バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる



「うまっ! これこそ俺の求めていた味!」

 駅前のカフェで芋アイスを口にすると、へにゃりと表情筋がゆるんでいく。
 隣に座っていた七瀬は、ニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んできた。

「どんな味なんですか?」
「超芋」
「全然説明になってねー。味見させてくださいよ」
「いいけど」

 芋アイスをスプーンですくって、目の前に差し出す。自分から食べたいと言ったくせに、七瀬はスプーンに見向きもしなかった。

「勝手にもらうんで結構です」

 どういうことだ? 眉を顰めていると、七瀬の整った顔が視界いっぱいになる。次の瞬間、ちゅっと唇が重なった。

「ん、思っていたより甘い」

 何事もなかったかのように離れていく七瀬。ワンテンポ遅れて、俺もようやくキスされたことに気づいた。

「こ、こんなところでするな、馬鹿!」

 メニューで頭を引っ叩く。七瀬は「いてっ」と声を上げた。

「まったく、油断も隙もない……」

 ふいっとそっぽを向きながら、芋アイスを口に運んだ。
 付き合い始めてからわかったことだけど、七瀬はキスが好きらしい。隙あらば、唇を奪おうとしてきた。

 デート中にしてくるのはまだいい方で、学校でも人目を忍んでしてくることがある。階段の踊り場で振り返った直後にされたときは、さすがに厳重注意をしたけど。
 アイスの味見をするみたいに軽く触れ合うだけだから、周囲に気づかれることはほとんどないが、される側としては気が気じゃない。

「こんなところでってことは、別の場所でならいいんですかー?」

 七瀬は頭をさすりながら、不服そうに口を尖らせる。

「まあ、場所を弁えれば……」

 俺だって、七瀬とのキスが嫌いなわけじゃない。甘えていることも伝わってくるし、可愛いなぁとは思っている。
 限定的に許可を出すと、七瀬は目元を半月状に歪ませた。

「じゃあ二人きりになったら、たくさん味見させてくださいね」

 熱のこもった眼差しを向けられると、脳が沸騰しそうになる。
どうやら俺は、とんでもない約束をしてしまったらしい。
 夕方までカフェでダラダラとお喋りをしたあとは、駅まで送ってもらう。階段下で「じゃあね」と手を挙げたところで、七瀬に正面から抱きしめられた。

「あー、帰したくねー。このまま部屋に連れ込みたい」

 煩悩まみれの引き留めに、呆れを通り越して笑ってしまう。

「明日、学校」
「わかってます。言ってみただけー」

 むくれながら腕を解くと、あっさりと離れていく。

「ばいばい、キョウさん。愛してるよ」

 恥ずかし気もなくそう囁くと、七瀬は踵を返して歩き出した。
 別れてからも、甘い言葉がいつまでも頭の中で渦巻いている。
最近の七瀬は甘すぎて、別の意味で溶かされそうだ。
[newpage]

 十一月二十三日。今日は勤労感謝の日だ。そして七瀬佑真の誕生日でもある。

「お待たせしました。ショコラアイスケーキです」
「ありがとうございます!」

 午前中にバイト先に立ち寄った俺は、予約していたアイスケーキを受け取っていた。
 BonBonアイスクリームでは、従業員割でアイスケーキを購入できる。これはかなりありがたい制度だった。

「ケーキ、七瀬と一緒に食べるの?」

 ケーキの受け渡しをしてくれた清水さんに聞かれて、「はい……」とはにかみながら頷く。

「このあと、七瀬の家で誕生日会をすることになっているので」
「いいね。楽しんできて」

 背中を押してもらえたところで、もう一度頷いた。
 支払いを済ませて帰ろうとしたとき、「ちょっと待ってて」と引き留められる。一度バックヤードに戻った清水さんは、小さな紙袋を手に持って戻ってきた。

「これ、店長とわたしから。七瀬の誕生日プレゼント」

 まさか二人も用意しているとは思わなかった。これも日頃から七瀬が慕われている証拠だ。

「ありがとうございます。渡しておきますね。ちなみに中身はなんですか?」
「ハンドクリーム。これからの季節は、水仕事をしていると手がカッサカサになるからね」

 なるほど。それなら俺の用意したプレゼントとは被らないな。

「安心して。特別な意味はないから」
「そ、それは……。はい。わかってます……」

 俺が嫉妬しているとでも思われたのだろうか? なんだか恥ずかしい。
 ジリジリと顔が熱くなるのを感じながら、アイスクリーム屋をあとにした。



 アパートのインターホンを鳴らすと、すぐさま七瀬が飛び出してくる。

「キョウさん、待ってました」
「うん、ちゃんとケーキ持ってきたよ」
「俺はケーキじゃなくて、キョウさんを待ってたんですー」

 腰に手を回されて、軽くキスされる。嬉しくて受け入れてしまったが、すぐにここが玄関だと気づいた。

「ちょっ……。陽菜ちゃんたちに見られたらヤバいだろ」
「ああ、平気ですよ。今日は夕方まで家族はいないんで」
「え? そうなの?」
「はい。キョウさんと誕生日パーティーするって言ったら、気ぃ利かせて出かけてくれました」

