アイスクリーム屋から出たあと、俺は七瀬に電話をかけた。
出てくれないかもしれないと心配していたが、あっさりと繋がった。
『……なんすか? 俺、勉強してたんですけど』
「その割にはすぐ出たじゃん。集中できてなかったんじゃないの?」
『それは、まあ……。誰かさんに失恋したばかりなんで』
恨めし気な声が聞こえる。声のトーンからも、落ち込んでいることが伝わってきた。
「その件で話がある。今から会えない?」
『はあ? クレームなら受け付けませんよ?』
七瀬は不貞腐れたように拒む。顔を合わせたくない気持ちもわかるけど、ここで逃がしてやるつもりはなかった。
「とりあえず、出てきて」
『嫌ですよ。キョウさんに会ったら、俺、また暴走しそうだし』
「いいから」
『やだって』
頑なに拒む七瀬。そこで俺は、すぅっと大きく息を吸い込んだ。
「先輩命令だ」
沈黙が走る。まさかこの切り札を突き返す日が来るとは思わなかった。
『は? 先輩って俺じゃ……』
「残念だったね。俺は今、アイスクリーム屋にいない」
強引だけど、このやり方なら多分動く。
七瀬は上も下も関係なく振る舞っているけど、根っこの部分では先輩を敬う意識が染み付いている。だからこそ、俺以外の先輩にはそれなりに愛想よく振る舞っていたのだろう。
俺と七瀬は、バイト先での上下関係が逆になったことで、対等に付き合えていた。だけどバイトという繋がりを失えば、そうではなくなる。
「七瀬、この前キスした公園に集合」
運動部の怖い先輩のように、低い声で鋭く命令をする。電話の向こうで「ぐぅ」と唸っていた七瀬だったが、最終的にはものすごく不服そうな声が返ってきた。
『はぁい……』
一足先に公園に着いた俺は、ベンチに座って七瀬を待つ。
気持ちを落ち着かせるように深呼吸をしていると、不貞腐れた顔の七瀬が走ってきた。
「なんですか? 小平先輩」
取ってつけたように先輩呼びする。それで距離を取っているつもりなのか?
「とりあえず、座って」
ベンチの隣を叩くと、七瀬は渋々腰を下ろす。俺がなにか言い出すよりも先に、七瀬は口を開いた。
「怒ってますよね? せっかくバイト仲間としていい関係を築けていたのに、勝手に好きになって、キスして、告白までして。こんなのキョウさんの望んでいた関係じゃなかった」
早口で捲し立てる。余裕がないのが丸わかりだ。その背中も、カフェで謝られたときと同じように頼りなく丸まっていた。
「安心してください。昨日も言った通り、俺、消えるんで」
消えると聞いた瞬間、頭の中でカッと火花が散る。
七瀬が来る前までは、落ち着いて話をしようと思っていたけど、しょぼくれた姿で「消える」なんて言われたら我慢ならなかった。
「ホントにさぁ……。なんで勝手に……」
「キョウさん?」
異変を察した七瀬が顔を上げる。
大人げないのはわかっている。だけどやっぱり俺は、好きなものに対しては熱くなるタイプのようだ。
「お、俺はね、今、怒ってる!」
声を張り上げる俺を見て、七瀬は口を半開きにして固まる。
こんな風に、誰かに激しく憤りをぶつけたのは初めてだ。驚かせているのはわかるけど、止まれなかった。
「勝手にキスして、告白して、そのうえ勝手に消えようとして! ちょっと身勝手過ぎない? 俺の気持ちはどうなるんだよ?」
「だから、ごめんなさいって謝って」
「違う! 全然違う! 謝ってほしいわけじゃない!」
頭の中はぐちゃぐちゃだ。頬は燃え上がりそうに熱い。それでも、この言葉だけは伝えておきたかった。
「俺も、好きだから! 七瀬のこと! だから勝手に消えんなよ!」
恥ずかしくて、泣きそうだ。真っ赤な顔を隠すように、七瀬の肩口に額を埋めた。
もういっそ、跡形もなく溶けてしまいたい。だけど本当に溶けてしまったら、七瀬ともいられなくなる。やっぱり形は保っていたかった。完璧ではなかったとしても。
「……好きって、本当ですか?」
「うん」
「俺、キョウさんのこといじってばっかだったのに?」
「うん」
「ドMなんですか?」
「だから違うって言ってんだろ!」
ズッと鼻をすすりながら、七瀬の肩を叩く。
カッコ悪いのは承知だけど、もう逃げるつもりはない。肩口に埋めていた顔を上げて、真っすぐ七瀬の瞳を捉えた。
「俺は、気を遣うことなく素で接してくれる七瀬に救われた。ムカつくこともあったけど、隣で言い合いをしている時間が好きだったんだ」
出会ったときの印象は、正直最悪だった。だけど知れば知るほど形を変えて、しっくりくるようになった。
「上も下も関係なく、堂々と振る舞う姿にも憧れていたし、陽菜ちゃんたちに我慢させないようにバイトしていることもなんとなく察していた。そういうところも尊敬してる」
心の奥底で凍結させていた想いを差し出す。
受け取ってくれただろうか? 届いたなら、投げ返してほしい。
「七瀬は? 俺のどこを見て、好きになったの?」
大真面目に聞いてみると、七瀬は気まずそうに視線を逸らす。
「それ、本人の口から言わせるのは、なかなか酷ですよ?」
「逃げんなよ! ちゃんと言ってくれないと、わかんないから」
ずっと謎だった。なんで七瀬が、俺の隣にいてくれたのか。その理由がわかれば、もっと堂々と隣に並べそうな気がした。
こちらの熱量に根負けしたのか、七瀬は小さく息をつく。それからゆっくりと右腕を持ち上げて、俺の頬に触れた。
「柔くて脆そうだけど、案外強いところです。あと、結構大人なところも、ぐっときます」
その言葉で、ぶわっと体温が上昇する。
「そ、そっか……」
「自分から聞いたくせに、反応薄くないですか?」
「照れてるんだよ!」
強いも、大人も、俺には無縁の言葉だと思っていた。それを一番好きな人から言われたのだから、嬉しいに決まっている。
好きの理由がわかったからこそ、確かめておきたいことがあった。
「七瀬はさ、恋なんていずれ溶けて消えるって言っていたけど、今でもそう思ってる?」
じっと見つめた先で、七瀬の瞳が揺らぐ。
「俺のことも、いつか興味なくなるの?」
ここで渋るようなら、きっぱり諦めよう。バイトをやめるのも引き留めないし、学校でも話しかけない。柔くて脆い恋心なら、受け取りたくなかった。
「……その聞き方は、ズルいですね」
七瀬はゆっくりと目を伏せる。頬に添えていた手も、ずるりと力なく落ちていった。
やっぱりダメか。俺たちは、先輩後輩以上にはなれない。
そう諦めかけたとき、身体を引き寄せられて、力強く抱きしめられた。
「キョウさんへの想いだけは溶かしたくない。ずっと好きでいたいですよ」
触れ合った場所から伝わる熱が、想いの強さを物語っている。
そうか。七瀬も同じなのか。それなら俺も、前に進める。
「うん。俺も同じ気持ちだよ」
身体の中で渦巻く熱を知ってもらいたくて、背中に手を回す。ぴったり寄り添うと、互いの温度が同じだったことに気づいた。



