バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる



 次にシフトが入っていたのは、一週間後だった。
 期間が空いたのは救いだ。七瀬ともシフトが被っていない。
 落ち着け、落ち着け、と頭の中で何度も唱えながら、どうにか仕事モードへ切り替えた。
 バックヤードに入ると、店長に神妙な顔で迎えられる。

「小平くん、お疲れ……」
「お疲れ様です。どうしたんですか? また誰か休みになりました?」
「ううん、今日は平気だと思う。わたしと小平くんと鹿野ちゃんの三人」
「そうですか」

 何事もなかったようで一安心。平日の夕方だし、今日はそこまで混雑しないだろう。
 スニーカーを脱いで更衣室に入ろうとしたとき、店長から「あのさ」と遠慮がちに声をかけられた。

「昨日、七瀬から相談があったんだけど、バイトやめようと思ってるんだって」

 がつんと頭を殴られたような衝撃が走る。七瀬がバイトをやめる。そんなのは、想像すらしていなかった。
 七瀬とは、あのキス以来、顔を合わせていない。連絡も取っていなかった。どんな風に接していいか、わからなかったからだ。

「まだ正式にやめると決まったわけじゃないんだけどね。次のバイトが決まるまでは続けたいって、本人も言っていたし」
「そう、ですか……」

 声が震えている。心臓もドッドッと忙しなく動いていた。

「小平くん、なにか理由聞いてる? ほら、わたしからいろいろ聞くとアレじゃん……。やめハラとか言われちゃうかもだし……」

 店長も、七瀬がやめることに戸惑っているようだ。当然か。バイトとはいえ、あんなに優秀だったから。
 だけど立場的に強く引き留めることも、詳しく理由を聞くこともできないのだろう。そうした事情は伝わってきたけど、店長に納得してもらえるような理由は伝えられなかった。

「すみません。俺も今初めて聞いたので、理由とかは全然……」
「そっか……」

 重苦しい空気が流れる。早く着替えないといけないのに、俺の足は縫い付けられたように動かなかった。

「寂しいね」

 沈んだ声が聞こえてきて、振り返る。店長はマズイっと言いたげな顔をしたあとに、慌てて笑顔を取り繕った。

「あははー。バイトの子がやめちゃうのは、仕方ないことだってわかってるけどね。うちは学生バイトも多いし。わたしだって新卒で入社して、最初の配属がここだっただけで、二、三年したら別の店舗に異動になるだろうし」

 異動になる可能性があるのは初めて聞いた。そうか。店長だって、ずっとこの店にいられるわけじゃないのか。

「同じ場所で、同じ仲間とずっと働くことはできない。それはわかっているけどさ、せっかくいい感じに出来上がったチームが、少しずつ崩れていくのは寂しいよね」

 店長は口元では笑顔を保っているけど、伏せた目元からは切なさが滲んでいた。
 七瀬は、本当にバイトをやめるつもりなのか? そうなったら、今までみたいに顔を合わせることもなくなる。それは、ものすごく寂しい。
 店長にバレないように、こっそりため息をつく。その直後、バックヤードの扉がバンッと豪快に開いた。

「店長、聞いて~! 好きピがさぁ~」

 ハイテンションで入ってきたのは、高校生バイトの鹿野さんだ。
 俺と同い年で、ときどきシフトが被るけど、ノリが合わなくてあまり絡むことはなかった。ちなみに好きな人がいるらしく、七瀬のこともアウトオブ眼中だ。

「よっす、こだっち! 先着替えていいよー。うち、店長と話してるから」
「あ、ありがとうございます」

 へこっと頭を下げる。俺の方が先に来たけど、譲られたみたいな感じになっているのは謎だ……。
 鹿野さんがやって来たことで、しんみりした空気がかき消された。
 カーテンの向こう側で繰り広げられるガールズトークを聞かないようにしながら、アイスクリーム屋の制服に着替える。バイト中も、七瀬のことが何度も脳裏を過った。

 七瀬とは、距離感さえ間違えなければ、ずっと仲良くしていられると思っていた。だけど違った。俺たちはただのバイト仲間で、どちらかがやめてしまえば共有の話題がなくなる。学校でも話しづらくなるだろう。
 強固だと思っていた繋がりが、案外脆いものだと知って切なくなった。

 七瀬は、なんでキスをしたんだろう? その理由を聞かないまま疎遠になったら、ずっとモヤモヤが残りそうな気がした。

 ――このままなにもしなければ、七瀬との関係は自然消滅する。それならいっそ、真正面からぶつかっても……。

 七瀬への想いは、心の奥底で凍結させておくつもりだった。だけどここまで歪になってしまったら、きちんと向き合わなければ収まりが付かなかった。