バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる



 最後の一口を食べた後、七瀬の膝に跨る。熱い眼差しで見つめ合ったあと、そっと目を閉じた。
 ふにゃりと柔らかな唇が触れる。いつもならすぐに離れていくけど、今日は違う。唇に吸い付かれて、舌先で軽く突かれて、中まで入りたがってきた。
 身体中熱い。七瀬の肩を掴みながら身を固くしていると、唇の端にそっと指先が触れた。

「口開けて。中まで味見させてよ」

 言われるがまま、固く閉じていた唇を開く。すると舌先が滑り込んできて、柔らかな感触で支配された。
 最初はひんやりしていたけど、絡み合っていくうちに熱くなっていく。気づいた頃には、同じ温度になっていた。

「ふっ……う……」

 こんなに深いキスは初めてだ。身体中に熱が回って、奥の方からとろとろと溶けていきそうだ。

「やば……。これは想像以上です。ハマりそう」

 七瀬が悩まし気に呟く。そっと目を開けた瞬間、ぬらりと濡れた唇が視界に入って、心臓がどくどくと脈打った。

「キョウさん、好きです。こんなんじゃ足りないくらい」

 すりっと額を寄せながら告げられる。俺も、と返事をしようとしたところで、再び唇を塞がれた。
 言葉にならない代わりに舌を差し出してみると、じゅっと吸い付かれる。その刺激で、腰骨の辺りからぞくりと甘い刺激が走った。
 どうしよう。このままだと、どんどんエスカレートしそうだ。
 下腹部にも熱が溜まっていくのを感じて、キスを中断した。

「あ、あのさ」
「なんですか? もう限界?」

 七瀬はちらりと下を一瞥する。余裕がないのを見透かされてしまったけど、向こうも同じだろうからお互い様だ。
 俺だって、なんの知識もなく付き合っているわけじゃない。心臓が口から飛び出しそうになりながら、じっと七瀬を見上げた。

「七瀬はさ、抱くのと抱かれるの、どっちがいい?」
「なんですか? そのやらしー質問」

 恥ずかしい質問をしている自覚はある。だけどこういうのは、あらかじめ話し合っておいた方がいいんだ。心の準備をするためにも。

「もちろん、抱く一択」

 七瀬はにやりと自信に満ちた笑みを浮かべる。腰を抱き寄せられると、硬くなったものをくいっと尻に押し当てられた。

「あ……。そ、そうだよね。わかった。了解……」
「あれ? すんなり決まりましたね。キョウさんも俺に抱かれたかった?」
「そ、そういう意味じゃなくて! 七瀬に痛い思いをさせるのは嫌だから!」

 多分、抱かれる側の方が負担が大きい。七瀬には、あまり負担をかけさせたくなかった。抱かれたかったのも、ちょっと、いや、かなりあったけど。
 赤くなった顔を隠すように俯いていると、ぎゅーっと抱きしめられる。

「キョウさん、優しい。そういうところも大好き」
「うん、ありがと……」
「でも安心してください。痛い思いはさせませんから」

 背中に回された手が離れると、ゆっくりと内腿を撫でられる。その手つきが妙にいやらしいせいで、余計に下腹部に熱が集まった。
 これは、そういう流れなのか? 七瀬もその気みたいだし。
 だけど、こっちは誕生日を祝う準備はしていても、そっちの準備はしていない。いきなりというのは、さすがに……。
 でも、七瀬が望むのなら、いけるところまでいってしまっても――。
 雰囲気に身を委ねようとした瞬間、七瀬が甘いムードを断ち切るように、ぽんっと背中を叩いた。

「さて、ケーキも食べたことですし、ゲームでもしますか。クラスメイトから借りたホラーゲームがあるんですよね。ゾンビが大量に襲い掛かってくるやつ」

 ……は? ゲーム? ゾンビ? この流れで?
 わけがわからずに固まっていると、膝の上から退かされる。

「準備するんで待っててください。あ、トイレ使いたかったらご自由にどうぞ。廊下突き当たって左です」
「あ、え? そういう感じ?」

 七瀬は何事もなかったかのように、ゲームのセッティングを始める。その切り替えの早さに驚いてしまった。
 するんじゃなかったのか? 二人きりなのに。なんだか俺だけが期待していたみたいで、恥ずかしい。

「今日はしませんよ」
「う、えぇ!?」

 心の内を見透かされたようで、おかしな声を出してしまう。七瀬は振り返ることなく、ゲームのコントローラーを操作していた。

「俺、オーダーしたのキスまでですもん。それ以上は言ってませんよ?」
「そ、そうだけどさ、雰囲気的に、さ……」
「正直、触り合いくらいまでならいいかなぁって揺らぎましたけど、やっぱり次まで取っておきます」
「取っておくって……なんで?」

 ドッドッと心臓が暴れまわるのを感じながら聞いてみる。振り返った七瀬は、にやりと口角を吊り上げていた。

「だって、一度で全部食べちゃったらもったいないじゃないですか。時間をかけて、ちょっとずつ味見していきます」

 柔らかそうな舌が、ぺろりと口の端を舐める。その仕草がやけに色っぽくて、余計に心拍数が上昇した。
 好きなことを我慢するのはつらい。それは俺だって同じなんだぁ、と叫びたくなった。
 だけど、そんな欲にまみれた願望は言えそうにない。少なくとも今は。

「わ、わかったよ……。ゲームしよ、ゲーム」
「はい。怖かったら、俺の腕にしがみついていいんで」

 ニマニマと笑う七瀬から、コントローラーを受け取る。おどろおどろしい画面を眺めながら、俺は隣に座った。

 この恋は、溶けることはない。
 それなら時間をかけて、じっくり進めていくのもアリなのかもしれない。

<おわり>