 つまり、今日は夕方まで七瀬と二人きりということか。そんなに長く二人きりになるシチュエーションはなかったから緊張するな。

「今日は思う存分、いちゃいちゃできますね」

 にやりと笑いながら見下ろされる。その表情で、七瀬の魂胆を察した。
 そういうことなら、事前に知らせてほしかった。誕生日を祝う側がサプライズされるのは、斬新過ぎるだろう。

「とりあえず、ケーキ食べよう。アイスだから溶けるし」

 靴を脱いでそそくさと上がると、七瀬が「はーい」と間延びした返事をしながらついてきた。
 キッチンでケーキを切り分けている間、七瀬はプレゼントを開封する。

「おー、店長と清水さんからは、ちょっといいブランドのハンドクリームですか。無香料をチョイスするあたり、わかってるわー」
「ん? どういうこと?」

 ケーキを切る手を止めて聞いてみると、七瀬がハンドクリームを見せびらかしながら笑う。

「だって、他の人からもらったもんの匂いさせてたら、キョウさんがバチクソ嫉妬するじゃん」
「し、しないから! 嫉妬なんて! それに店長たちだって、そんな意図があったわけじゃ……」

 咄嗟に否定してしまったが、なるほど、と納得していた。
 正直、七瀬に近づくたびに知らない香りがしたら、かなり嫉妬する。それに特別な意味がなかったとしても。
 そこまで気を回して無香料を選んだのだとしたら、あの二人はめちゃくちゃ大人だ。

「で、キョウさんからはなんだー?」

 ラッピングを開ける手を、ドキドキしながら見守る。プレゼントを取り出した七瀬は、ふっと頬をゆるませた。

「ゆるかわのスマホカバーですか? 可愛いー。俺の使っていたカバー、もうボロボロだから助かります」

 七瀬が使っていたスマホカバーは、表面の合皮が剥がれて傷んでいた。表に貼ったゆるかわのステッカーも、耳が千切れて可哀そうなことになっている。だから新しいカバーを新調したんだ。

「ちなみに、俺と色違い」

 ポケットからスマホを取り出して、見せてみる。七瀬がブラウンで、俺がネイビー。勝手におそろいにしてしまった。

「え! 嬉しいです! 大事にします!」

 プレゼントを渡したときよりも大袈裟に反応される。喜んでもらえてよかった。

「さっそく入れ替えますね。というか、キョウさんも手帳型にしたんですね。前まではプラスチックのケースだったのに」
「それは……おまえが変なメッセージばっかり送るから」

 視線を逸らしながら、スマホをポケットにしまう。
 付き合い始めてからというもの、七瀬からはしょっちゅうメッセージが送られてきた。

『バ先まで一緒に行きましょー』とか『放課後、寄り道しましょー』といった内容ならいいが、ときどきとんでもない爆弾が飛んでくる。
『キョウさん、ぎゅーしたい』なんてメッセージが送られてきたときには、変な声が出そうになった。

 うっかりスマホを表向きに置いていたせいで、木田くんにギョッとした目で見られてしまったし。特に触れられることはなかったけど。
 そういった事故を防ぐためにも、手帳型のスマホカバーに代えたんだ。

「俺のせいですか? まあ、手帳型の方が画面傷つかなくていいですけどね。物もしまえるし」

 七瀬はそう言いながら、新しいカバーへサンクスカードを入れ替えていた。カバーはボロボロだけど、そっちは綺麗なままだ。

「それも入れ替えるんだね」
「当然。俺の宝物だし」

 得意げに主張する七瀬を見て、じわじわと首の後ろが熱くなった。
 これ以上は溶ける! さっさとケーキを切り分けよう。
 ケーキを二切れ、皿に乗せる。残りは家族で食べる用に、冷凍庫へしまっておいた。
 リビングに戻ると、七瀬がプレートを乗せたケーキをまじまじと見つめる。

「バースデープレート、キョウさんが書いたんですか?」
「うん。昨日シフト入ったときに書いた。実はバースデープレート書くの、これが初めてなんだよね。店長が書くみたいに上手ではないけど……」

 プレートにチョコペンで名前を書くのは、テクニックがいる。俺は不器用なこともあって、かなり苦戦していた。ペーパータオルの上で何度も練習をしてから、プレートに書き始めたくらいだ。

