返して、やだ、のやりとりを繰り返しているうちに、バイト先に到着する。
「おおっ、二人そろって出勤なんて仲良しだね」
事務作業をしていた店長は、「よき、よき~」と頷きながら、軽快にキーボードを叩いていた。
それから交代で着替えて、出勤ボタンを押す。バイト二日目スタートだ。
休日と比べると、平日は客の入りが少ないようだ。客足の途切れたタイミングで、俺はアイスクリームのスクープ練習をすることになった。
さっそく練習していると、背後からアドバイスが飛んでくる。
「ラムレーズンは柔らかくて溶けやすいので、素早くすくうのがコツです」
七瀬だ。タブの中でべちゃべちゃになったアイスと格闘していた俺は、なるほどと頷いた。
「難しいんだね。ラムレーズン」
「初心者泣かせのフレーバーのひとつですね。難易度としては星4です」
星4。数字で示されるとわかりやすいな。
「ソルベ系も柔らかいんで星4ですね。規定量に収めるのも難しいですし」
一度ディッシャーを置いてから、メモを取る。フレーバーの種類によってスクープの難易度が変わってくるのか。それは知らなかった。
「ちなみに、難易度星5ってなに?」
興味本位で尋ねてみると、七瀬はショーケースを見回す。
「んー、ビタショコですかね。チョコレート系は硬いんで結構力がいります。特にバックヤードの冷凍庫から出したばかりの状態だと、ガチガチに固まってるんで難易度が跳ね上がりますね。俺も入りたての頃は、こいつのせいで腱鞘炎になりかけました」
七瀬は右手首をさすりながら、恨めし気にショーケースを見つめる。
なるほど。ビターショコラナッツは硬い。そうメモをしたところで、あることに気づいた。
「ということは、俺、最初から星5に挑んでいたという」
「あー、あのときも冷凍庫から出したばかりでしたねー。あれは初心者には無理だったと思います」
無理、と軽く言われたところで、肩の力が抜けてしまう。
そうか。前回はスクープできなくて凹んでいたけど、難易度が高いのであれば仕方がない。失っていた自信が、ちょっとだけ回復した。
「今日はタブ交換してから時間が経っているので、前回よりはマシになっていると思いますよ。リベンジしてみます?」
試すような瞳で顔を覗き込まれる。その誘いに、乗った。
「やる」
できないままにはしたくない。リベンジだ。
ショーケースを開くと、さっそくビタショコのタブにディッシャーを差し込む。前回はタブに目一杯入っていたけど、今日は半分まで減っていた。
「最初は形を整えようと思わなくていいです。とにかく力を込めて、規定量をディッシャーに収めるイメージで」
「はい」
アドバイスに耳を傾けつつ、ディッシャーを奥から手前に引き寄せる。前回はビクともしなかったけど、今回は削り取れた。
「ある程度削り取れたら、手首のスナップを効かせて形を整えて。あんまりぐちゃぐちゃしてると溶けるんで、早く」
「は、はい」
急かされると、余計に焦る。タブの中でアイスを転がしながら形を整えたが、出来上がったのは歪な丸だ。
「うわぁ、微妙ー……」
これでは、お客さんに出せそうにない。サイズも小さすぎて規定量に達していないだろうし……。やり直しだ。
気を取り直して、ディッシャーを水につける。再チャレンジしようとしたところで、背後から長い手が伸びてきた。
「貸して」
またしてもディッシャーを奪われると思いきや、七瀬は俺の手の甲に触れる。
「一緒にやってみましょう。後ろから支えるんで」
「え? あ、う、うん……」
感覚を掴めるように教えてくれているんだろうけど……これは近くないか?
