「ほんとですか?よかったぁ…」


柳のフォローを聞いて安心したように胸を撫で下ろす萌。
柳も案外年下には優しいんだな…とか、思ってしまったり。

それから駅まで歩くこと数分。
頼んでないのに、柳は改札口まで見送りに来た。


「今日は一緒に遊んでくれてありがとうございました!ぜひまたお兄ちゃんとも遊んでください」

「あぁ、そのうちな」


…“そのうち”?今、そのうちって言ったか?
萌がなんか勝手なこと言ってるな…と思いながらぼーっとしていたら、聞き捨てならない言葉が返ってきてぎょっとする。
それと同時に、自分の中で何かが引っかかった音がした。
ここ最近、なんとなく気になっていたこと。
それは…柳の言葉に、どれだけの純度があるのかっていう、とてもくだらない話。
そんなくだらないことを考えていると、胸のあたりが妙に落ち着かない。


「じゃあ、俺は行くけど…名取は?なんか言うことねーの?」


まさかそんなこと言われるとは思わなくて、一瞬どきりとする。


「…は?…なんで」

「だって、なんか言いたいことあんだろ。そーゆー顔してる」


その根拠と自信はどこからくるのか。
口ごもることなく、はっきりとした物言いで本人はドンと構える。
つるむようになってからも、こいつの行動原理は未だに理解できないけれど。


「ははっ、どーゆー顔だよ。もういいから早く帰んな」


俺に歩み寄ってくれようとしているのは、少しばかり気持ちがいいかも…とか思ってみたり。


「そーか?…まぁ、名取がいいんなら良いけど」

「いいの。ほら、萌ももう帰るよ」

「はぁーい」


萌は柳に手を振って、柳もしばらく振り返してくれていた。


「柳さん、良い人だね?」

「…そうかもね」

「もー、素直じゃないなあお兄ちゃんは」

「ふーん…そんなこと言っていいんだ?萌の好きな生春巻き買ってあげないよ?」

「ご、ごめんなさぁい。お兄ちゃん大好き!」


そんな萌の雑なゴマすりを受け流しながら、ちょっと…ほんの少しだけ。
久しぶりに楽しいと思えた。