正門まで続く舗装された道も、七瀬と一緒だと花道を歩いているような気分になる。
「じゃあなー、七瀬。明日俺らとバスケすんの忘れんなよ」
「七瀬、バイト? 頑張れよー」
「バイバイ、七瀬くん。また明日~」
歩いているだけで、あちこちから声がかかる。男子も女子も、学年も関係なし。人気者の世界は、こんな風に回っているのかと感動した。
そんな周囲の呼びかけに対して七瀬は、『おー』とか『はいはい』とか手短に返事をする。表情や声色がフレンドリーだから雑には見えないけど、時間をかけたくないという意思は伝わってきた。
正門を出たところで花道が終了。俺は夏の暑さとは違う意味で、汗をかいていた。
「す、すごいね」
「なにがです?」
「コミュ強って感じで」
崇めるように見上げていると、ふっと軽く笑われる。
「普通ですよ、普通。キョウさんがヤバめなだけで」
脳天に氷柱が落っこちてきたような気がした。
「お、俺、ヤバめ?」
恐る恐る聞いてみると、「はい」とためらいなく肯定される。
「キョドりながら自己紹介してたときは、ヤベぇ新人が入ってきたなぁってビビリました」
「あ、あのときは緊張して……」
言い訳しているうちにも、昨日の失態がフラッシュバックする。
そうか。俺、ヤバい新人だって思われていたのか……。
足取りが重くなると、七瀬も歩くペースをゆるめる。
「声ちっさいし、笑顔はぎこちないし、話しかけられるとすぐ固まるし」
「うっ……」
「なにもできないくせに、ちょろちょろして危なっかしいし」
「ううっ……」
「メンタルも弱そうだから、すぐにやめるんだろうなぁって」
こいつ、俺に対して当たりが強くないか? 下に見られているせいか?
メタメタにされて余計に足取りが重くなっていると、七瀬はぴたりと足を止める。
「でも、やめないんですよね?」
ちらりと横目で見つめられる。覚悟を試されているようだ。
「やめないよ。昨日も言ったけど」
そこだけは胸を張って伝えると、七瀬はにっこり微笑んだ。
「それなら仲良くしましょう。職場の人間関係拗れんのはダルいんで」
上から目線だけど、歩み寄ろうとする意思は伝わってきた。
「う、うん、よろしく。年上だからって、気を遣わなくていいから」
「あ、はい。もともと気ぃ遣う予定はなかったんで、大丈夫です」
ナチュラルに失礼をぶっ込まれる。からっと晴れやかな笑顔を浮かべているのが、憎い。
こんなふうに雑に扱われたことはほとんどないから、対応に困るけど……。
整った横顔をジトッと見つめていると、「ん?」と首を傾げられる。
「怒りました?」
「…………いや」
小さく首を振る。この程度では、俺は怒らない。むしろ、ちょうどいいとさえ思っていた。
投げられたボールを上手く返せなくても、外野に追い出されない。それどころか容赦なくぶつけてくる。気を遣われてばかりだった俺には、これくらいの雑さがちょうどよかった。
「そうだ。キョウさん、バイトのグループにまだ入ってないですよね? 招待します」
七瀬がポケットからスマホを出したところで、俺も慌てて取り出す。
「えっと、友達追加って、どうやるんだっけ……」
操作でまごついていると、「はあ?」と呆れた声が飛んでくる。
「貸して」
ひょいっとスマホを奪われる。七瀬は慣れた手つきでスマホを操作した。
追加してもらうのを待っていると、あることに気づく。
「……ん?」
七瀬の手にしている手帳型のスマホカバーのポケットには、小さな紙が挟まっている。それには見覚えがあった。
まじまじと見つめていると、「はい」とスマホを突き返される。
「BonBonのグループに招待しておきました。俺はゆるかわのアイコンなんで、なにかあったら連絡してください。ああ、一応、グループで最初に挨拶しといた方がいいですよ。そういうの、うるさい先輩もいるんで」
「う、うん。ありがとう。グループでの挨拶はしておく。それよりさ」
なにか、と顔を覗き込まれる。俺は恐る恐るスマホカバーを指さした。
「そこに入ってる紙って、俺が書いたサンクスカードじゃ……」
「はい」
即答される。そこにためらいはなかった。
「な、なんでそんなところに? サンクスカードって、バックヤードに貼っておくものじゃ……」
「うっかり持って帰ってきちゃったんですよね。ぐしゃぐしゃにしたり、失くしたりしたら可哀想だなって思って、とりあえずスマホカバーに入れておきました」
「やめてくれないかなぁ、それ!」
自分の書いたメッセージカードを携帯されるのは恥ずかしすぎる。しかも、仲良くなりましょうのしるし、なんて言って渡したものだ。視界に入るだけでむず痒くなる。
「は? 俺のもんなんだから、どこにしまおうが勝手じゃないですか?」
なにが悪い、と言いたげな顔で見下ろされる。これは、はっきり言わないと伝わらないのか?
「は、恥ずかしいから。俺としては、結構勇気を出して書いたものだし……」
ジリジリと頬が熱くなるのを感じながら訴える。ここまで言えばやめてくれると思いきや、七瀬は弱みでも握ったようにニヤニヤと口角を吊り上げた。
「へぇ、それじゃあバックヤードに貼り出したら、もっと恥ずかしくないですか? みんなに読まれちゃいますよ?」
「そ、それは、そうだけど、さ……」
「それなら俺が、手元で保管しておいた方がよくないですか?」
七瀬はこれ見よがしにスマホをチラつかせる。ピンクのカードが視界に入るたびに、顔面が発火しそうになった。
「……あ、あのさ、それ、返してもらうことって、できないかな?」
感謝の気持ちを伝えるという役割は果たしたんだ。回収して破棄してしまおうかと手を伸ばしたところで、七瀬がひょいっとスマホを宙に掲げた。
「ダメです。これはもう、俺のもんなんで」
背の高い七瀬に手を伸ばされたら、俺が届くはずない。敗北感に打ちひしがれていると、アーモンド形の目が半月状に歪んだ。
「安心してください。大事にしますから」
その瞳からは、隠しきれないSっ気が滲んでいた。
ああ、俺、遊ばれているな……。