「ゆうまの『ゆ』のカーブがちょっとブレてんのが可愛い」
「それは、ごめん……」
「なんで謝るんですか? 俺、嬉しいんですよ。キョウさんが頑張って書いてくれたのが伝わってくるし」

 七瀬はデレデレと頬をゆるませている。喜んでくれたのなら、頑張った甲斐があったな。

「キョウさんの初めてをもらえるのも嬉しい」

 妙な言い回しをされて、顔面に熱が集中する。視線を落とすと、ニヤニヤした七瀬に顔を覗き込まれた。

「ん? 俺、変なこと言いました?」

 白々しい。俺をからかうために言っているのはバレバレだ。

「いいからさっさと食べろ!」
「なにを?」
「ケーキを!」

 七瀬にフォークを持たせる。ジトッと見つめていると、七瀬はようやくケーキに手をつけた。

「いただきまーす」

 一口大に切り分けて、ぱくっと口に運ぶ。すると前にアイスを一口分けてあげたときと同じく、ふっと表情をゆるませた。

「美味しい?」
「はい。めちゃくちゃ美味しいです。俺、アイスの中で、チョコレートが一番好きなんですよね」
「あ、そうなんだ。じゃあショコラアイスケーキにしてよかった」
「はい。俺の一番好きな味です」

 喜んでいる七瀬を見ていると、俺までじんわりと胸が温かくなった。

「知ってます? このアイスケーキにも、ビタショコが入ってるんですよ」
「スタッフなんだから、当然知ってるよ」

 ショコラアイスケーキは、一番下がチョコレートのスポンジ、真ん中がナッツを抜いたビターショコラアイス、一番上がホイップクリームでできている。甘くてほろ苦い味わいから、大人にも人気のケーキだ。
 七瀬は普段から甘いものよりも、苦いものや辛いものを好んで食べているから、これが一番気に入ってくれると思ったんだ。

「このケーキ食べてると、キョウさんにアイスを分けてもらった日のことを思い出します。あれは衝撃的でした。完璧にスクープできたアイスの最初の一口を、ためらいなく俺に差し出してきたので」

 七瀬は懐かしむかのように目を細めている。衝撃的と言われても、俺としてはいまいちピンとこない。

「別に、普通じゃない?」
「いやいや、完璧にできたものを他人に汚されたくないでしょ。だけどキョウさんは、なんのためらいもなく渡せちゃうんですよね。今思えば、そういうところにキョウさんの魅力が詰まってるんだなぁって」

 べた褒めされると、恥ずかしくなる。火照った身体を冷ますように、俺もアイスケーキを食べた。

「好きなことを我慢するのって、つらいじゃん? 俺は七瀬につらい思いをさせたくなかっただけだよ」

 あの日に言わなかった本音を漏らすと、七瀬は驚いたように目を見開く。それから、目元を半月状に歪ませながらいたずらっぽく微笑んだ。

「それじゃあ俺、キョウさんに関しては我慢しません」
「え?」
「したいことは、全部言います」

 特大のワガママが飛んできて、面食らってしまう。
 好きなことって、そうか。七瀬からすれば、俺も好きなことに入るのか。

「もちろん、キョウさん的に無理な要求だったら、遠慮なく断ってくれていいんで」

 俺が本気で困らないように、逃げ道を作ってくれている。そういうところは優しいな。

「俺にできることなら、いいよ」

 許可を出すと、七瀬は「よっしゃ」とガッツポーズをする。それからはケーキを食べながら、七瀬のワガママを聞くことになった。

「とりあえず、今年のクリスマスは空けといてください。一緒にクリスマスマーケットに行きたいです」
「もちろんいいよ。空けておく」
「あと、都合がいいときに、キョウさんちの猫をモフりたいです」
「俺は構わないけど、モフらせてくれるかはマル次第かな」
「おやつ持参します。あと、バイト代貯まったら、どこかに遠出したいです」
「わかった。俺もバイト代貯めとく」
「それから……」
「それから?」

 続きを促すと、七瀬がケーキを食べる手を止める。気になって隣を見ると、瞳の奥にわずかな熱が宿っていた。

「ケーキ食べ終わったら、ちょっとエロいキスしたいです」

 ストレートな要求に、思わず目を逸らしてしまう。二人きりだとわかった時点で、そういう展開になることは予想していたけど……。

「カフェでも約束しましたよね? たくさん味見させてって」
「し、したけどさぁ……」
「ダメですか? 俺、今日、誕生日なんで」

 それ、誕生日関係あるか? そうツッコミを入れようとしたところで、火傷しそうな眼差しに捉えられた。

「したい」

 うう……。そんな目をされると、ダメとは言えない。恥ずかしいし、上手くできる自信はないけど、そのワガママはのむことにした。

「いい、よ……」