基本的な接客の流れは頭に入ったけど、まだ完璧とは言えない。 早く戦力としてカウントしてもらえるように奮闘していた。
放課後。騒がしい教室内で、俺はノートと向き合っていた。
「右からバニラ、チョコチップ、チョコミント、アップルティー……」
ショーケース内でのフレーバーの配置図を眺めながら、ぶつぶつと呟く。
今日もこのあとバイトが入っている。店に着くまでに配置を確認しておきたかった。
教わったことを一度で覚えられない俺は、時間をかけて復習しなければ頭に入らない。それは勉強でも同じだった。もっと賢くて要領よく生まれたかったけど、こればっかりは仕方ないと諦めていた。
集中してノートを眺めていると、教室の外がやけに騒がしくなる。
「おお! 七瀬どうしたんだよ? 二年の教室まで来て」
七瀬と聞いて、振り返る。後方のドアには、スクールバッグを肩から提げた七瀬が立っていた。
うちのクラスに知り合いでもいるのか?
他人事のように眺めていると、教室内を見回していた七瀬とぱちんと目が合う。涼し気な表情は、たちまち人懐っこい笑顔に変わった。
「キョウさん、お疲れ様です」
ためらいなく二年の教室に足を踏み入れて、俺の机までやってくる。
「七瀬……。なんでここに?」
「帰りがけに、まだいるかなぁって教室覗いたらいたんで。今日もシフト被ってますよね? 一緒に行きましょう」
まさか教室まで迎えに来るとは思わなかった。二年一組は階段のすぐ隣の教室だから、ついでに覗くのも手間ではないけど、上級生のフロアに突入するのは度胸のいることだ。俺ならビビッてできない。
俺と七瀬が話しているのは相当珍しいのか、教室に残っていたクラスメイトのほとんどが、こちらに注目していた。
「七瀬と小平くんって仲良いの? なに繋がり?」
クラスメイトの疑問を紺野くんが真っ先に晴らそうとする。その後ろには、木田くんもいた。そんな彼らに、七瀬は当たり障りなく微笑む。
「キョウさんとは、バ先が一緒なんです」
「へぇ、二人バイトしてんだ? どこで?」
「駅前のBonBonです」
「アイスクリーム屋!? 超可愛いところで働いてんじゃん!」
「はい。うちの家族、BonBonのアイス好きなんで。あそこ、従業員は二割引きで買えるんですよ。お得じゃないですか?」
「マジか! それはデカい」
七瀬は先輩相手にも、全く怖気づいていない。さすがコミュ強だ。感心しながら眺めていると、紺野くんと目が合った。
「ごめん、小平くん。話に割り込んじゃって。七瀬とは、バスケ部の体験入部で知り合って、今でもときどき勧誘してるんだ」
「あ、なるほど……」
そういえば、紺野くんと木田くんはバスケ部だっけ。そんな繋がりがあったのか。
小さく頷いていると、紺野くんが羨むように七瀬を見上げる。
「七瀬は背が高くて、バスケのセンスもあるんだから、部活入らないのはもったいないって。今からでも遅くないけど?」
ここぞとばかりに勧誘する紺野くん。その隣で木田くんが「しつこく勧誘すんな」と止めに入った。七瀬は隙のない笑顔を二人に向けている。
「バイトあるんで、部活は無理です。ごめんなさい」
あっさり断られた紺野くんは、「マジもったいねー」と惜しんでいた。
バスケが上手いのなら、バイトなんてしないで部活に入ればよかったのに。
外野で聞いていた俺までもったいない気分になっていると、紺野くんが何気なくこちらに視線を投げた。
「小平くんは、なんでアイス屋でバイトしてんの?」
「……え? 俺?」
「うん、接客業はちょっと意外かも」
まさかこっちにも話を振られるとは思わなかった。どうしよう。全然心構えをしていなかった。
みんなから注目される中、俺はそっと机の上に視線を落とす。
「アイスが、好きだから……」
しんっと沈黙が走る。変なことを言ったかもしれない。
じわじわと頬が熱くなるのを感じていると、七瀬が沈黙を破るようにくくっと笑い出した。
「理由が可愛すぎません? 子どもですか?」
軽やかに笑い飛ばしていく。その反応を見て、まともに息ができるようになった。
「ちなみに、何味が一番好きなんですか?」
七瀬に聞かれたところで、俺は真剣に考え込んだ。
「それは難しい質問だね。身体が糖分を欲しているときはキャラメルクランチとかクッキーバニラを選ぶけど、暑くて喉が渇いた日は白桃ソルベとかポップソーダが食べたくなる。先月のマンスリーのドバイチョコも捨てがたいし、二十五種類から一個選ぶなんて……」
つらつらと喋っていたところで、ハッと口を押さえる。
マズイ。熱く語りすぎた。恐る恐る顔を上げると、七瀬が口元を押さえてプルプル震えていた。