体勢的に後ろから抱きしめられているみたいだし、ポロシャツからは洗剤のいい匂いがするし。……いや、今は余計なことを考えるのはやめておこう。
七瀬と力いっぱいスクープしていくと、さっきよりもたくさんアイスが削れる。タブの中で手早く形を整えると、さっきよりも綺麗な丸になった。それはいつも食べているアイスと近しいように思える。
「グラム量ってみましょうか」
「はいっ」
ディッシャーを計量器に乗せると、規定量に収まっていた。
「これだったら、お客さんに出せそう?」
振り返って確認を取ると、七瀬は満足げな表情で頷いた。
「はい。難易度星5、クリアですね」
その一言で、名誉な称号を与えられた気分になった。星5をクリアできたのなら、もうなんだってできそうだ。
「まあ、お客さんの前で二人がかりでスクープするわけにはいかないんで、一人でもできるようになってくださいね」
「うっ……」
浮かれていた気持ちが、急速にしぼんでいく。
そうだった。今上手くできたのは、七瀬と一緒にやったからだ。俺だけの力ではない。
「……もう少し練習してみます」
潔く自主練に励もうとしたところで、七瀬がおもむろに俺の二の腕を掴んだ。
「あとさ、キョウさん細すぎ。もうちょい筋肉つけた方がいいですよ」
不意打ちのディスりが、グサッと胸に突き刺さる。
「お、俺、筋トレしても、あんまり筋肉つかないんだよね……」
棒切れのような二の腕をさすりながら嘆く。過去にも筋トレに励んだことがあったけど、ことごとく失敗に終わった。体質的に筋肉がつきにくいのだろう。
「スクープしまくっているうちに、ある程度はつくと思いますよ。俺もここでバイト始めてから、利き腕だけ異様に鍛えられましたし」
ほら、とポロシャツの袖を捲ると、引き締まった二の腕が露わになる。
「わっ、すごっ!」
思わず触れてみる。ゴツゴツした逞しい二の腕だ。
「アイス屋のバイトでここまでなる?」
「まあ、これはバスケで鍛えていたのもありますけどね」
「だよね。これはスポーツマンの腕だ」
立派、立派、とぺしぺし叩いていると、七瀬にふっと笑われる。
「なんか、キョウさんに褒められんのは悪い気がしないですね。嫌味がなくて」
嫌味? ちょっと意味がわからない。またディスられてるのか?
「……その右腕を取って、自分にくっつけたいなぁなんて邪念はあるけど」
妬ましさを滲ませながら呟いてみると、七瀬はきょとんと目を丸くする。その数秒後、額を押さえながらプルプルと笑い出した。
「俺の右腕を取らないでください。筋肉つけたいなら、自力でお願いします」
「そのつもりだし……」
なにも本気で取ろうだなんて思っていない。ただの冗談だ。こんなふうに冗談を言えたのは、俺としては珍しいことだけど。
業務から脱線して話をしていると、ふと背後から視線を感じる。振り返ると、事務作業をしていたはずの店長がこちらを見つめていた。
「あ……。スミマセン。無駄話して……」
「ううん、いいの、いいの! 微笑ましいなって思って見ていただけだから」
店長はニマニマ笑っている。怒ってはいないようだ。
「それにしても、今日の七瀬はずっと小平くんのことを気にかけているよね。困ってたら声をかけてあげてさー」
それは……俺も気づいていた。
七瀬は自分の仕事をこなしつつも、チラチラと俺の様子を気にしてくれていた。問題ないときはなにも言わないけど、さっきみたいに手こずっていたときはさりげなくアドバイスをくれる。背後から飛んでくる有益な情報には、かなり助けられていた。
「別に気にかけていたわけじゃありません。キョウさんが問題を起こさないか見張っていただけです」
七瀬は、鬱陶しそうに顔を背ける。その反応を見て、店長はさらにニマニマと口角を吊り上げた。
「もしかして七瀬、照れてる? 可愛いねぇ」
店長が煽ると、七瀬は「うざっ」と俺にだけ聞こえる声量で悪態をつく。そういう態度は、ちょっと子どもっぽくて笑えるな。
「小平くんもさ、七瀬に教わっているときはリラックスしているよね。やっぱり男の子同士の方が緊張しないのかもね」
「それは……あるかもです」
店長がどうこうというよりは、俺が年上の女性と話すことに慣れていないから緊張してしまう。七瀬に教わる方が、肩の力を抜いて話を聞けた。
「これからも小平くんのフォローを頼んだよ。先輩として」
「店長ー、俺まだ入って三ヶ月なんですけど」
「歴は浅いけど、七瀬はもう完璧に回せているから! 自信持って!」
「つーか、バイトに新人教育を任せるって、職務放――」
「わあああ~! なにも聞こえない~!」
わざとらしく耳を塞ぐ店長を見て、俺と七瀬は苦笑いを浮かべた。
「まあ、別にいいですけどね。キョウさんの教育係になっても」
「…………え?」
しれっと教育係を引き受けたものだから、驚いてしまった。そんなことをしても、七瀬にはなんの得もない。時給が上がるわけでもあるまいし。
「いいの? 俺の教育係とか絶対面倒じゃん」
考え直した方がいいぞ、と圧を込めて見上げる。真剣な俺とは対照的に、七瀬はふっとからかうように笑った。
「いいですよ。キョウさん不器用だから、俺が面倒見てあげます」
超絶上から目線だ……。だけど教わる立場だから文句は言わないでおこう。
仕事ができて、教え方が上手い。それは紛れもない事実だ。その点には敬意を払わなければ。
「よろしく、お願いします」
研修で教わった通りに、斜め四十五度で頭を下げる。
年上も年下も関係ない。ここでは七瀬が先輩だ。



