好きな人に告白された。
背中から伝わる体温は信じられないほど熱くて、あのまま二人でどろどろに溶けてしまうんじゃないかと思った。
それくらい夢のような時間で、心から幸せだと感じられた。
だけど、実際には溶けていない。七瀬もだ。だからこそ問題だった。
――好きな人に告白された。その先は?
家に辿り着いた俺は、混乱の渦の中にいた。
七瀬は腕を解いたあと、どこか晴れやかな表情で俺を見下ろした。
『ごめんなさい。キョウさんの気持ちを踏みにじるようなことして。俺、バイトやめます。もう二度と近づきません』
そう告げたあと、『あざしたっ!』と運動部のような挨拶を残して、その場から立ち去った。
試合……終了? わけがわからす、俺は歩道の隅っこで立ち尽くしていた。
混乱しながらも、どうにか家に辿り着いたわけだけど、頭の中はずっと七瀬で支配されていた。
「マル、俺はどうすればいい?」
我が物顔でベッドに居座るマルに問いかけてみる。返事はない。当然か。
こんなときに相談できる相手がいないのは、ぼっちの不便なところだ。
最近はぼっちではなくなったけど、紺野くんたちにはこんなディープな相談はできない。いつも一方的に恋愛相談をしてくる姉さんにも、できそうになかった。
――これは、一人で解決するしかなさそうだ。
俺が思うに、七瀬は玉砕覚悟で告白したんだと思う。俺にその気がないと思い込んでいたから、消えるという選択をしたのだろう。
だったら俺も、素直になればいい。七瀬が好き。そうメッセージを送れば、バイト仲間から恋人へと関係が変わるかもしれない。
そうはわかっていても、実行するにはためらいがあった。
『恋なんて、いずれはどろどろに溶けて消えるじゃないですか。俺はそんなものに執着するつもりないんで』
アイスを分けてあげた日、七瀬は冷え切った瞳でそう言った。それは誰とも付き合う気はないという意思表示だ。
今でもその気持ちが残っているなら、俺が想いを伝えたところで恋人にはしてもらえない。
「うぅ……恋愛って難しい……」
ベッドに額を押しつけながら、ゾンビのような呻き声を上げる。
恋愛慣れしている人からすれば、なにを悩んでいるんだと呆れられるかもしれないけど、俺には七瀬の言い分も理解できた。
今はお互い好きだったとしても、熱が冷めれば興味がなくなる。心が離れていったときに傷つくことを想像すると、簡単には距離を縮められずにいた。
いつか終わる幸せなんて、最初から欲しがらなければいい。そう思っていたじゃないか。今回だって欲しがるなよ。そうすれば無駄に傷つくこともないのだから。
結局その日は眠りに就くことができず、いつまでも七瀬のことを考えていた。
寝不足からの学校&バイトのコンボは、なかなかにつらいものがあった。
ぼーっとして頭が働かない。それでも大きなミスをすることなく、二十時には退勤ボタンを押すことができた。
「お疲れ様でした」
一緒にシフトに入っていた清水さんに挨拶をする。
今日は店長が休みだから、清水さんが店舗責任者としてクローズ作業を任せられていた。どうやら夏休み明けから、時間帯責任者に昇格したそうだ。
「お疲れ。先に着替えな。わたしはアイス買っていくから」
「珍しいですね。清水さんがアイス買うなんて」
「たまにはねー。自分の機嫌は自分で取らないと」
いつも落ち着いている清水さんは、きっとメンタルが安定しているのだろう。俺みたいに、些細なことでテンパったり悩んだりすることもなさそうだ。羨ましいなぁと思いながら、更衣室に入った。
着替えを済ませると、ギィとパイプ椅子が軋む音が響く。アイスを選んでいた清水さんが、バックヤードに戻ってきたようだ。
更衣室から出ようとしたところで、カーテンの向こうで影が揺れた。
「七瀬と喧嘩でもした?」
カーテンを開けようとした手が止まる。もしかして清水さんの耳にも、七瀬がやめるという話が入ったのか?
「喧嘩ってわけでも……。すみません。職場の人間関係、ギクシャクさせて」
「それは別にいい。人間が働いてるんだもん。喧嘩だってするし、ギクシャクもするよ。恋だってね」
付け足すように言われた、恋。その一言で、カァッと顔面に熱が集中した。
「恋って……なんでそんな……」
あからさまに動揺していると、ふっと笑い声が聞こえてくる。
「見てればわかるよ。七瀬が小平くんのことを好きなことくらい」
そこまで見抜いていたのか……。清水さんは、いつから気づいていたんだ?