「アイスのことになると、饒舌になるんですね」
「す、好きなことに対しては、熱くなるタイプだから」
「なにそれ、ウケる」
余計に笑われた。恥ずかしいけど、引かれるよりはずっとマシだ。
笑いが収まった頃、七瀬は机の上で広げたノートの存在に気づいた。
「このノートなんですか? 俺、初めて見た」
七瀬はためらいなく手に取ると、パラパラとページを捲る。
「そ、それは、俺が作ったBonBonノートで……」
「これ自作ですか? フレーバーの特徴とかアレルギー情報が書いてあるじゃないですか。スクープのコツまで。キョウさんが書いたんですか?」
別に隠していたわけではないけど、他人に見られるのは恥ずかしいな。
「教わったことを復習するために書いたんだけど、だんだん楽しくなってきて」
「うわっ、全種類ある。すげー、超真面目。俺、こんな面倒くさいこと絶対しませんよ?」
若干ディスりも含まれている気がするが、褒め言葉として受け取っておこう。
「……アイスへの愛なら、負けないよ」
「確かに。俺ここまでの愛はありません。アイスガチ勢ですね」
アイスガチ勢。悪くない称号だ。
「ガチ勢名乗れるように精進するよ」
そんな俺たちのやりとりを、紺野くんが物珍しそうに眺めている。
「小平くんって、七瀬相手だとこんなに喋るんだ。新発見だわー」
紺野くんの呟きに、木田くんも目を丸くしながら頷いていた。
「しかも結構いじられてるし……。そんなノリで絡んでもいいんだ」
七瀬が容赦なくいじり倒したことで、俺に対する印象が変わったようだ。これは、いい兆候かもしれない。
紺野くんが、にっと八重歯を覗かせながら微笑む。
「今度、BonBonに遊びに行くわ。そのときはおすすめ教えて」
「も、もちろん……」
まさか遊びに来てくれるとは思わなかった。クラスメイトがバイト先に来るのは緊張するけど、距離が縮まったようで嬉しい。
七瀬と一緒だと、俺もクラスメイトの輪に溶け込めている。七瀬という大きな輝きで、ちっぽけな俺まで照らされたようだ。
やっぱり、七瀬はすごい。俺にはないものを持っている。
「そろそろ行きましょう。真面目に復習しても遅刻したら意味ないですからね」
七瀬に促されて、バイトの時間が迫っていることに気づく。
「う、うん! 行こう」
急いでノートを鞄にしまって、七瀬と一緒に教室から飛び出した。
放課後。騒がしい教室内で、俺はノートと向き合っていた。
「右からバニラ、チョコチップ、チョコミント、アップルティー……」
ショーケース内でのフレーバーの配置図を眺めながら、ぶつぶつと呟く。
今日もこのあとバイトが入っている。店に着くまでに配置を確認しておきたかった。
教わったことを一度で覚えられない俺は、時間をかけて復習しなければ頭に入らない。それは勉強でも同じだった。もっと賢くて要領よく生まれたかったけど、こればっかりは仕方ないと諦めていた。
集中してノートを眺めていると、教室の外がやけに騒がしくなる。
「おお! 七瀬どうしたんだよ? 二年の教室まで来て」
七瀬と聞いて、振り返る。後方のドアには、スクールバッグを肩から提げた七瀬が立っていた。
うちのクラスに知り合いでもいるのか?
他人事のように眺めていると、教室内を見回していた七瀬とぱちんと目が合う。涼し気な表情は、たちまち人懐っこい笑顔に変わった。
「キョウさん、お疲れ様です」
ためらいなく二年の教室に足を踏み入れて、俺の机までやってくる。
「七瀬……。なんでここに?」
「帰りがけに、まだいるかなぁって教室覗いたらいたんで。今日もシフト被ってますよね? 一緒に行きましょう」
まさか教室まで迎えに来るとは思わなかった。二年一組は階段のすぐ隣の教室だから、ついでに覗くのも手間ではないけど、上級生のフロアに突入するのは度胸のいることだ。俺ならビビッてできない。
俺と七瀬が話しているのは相当珍しいのか、教室に残っていたクラスメイトのほとんどが、こちらに注目していた。
「七瀬と小平くんって仲良いの? なに繋がり?」
クラスメイトの疑問を紺野くんが真っ先に晴らそうとする。その後ろには、木田くんもいた。そんな彼らに、七瀬は当たり障りなく微笑む。
「キョウさんとは、バ先が一緒なんです」
「へぇ、二人バイトしてんだ? どこで?」
「駅前のBonBonです」
「アイスクリーム屋!? 超可愛いところで働いてんじゃん!」
「はい。うちの家族、BonBonのアイス好きなんで。あそこ、従業員は二割引きで買えるんですよ。お得じゃないですか?」
「マジか! それはデカい」
