十八時を過ぎた頃。カウンターに立っていると、店長が沈んだ声で俺たちを呼んだ。
「エリアマネージャーとのWEBミーティングに行ってきまーす。しばらくバックにこもりまーす……」
その顔があまりに憂鬱そうだったから、気になってしまった。
「エリアマネージャーって怖いの? 俺、まだ会ったことないけど」
こそっと七瀬に聞いてみると、苦々しい表情を向けられる。
「怖いというか、細かい。俺も言葉遣い、何度か注意されました」
「七瀬も?」
お客さんの前では丁寧な七瀬が注意されるなんてよっぽどだ。かなり厳しい人なのかもしれない。
「七瀬くん、スプーンになりますは日本語的におかしい。スプーンが別のなにかに変化するわけじゃないんだから」
めがねのつるを押し上げる仕草を見て、思わず吹き出してしまう。
「それ、エリアマネージャーの真似? やめろよ。実際会ったとき、そのイメージがチラつくから」
「結構似てると思いますよ。マジこんな感じ」
こんな風に茶化されたら、実際会ったときの怖さも半減だ。笑わないようにしなければ。
そんなやりとりをしていると、子ども連れのお客さんが店に入ってくる。その顔には見覚えがあった。
バイト初日にオーダーを受けたギャル風のママさんと男の子だ。確か男の子の名前はルイくんだっけ。
ルイくんは、てててーっとショーケースの前まで走ってくると、くりくりのおめめでこちらを見上げる。
「ゆるかわのあいしゅ、くーだーさいっ」
ああ、可愛い。癒される。
ほっこりした気分になったが、すぐに問題に気づく。
「申し訳ございません。ゆるかわコラボのサンデーは終了しておりまして」
期間限定のゆるかわコラボサンデーは、発売と同時に瞬く間に売れた。
キュートで映える見た目から、SNSでバズり散らかしたのが原因だ。
本部での材料供給が追いつかず、予定よりも一週間早くキャンペーンが終了したと聞いている。
だけどそんな大人の事情は、子どもには通じない。
「ゆるかわのあいしゅ、ないの?」
大きな瞳が、みるみる潤んでいく。罪悪感が半端ない。
「申し訳ございません」
もう一度頭を下げると、ルイくんは崩れるように床にしゃがみ込んだ。
「ママと約束したのに! 次はゆるかわのあいしゅねって! うわああ!」
目の前で大泣きされて、オロオロしてしまう。
そうだよね。食べたかったアイスがなくなってたら、悲しくなるよね。
「ないんだから仕方ないでしょ? 今日もみかんにしよ? ルイ好きじゃん」
「やっ! ゆるかわのあいしゅがいい! ゆるかわ! 絶対ゆるかわ!」
「わがまま言わないの! ないって言ってんでしょ!」
うんざりしたようにため息をつくママさん。これは宥める方も大変だ。
どうしよう、と隣に視線を向ける。七瀬は少し考え込んだあと、カップを手に取った。
なにをする気かと凝視していると、マジックでスルスルと絵を描いていく。
丸いフォルムに、うるっとした瞳。ゆるかわだ。しかも結構上手い。
マジックを置いた七瀬は、カウンターから出てルイくんの前にしゃがむ。
「これじゃダメ? おにーさんの描いた、ゆるかわ」
泣いていたルイくんが顔を上げる。カップに描かれたカワウソをじーっと見つめたあと、ぱああっと表情を輝かせた。
「ゆるかわだぁ!」
満足してくれたようだ。ママさんも、ほっと胸を撫でおろしている。
「このカップにお気に入りのアイスを入れようねー。アイスの種類は、このおにーさんと決めて」
ふいっとこちらに視線を投げられる。
「……え? 俺?」
こっちに振られるとは思わなかった。お客さんと一緒にアイスを選ぶなんて、やったことないんだけど……。
「このおにーさんは、アイスガチ勢だから、アイスのことならなーんでも知ってるよ。一番美味しいアイスを教えてくれるかも」
おい、子どもになにを教えてるんだ!? 無茶ぶりが過ぎる。
文句を言おうとしたところで、目元を半月状に歪めた七瀬と目が合った。
「頼んだよ。ガチ勢のおにーさん」
あ、これ、無理とは言えないやつだ。
ルイくんからも、キラキラした眼差しを向けられる。
「がちぜーのおにーさん。おいしいあいしゅ、くーだーさいっ」
うう……。こうなったら、なるようになれ!
幸いフレーバーの特徴は頭に入っている。お客さんの好みを聞きながら、おすすめすることならできるはずだ。
落ち着けば、きっと大丈夫! 心臓がバクバク暴れまわるのを感じながら、俺もカウンターから飛び出した。
「い、一緒に選ぼうね。えーっと、ルイくんは、みかん好き?」
「すき!」
「いちごとみかんだったら、どっちが好き?」
「いちご!」
「チーズは好き?」
「チーズすきぃ!」
「じゃあストロベリーフロマージュって、アイスを味見してみようか」
ママさんに「あげて大丈夫ですか?」と確認を取る。オッケーをもらってから、一口大のアイスをスプーンに乗せた。
いくつかのアイスを食べ比べたあと、ルイくんは最終的に大納言あずきを選んだ。「それ!?」と総ツッコミが入ったのは言うまでもない。シブいぜ、ルイくん。
「ばいばい! ゆるかわのおにーさんと、がちぜーのおにーさん」
にこにこ笑顔のルイくんをお見送りする。ママさんからは「マジで助かりましたぁ!」とひたすら感謝された。
大変だったけど、楽しかったなぁ。
達成感に浸っていると、隣にいた七瀬がとんっと肘をぶつけてきた。
「やるじゃん、ガチ勢のおにーさん」
それに対抗するように、俺も肩をぶつける。
「そっちもね、ゆるかわのおにーさん」
顔を見合わせると、どちらからともなく笑い出す。二人で協力して、大きなミッションをクリアした気分だ。
笑いが収まった頃、バックヤードから店長が覗いていることに気づいた。
「二人とも素晴らしい接客だったよ! わたし、感動した! 今日は二人にサンクスカード書いちゃう。アツいメッセージを期待してて!」
店長にも褒められた。サンクスカードを書いてもらえるのは初めてだから嬉しいな。
今日の俺は、時給に見合った働きができていたように思える。ちょっとずつ、この店の戦力として扱ってもらえているようで、誇らしい気分になった。