驚きすぎて固まっていると、清水さんは淡々と言葉を続けた。
「七瀬って、わたしらの前では自我を出さなくて冷静に振る舞っているけど、小平くんの前では超子どもじゃん。からかったり、ワガママ言ったり」
「それは……単純に俺が下に見られているせいかと……」
「まあ、そういうところもあるかもしれないけど、それだけじゃないと思う。多分、小平くんになら、素の自分を受け入れてもらえると思ってるんじゃないかな?」
一瞬、七瀬から信頼されているんだとのぼせ上りそうになったが、すぐに切なさが押し寄せてくる。七瀬が外でワガママを言わない理由には、心当たりがあったからだ。
「小平くんが七瀬の気持ちを受け入れられないなら、バイトをやめるのも仕方がないと思う。傍にいても、つらいだけだからね。でも、そうじゃないなら、引き留めた方がいいんじゃない?」
直球で飛んできた言葉で、この人には全部見透かされていたんだと察した。
こんな話を、バイト先の先輩にしていいのかはわからない。だけど、他に相談できる相手もいないんだ。清水さんだったら、誰かに言いふらしたりせず、冷静に話を聞いてくれそうな気がした。
「俺も、七瀬のことは特別だと思っています。七瀬からの想いを受け入れて、堂々と隣にいられたらって思っているんですけど……」
反応を窺うように話を中断すると、「続けて」と促される。
顔が見えなくてよかった。カーテン越しなら、情けない姿顔を見せることもない。これなら誤魔化すことなく話せそうだ。
「バイト仲間としては上手くいっていたとしても、恋愛となれば話が変わってくると思うんです。恋愛の繋がりなんて、いつか終わりが来ます。ましてや俺たちは男同士で……」
沈黙が流れる。やっぱりバイト先の先輩にするには、ディープな相談だったか?
「ごめんなさい。こんな話して」
「いいよ。わかるから。近づき過ぎたら関係壊れるかもって思う気持ち。わたしも無理めの恋してるから」
「清水さんも?」
それは、ちょっと意外だった。清水さんは、恋愛で熱くならないタイプだと思っていたから。
「わたしのことはさておき、二人は両想いじゃん。だったらその熱のまま、くっつけばよくない? 付き合ったあとのことは、それから考えればいい」
それは、確かにそうだけど……。臆病な俺は、簡単には踏み切れなかった。
返事ができずにいると、清水さんはふぅっと深く息を吐く。
「ずっと隣にいたいって思える人って、人生でそうそう現れないよ」
その言葉は、揺らいでいた心に染み渡った。
隣にいて居心地がいいと思えたのは、七瀬が初めてだ。十七年間生きてきて、たった一人。この先も同じような人は、そうそう現れないような気がした。
離れたくない。ずっと隣にいたい。この先も七瀬と一緒に――。
本当に欲しかったものに気付いたところで、俺はカーテンを開けた。
「ありがとうございます。もう一度、歩み寄る決心がつきました」
スプーンを咥えていた清水さんは、穏やかに微笑んで頷いた。
背中から伝わる体温は信じられないほど熱くて、あのまま二人でどろどろに溶けてしまうんじゃないかと思った。
それくらい夢のような時間で、心から幸せだと感じられた。
だけど、実際には溶けていない。七瀬もだ。だからこそ問題だった。
――好きな人に告白された。その先は?
家に辿り着いた俺は、混乱の渦の中にいた。
七瀬は腕を解いたあと、どこか晴れやかな表情で俺を見下ろした。
『ごめんなさい。キョウさんの気持ちを踏みにじるようなことして。俺、バイトやめます。もう二度と近づきません』
そう告げたあと、『あざしたっ!』と運動部のような挨拶を残して、その場から立ち去った。
試合……終了? わけがわからす、俺は歩道の隅っこで立ち尽くしていた。
混乱しながらも、どうにか家に辿り着いたわけだけど、頭の中はずっと七瀬で支配されていた。
「マル、俺はどうすればいい?」
我が物顔でベッドに居座るマルに問いかけてみる。返事はない。当然か。
こんなときに相談できる相手がいないのは、ぼっちの不便なところだ。
最近はぼっちではなくなったけど、紺野くんたちにはこんなディープな相談はできない。いつも一方的に恋愛相談をしてくる姉さんにも、できそうになかった。
――これは、一人で解決するしかなさそうだ。
俺が思うに、七瀬は玉砕覚悟で告白したんだと思う。俺にその気がないと思い込んでいたから、消えるという選択をしたのだろう。
だったら俺も、素直になればいい。七瀬が好き。そうメッセージを送れば、バイト仲間から恋人へと関係が変わるかもしれない。
そうはわかっていても、実行するにはためらいがあった。
『恋なんて、いずれはどろどろに溶けて消えるじゃないですか。俺はそんなものに執着するつもりないんで』
アイスを分けてあげた日、七瀬は冷え切った瞳でそう言った。それは誰とも付き合う気はないという意思表示だ。
今でもその気持ちが残っているなら、俺が想いを伝えたところで恋人にはしてもらえない。
「うぅ……恋愛って難しい……」
ベッドに額を押しつけながら、ゾンビのような呻き声を上げる。
恋愛慣れしている人からすれば、なにを悩んでいるんだと呆れられるかもしれないけど、俺には七瀬の言い分も理解できた。
今はお互い好きだったとしても、熱が冷めれば興味がなくなる。心が離れていったときに傷つくことを想像すると、簡単には距離を縮められずにいた。
いつか終わる幸せなんて、最初から欲しがらなければいい。そう思っていたじゃないか。今回だって欲しがるなよ。そうすれば無駄に傷つくこともないのだから。
結局その日は眠りに就くことができず、いつまでも七瀬のことを考えていた。
寝不足からの学校&バイトのコンボは、なかなかにつらいものがあった。
ぼーっとして頭が働かない。それでも大きなミスをすることなく、二十時には退勤ボタンを押すことができた。
「お疲れ様でした」
一緒にシフトに入っていた清水さんに挨拶をする。
今日は店長が休みだから、清水さんが店舗責任者としてクローズ作業を任せられていた。どうやら夏休み明けから、時間帯責任者に昇格したそうだ。
「お疲れ。先に着替えな。わたしはアイス買っていくから」
「珍しいですね。清水さんがアイス買うなんて」
「たまにはねー。自分の機嫌は自分で取らないと」
いつも落ち着いている清水さんは、きっとメンタルが安定しているのだろう。俺みたいに、些細なことでテンパったり悩んだりすることもなさそうだ。羨ましいなぁと思いながら、更衣室に入った。
着替えを済ませると、ギィとパイプ椅子が軋む音が響く。アイスを選んでいた清水さんが、バックヤードに戻ってきたようだ。
更衣室から出ようとしたところで、カーテンの向こうで影が揺れた。
「七瀬と喧嘩でもした?」
カーテンを開けようとした手が止まる。もしかして清水さんの耳にも、七瀬がやめるという話が入ったのか?
