お客さんの波が途切れたところで、店長から「小平くん、こっちでお話ししよっかぁ!」と呼ばれる。
また怒られるのかぁ……とビクビクしていたが、バックヤードに入った途端、店長にこれでもかと頭を下げられた。
「バイト初日なのに嫌な思いをさせちゃってごめんね! 急にオーダー入ってびっくりしちゃったよね!? すぐにフォローできなかったのは、わたしのミスだから! ホント申し訳ない!」
全力で謝られて、へなへなと肩の力が抜けていく。
「いえ、俺が悪いんで……。むしろ出しゃばってすみません」
おずおずと頭を下げると、店長は「いやいやいや!」とお団子がほどけてしまいそうな勢いで首を振った。
「積極的にオーダー取りに行く姿勢は立派だから! 今回はタイミングが悪かった。それだけ!」
「でも、すぐに引き継げば、七瀬に迷惑をかけることも……」
七瀬の冷たい眼差しを思い出すと、ひゅんっと肝が冷える。あの絶対零度の眼差しは夢に出てきそうだ。敬語だったせいで、威力倍増だったし。
ガタガタと震えていると、店長が悩まし気に額を押さえる。
「七瀬もさ、普段はあんなにトゲトゲした態度は取らないんだけどね。今日は忙しすぎて、余裕がなくなっちゃったのかも……」
普段は冷静な人をイラつかせたのだとしたら、俺はよっぽどだ。とろくて、役立たずだから、邪魔だと思われたのだろう。
はあ……。
深々とため息をつく。意気消沈する俺を見て、店長が拝むように両手を合わせた。
「小平くん、お願いだから初日でやめるとか言わないでね。ここだけの話、うちの店、今ギリギリな人員で回しているから。新しい人を採用するのも、結構大変だし」
新人バイトに、社員のぶっちゃけトークをされても困る。
とはいえ、店長も店長で大変なのだろう。二十代半ばに見えるけど、目の下にはファンデーションでは隠しきれないクマが刻まれていた。
「やめるつもりはありませんよ。次はちゃんと対応できるように頑張ります」
ちょっとだけ心が折れかけたけど、せっかく憧れの店で働けたんだ。初日でやめるような情けない真似はしたくない。
やめる意思はないと伝えると、店長はほっと胸を撫でおろした。
「ありがとう、小平くん! 大変なこともあると思うけど、これからよろしくね。期待しているから!」
店長から激励されたところで、この話し合いは終了した。
「それじゃあ、わたしはカウンターに戻るね。小平くんは、クローズ作業の手順を動画で確認しててもらえるかな?」
「わかりました」
タブレットを手渡されると、店長は忙しなくカウンターに戻っていった。
研修用の動画は、十五分ほどで終了した。バックヤードの外は、さっきよりも騒がしい。またお客さんが押し寄せて混みあっているのだろう。
カウンターでの修羅場を想像すると、一人で安全地帯にこもっているのが申し訳なくなった。
手伝いに行くべきか? 椅子から腰を浮かせたが、すぐに七瀬の冷ややかな眼差しを思い出す。
出しゃばっても、邪魔者扱いされるかもしれない。この場で待機しよう。
退屈しのぎに壁に掲示されている書類を眺めていると、ふと気になるものが目に留まる。
「なんだあれ?」
ピンク色の長方形のカード。そこには手書きでメッセージが書かれていた。
【ファミリーパックの注文が入ったとき、フォローしてくれてありがとう】
【こまめに資材を補充してくれて、いつも助かっています!】
スタッフが書いたものだろうか? まじまじと見入っていると、店長が戻ってきた。
「お待たせ! 動画は終わった? ……って、ああ、それ?」
「あ、すみません。勝手に読んで」
「いいの、いいの~。それはサンクスカードっていって、スタッフ同士で感謝の気持ちを伝えるものだよ。仕事を手伝ってもらったときとか、誰かがいい仕事をしたときに書くの」
「なるほど」
説明されて納得。そんな制度があるのか。
カードを眺めながら頷いていると、店長は「そうだ!」と声を弾ませる。
「七瀬に書いてあげれば? 喜ぶかもよ?」
七瀬と聞いて、ぞわりと寒気が走る。
「え……ウザがられませんか?」
「そんなことないでしょ。感謝されて嫌な気分になる人はいないって」
そうは言っても、七瀬が喜ぶ姿はあまり想像できない。
「まあ、書くかどうかは任せるけどね。ただ、二人はシフト被ることが多いから、仲良くなってほしいなぁとは思ってる。職場に苦手な人がいるって、きっついもんだよ~?」
「そう、ですよね……」
苦笑いを浮かべていると、カウンターから「店長ー」と呼ぶ声が響いた。
「七瀬だ。ちょっと行ってくるね。サンクスカードはキャビネットの一番上に入ってるから。気が向いたら書いてあげてね」
早口で説明すると、店長は慌ただしくカウンターに戻っていった。
感謝か。そういえば、七瀬に助けてもらったけど、お礼を言えなかったな。言う余裕すら与えてもらえなかった。
あんなことがあったから話しかけにくいけど、このままなにも言わなかったらモヤモヤが残りそうな気がした。
七瀬だって、俺に嫌がらせをしようとしていたわけじゃない。使い物にならなかったから、隅に避けただけだ。その方が効率的だから。
――怖いけど、悪いやつではない。多分。
大好きなアイスクリーム屋で出会った同じ学校の男子。これもなにかの縁だ。できることなら仲良くなりたかった。
さんざん悩んだすえ、俺はサンクスカードを手に取った。



