バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる

 十月になると、BonBonアイスクリームでハロウィンキャンペーンが始まった。

「パンプキンキャラメルのレギュラーコーンひとつ」
「ポイズンショコラのレギュラーカップをお願いしまーす」
「かしこまりました! 少々お待ちくださいませ」

 賑わう店内では、次々とオーダーが飛び交う。ショーケースには、ハロウィン限定のフレーバーが仲間入りしていた。
 カウンターに立つスタッフは、真っ赤な悪魔の角のカチューシャを付けて、ハロウィンムードを盛り上げている。最初にカチューシャを渡されたときは、げっ、と思ってしまったけど、今ではすっかり慣れていた。
 ひんやりとした冷気に包まれながら、手早くアイスをスクープする。ふたつとも既定のグラムぴったり。形も綺麗なまんまるだ。

「お待たせいたしました! パンプキンキャラメルとポイズンショコラです」

 笑顔で提供すると、二人組の女子もふわりと頬をゆるめた。

「美味しそー」
「ありがとうございまーす!」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」

 順調、順調。この調子で、どんどん捌いていこう。
 よしっと気合を入れていると、奥の調理スペースでサンデーを作っていた七瀬と目が合った。
 にやりと微笑みかけられる。やるじゃん。そう褒められているような気がして、モチベーションが上がっていった。
 サンデーを作り終えた七瀬は、カウンターから出て、小さなお客さんに差し出す。

「お待たせいたしました。ゆるかわオバケサンデーです」
「わああ! ゆるかわだぁ!」

 すっかり常連になったルイくんが、大きなおめめを輝かせる。その隣で、ルイくんママも「きゃ~!」とはしゃいでいた。

「可愛い~! ルイ、向こうで写真撮ろ!」

 ルイくんママが興奮気味に手を引く。二人でイートインスペースに向かって歩き出したが、ゆるかわに夢中だったルイくんは足元が疎かになった。

「あっ」

 こてっとつまずくと、ゆるかわサンデーが宙に浮く。その場にいた誰もが、息をのんだ。
 ゆるかわが、落ちる! 見るも無残になった姿を想像すると、目を覆いたくなった。
 もうダメだぁ、と諦めたとき、七瀬が長い手を伸ばしてサンデーをキャッチ。

「ギリセーフ。気をつけて持ってね」

 無事にゆるかわが救出されて、ルイくんにも笑顔が戻った。

「うん! ありがとう、ゆるかわのおにーさん!」
「ああ~! マジでありがとうございます~!」

 ルイくんママは、拝み倒すように両手をすり合わせる。一部始終を見ていた俺も、小さく拍手を送っていた。



 十四時に退勤ボタンを押すと、七瀬がうーんと伸びをする。

「日曜の昼とあって混みましたねー」
「だね。夏のキャンペーンもすごかったけど、ハロウィンも大盛況だー」

 この時期は、ハロウィン限定フレーバーに、ゆるかわコラボサンデーと人気商品がそろっている。その影響で、朝から長蛇の列ができていた。
 重くなった右腕を回していると、背後に回った七瀬に肩を揉まれる。

「そういえば、キョウさん的にはハロウィン限定フレーバーの中だと、どれが一推しなんですか?」
「あー、うん、どれも美味しいんだけど……。その件でひとつだけ、もの申したいことがある」
「なんすか? 急に」

 七瀬に半笑いで聞かれたところで、俺は深刻な表情を浮かべた。

「秋なのに芋のアイスがない。秋と言ったら芋だろう。どうなってるんだ?」

 ハロウィン限定アイスは、オシャレで映えるけど、芋好きとしてはサツマイモ味のアイスを期待していた。絶対美味しいのに……。

「バイトの分際でメニューにケチつけるんですか? ウケる」

 七瀬がくくっと肩を震わせながら笑う。なんとでも言えばいい。これはBonBonアイスクリームのいちファンからの要望だ。

「そんなに芋のアイスが食べたいなら、これから食べに行きます? 確か駅前のカフェで芋フェアをやっていたような」
「行く」

 食い気味に反応すると、またしても笑われた。

「相変わらず、アイスにかける情熱が半端ないですねー。いいですよ。行きましょう。早く着替えて」

 七瀬にぐいぐい背中を押されて更衣室に入ろうとしたとき、背後から視線を感じた。

「うんうん、今日も微笑ましいねぇ」
「やっぱりこの二人の絡みは、疲れに、効く」

 店長と清水さんだ。また、見られていたのか……。

「くぅ~! ナナキョウコンビが復活してくれて嬉しいよ~」
「店長、覗きはこれくらいにして、わたしらは戦場に戻りましょう」

 清水さんに背中を押されながら、カウンターに戻っていった。
 そんなお姉さま方のやりとりを見て、俺たちは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 一時はバイトをやめると言っていた七瀬も、俺との関係が修復されたことで続けることになった。これには店長も、大いに喜んでいた。
 今は夏よりもちょっとだけパワーアップして、二人で戦場(カウンター)を動き回っている。背中を預ける仲間、もとい隣を預ける仲間として。
 そんな俺たちも、アイスクリーム屋から一歩出れば、また異なる関係を築いていた。

「キョウさん、手ぇー」

 駅前の大通りを歩いていると、七瀬が手をブラブラさせる。

「はいはい」

 駄々っ子のように揺らす手を捕まえて、ぎゅっと握りしめた。

「あったけー」

 嬉しそうにゆるんだ横顔を、隣から見つめていた。
 秋風が吹くと、夏より深みを増した街路樹の葉が揺れる。もう少し冷え込めば真っ赤に色付くだろう。さらに季節が巡れば、葉が落ちた枝に雪が積もり、寒さが和らげば新緑が芽吹く。
 変わりゆく季節の中でも、この手の温もりだけはすぐ届く距離にあればいいと願っていた。