「喧嘩ってわけでも……。すみません。職場の人間関係、ギクシャクさせて」
「それは別にいい。人間が働いてるんだもん。喧嘩だってするし、ギクシャクもするよ。恋だってね」
付け足すように言われた、恋。その一言で、カァッと顔面に熱が集中した。
「恋って……なんでそんな……」
あからさまに動揺していると、ふっと笑い声が聞こえてくる。
「見てればわかるよ。七瀬が小平くんのことを好きなことくらい」
そこまで見抜いていたのか……。清水さんは、いつから気づいていたんだ?
驚きすぎて固まっていると、清水さんは淡々と言葉を続けた。
「七瀬って、わたしらの前では自我を出さなくて冷静に振る舞っているけど、小平くんの前では超子どもじゃん。からかったり、ワガママ言ったり」
「それは……単純に俺が下に見られているせいかと……」
「まあ、そういうところもあるかもしれないけど、それだけじゃないと思う。多分、小平くんになら、素の自分を受け入れてもらえると思ってるんじゃないかな?」
一瞬、七瀬から信頼されているんだとのぼせ上りそうになったが、すぐに切なさが押し寄せてくる。七瀬が外でワガママを言わない理由には、心当たりがあったからだ。
「小平くんが七瀬の気持ちを受け入れられないなら、バイトをやめるのも仕方がないと思う。傍にいても、つらいだけだからね。でも、そうじゃないなら、引き留めた方がいいんじゃない?」
直球で飛んできた言葉で、この人には全部見透かされていたんだと察した。
こんな話を、バイト先の先輩にしていいのかはわからない。だけど、他に相談できる相手もいないんだ。清水さんだったら、誰かに言いふらしたりせず、冷静に話を聞いてくれそうな気がした。
「俺も、七瀬のことは特別だと思っています。七瀬からの想いを受け入れて、堂々と隣にいられたらって思っているんですけど……」
反応を窺うように話を中断すると、「続けて」と促される。
顔が見えなくてよかった。カーテン越しなら、情けない姿顔を見せることもない。これなら誤魔化すことなく話せそうだ。
「バイト仲間としては上手くいっていたとしても、恋愛となれば話が変わってくると思うんです。恋愛の繋がりなんて、いつか終わりが来ます。ましてや俺たちは男同士で……」
沈黙が流れる。やっぱりバイト先の先輩にするには、ディープな相談だったか?
「ごめんなさい。こんな話して」
「いいよ。わかるから。近づき過ぎたら関係壊れるかもって思う気持ち。わたしも無理めの恋してるから」
「清水さんも?」
それは、ちょっと意外だった。清水さんは、恋愛で熱くならないタイプだと思っていたから。
「わたしのことはさておき、二人は両想いじゃん。だったらその熱のまま、くっつけばよくない? 付き合ったあとのことは、それから考えればいい」
それは、確かにそうだけど……。臆病な俺は、簡単には踏み切れなかった。
返事ができずにいると、清水さんはふぅっと深く息を吐く。
「ずっと隣にいたいって思える人って、人生でそうそう現れないよ」
その言葉は、揺らいでいた心に染み渡った。
隣にいて居心地がいいと思えたのは、七瀬が初めてだ。十七年間生きてきて、たった一人。この先も同じような人は、そうそう現れないような気がした。
離れたくない。ずっと隣にいたい。この先も七瀬と一緒に――。
本当に欲しかったものに気付いたところで、俺はカーテンを開けた。
「ありがとうございます。もう一度、歩み寄る決心がつきました」
スプーンを咥えていた清水さんは、穏やかに微笑んで頷いた。