七瀬は先輩相手にも、全く怖気づいていない。さすがコミュ強だ。感心しながら眺めていると、紺野くんと目が合った。
「ごめん、小平くん。話に割り込んじゃって。七瀬とは、バスケ部の体験入部で知り合って、今でもときどき勧誘してるんだ」
「あ、なるほど……」
そういえば、紺野くんと木田くんはバスケ部だっけ。そんな繋がりがあったのか。
小さく頷いていると、紺野くんが羨むように七瀬を見上げる。
「七瀬は背が高くて、バスケのセンスもあるんだから、部活入らないのはもったいないって。今からでも遅くないけど?」
ここぞとばかりに勧誘する紺野くん。その隣で木田くんが「しつこく勧誘すんな」と止めに入った。七瀬は隙のない笑顔を二人に向けている。
「バイトあるんで、部活は無理です。ごめんなさい」
あっさり断られた紺野くんは、「マジもったいねー」と惜しんでいた。
バスケが上手いのなら、バイトなんてしないで部活に入ればよかったのに。
外野で聞いていた俺までもったいない気分になっていると、紺野くんが何気なくこちらに視線を投げた。
「小平くんは、なんでアイス屋でバイトしてんの?」
「……え? 俺?」
「うん、接客業はちょっと意外かも」
まさかこっちにも話を振られるとは思わなかった。どうしよう。全然心構えをしていなかった。
みんなから注目される中、俺はそっと机の上に視線を落とす。
「アイスが、好きだから……」
しんっと沈黙が走る。変なことを言ったかもしれない。
じわじわと頬が熱くなるのを感じていると、七瀬が沈黙を破るようにくくっと笑い出した。
「理由が可愛すぎません? 子どもですか?」
軽やかに笑い飛ばしていく。その反応を見て、まともに息ができるようになった。
「ちなみに、何味が一番好きなんですか?」
七瀬に聞かれたところで、俺は真剣に考え込んだ。
「それは難しい質問だね。身体が糖分を欲しているときはキャラメルクランチとかクッキーバニラを選ぶけど、暑くて喉が渇いた日は白桃ソルベとかポップソーダが食べたくなる。先月のマンスリーのドバイチョコも捨てがたいし、二十五種類から一個選ぶなんて……」
つらつらと喋っていたところで、ハッと口を押さえる。
マズイ。熱く語りすぎた。恐る恐る顔を上げると、七瀬が口元を押さえてプルプル震えていた。
「アイスのことになると、饒舌になるんですね」
「す、好きなことに対しては、熱くなるタイプだから」
「なにそれ、ウケる」
余計に笑われた。恥ずかしいけど、引かれるよりはずっとマシだ。
笑いが収まった頃、七瀬は机の上で広げたノートの存在に気づいた。
「このノートなんですか? 俺、初めて見た」
七瀬はためらいなく手に取ると、パラパラとページを捲る。
「そ、それは、俺が作ったBonBonノートで……」
「これ自作ですか? フレーバーの特徴とかアレルギー情報が書いてあるじゃないですか。スクープのコツまで。キョウさんが書いたんですか?」
別に隠していたわけではないけど、他人に見られるのは恥ずかしいな。
「教わったことを復習するために書いたんだけど、だんだん楽しくなってきて」
「うわっ、全種類ある。すげー、超真面目。俺、こんな面倒くさいこと絶対しませんよ?」
若干ディスりも含まれている気がするが、褒め言葉として受け取っておこう。
「……アイスへの愛なら、負けないよ」
「確かに。俺ここまでの愛はありません。アイスガチ勢ですね」
アイスガチ勢。悪くない称号だ。
「ガチ勢名乗れるように精進するよ」
そんな俺たちのやりとりを、紺野くんが物珍しそうに眺めている。
「小平くんって、七瀬相手だとこんなに喋るんだ。新発見だわー」
紺野くんの呟きに、木田くんも目を丸くしながら頷いていた。
「しかも結構いじられてるし……。そんなノリで絡んでもいいんだ」
七瀬が容赦なくいじり倒したことで、俺に対する印象が変わったようだ。これは、いい兆候かもしれない。
紺野くんが、にっと八重歯を覗かせながら微笑む。
「今度、BonBonに遊びに行くわ。そのときはおすすめ教えて」
「も、もちろん……」
まさか遊びに来てくれるとは思わなかった。クラスメイトがバイト先に来るのは緊張するけど、距離が縮まったようで嬉しい。
七瀬と一緒だと、俺もクラスメイトの輪に溶け込めている。七瀬という大きな輝きで、ちっぽけな俺まで照らされたようだ。
やっぱり、七瀬はすごい。俺にはないものを持っている。
「そろそろ行きましょう。真面目に復習しても遅刻したら意味ないですからね」
七瀬に促されて、バイトの時間が迫っていることに気づく。
「う、うん! 行こう」
急いでノートを鞄にしまって、七瀬と一緒に教室から飛び出した。



