放課後。紺野くんと木田くんが、BonBonアイスクリームに寄ってくれることになった。
今日はシフトに入っていないけど、案内役として俺も同行する。
「九月はマロンクリームがおすすめかな。冷たい栗きんとんを食べてるみたいで結構美味しいよ」
「小平くんはもう食べたん?」
「うん。スタッフは新作アイスを一足先に試食できるから」
「それ、超羨ましいわー」
ゆるゆると会話をしながら正門まで向かっていると、七瀬の姿を見つける。七瀬は正門に寄りかかりながら、スマホをいじっていた。
近づくと、向こうも俺の存在に気づく。いつものように人懐っこい笑みを浮かべるでも、にやりと笑うでもなく、じっとこちらを見つめていた。
「七瀬じゃん」
紺野くんが七瀬を指さす。その隣で木田くんが、遠慮がちに俺の顔色を窺っていた。
「小平くんのこと待ってるんじゃない?」
「え? そうかな?」
「だってこっちガン見してるし。俺らは二人でアイス屋行くから、小平くんは七瀬のとこ行ってあげたら?」
「でも……」
「無視したら、余計に拗れると思うけど?」
木田くんの言うことには一理ある。今日はアイスよりも七瀬を優先させよう。
「ごめん。約束してたのに」
「別にいいって。じゃあなー」
紺野くんに手を振られながら、俺は七瀬のもとへ走った。
「そんなところに突っ立って、なにしてんの?」
声をかけると、七瀬はスマホをポケットにしまう。遠目から見たときは機嫌が悪いのかと思っていたけど、目の前までくればそうではないことに気づく。落ち込んでいるんだ。
「……キョウさんと仲直りしたくて、待ってました」
カフェで謝られたときと同じように、背中を丸めている。そんな姿を見せられれば、それ以上怒る気にはなれなかった。
「帰ろうか。今日バイトは?」
「ないです」
「じゃあ、ちょっとだけ寄り道していこう」
そう提案すると、七瀬は無言で頷いた。
通学路から一本外れると、知らない町に迷い込んだような気分になる。住宅街に佇む古い喫茶店も、石階段の先にある朱色の鳥居も初めて見た。
知らない景色を見るたびに、自分がいかに狭い世界で生きてきたか思い知らされる。俺は、安全な道を行ったり来たりしていただけだ。
「どっか店入る? 喫茶店あったけど」
「いっす。キョウさんが腹減ったなら入ってもいいけど」
「俺もさっきお菓子もらったから、腹減ってない」
そう答えると、七瀬はまたしても無言になった。
なんだか、まだぎこちないな……。重苦しい空気を吐き出すようにため息をつくと、七瀬が遠慮がちに俺の顔を見る。
「あの、さっきはすみませんでした。先輩たちの会話に割って入って。失礼でしたよね?」
七瀬が本題を切り出してくれたおかげで、俺もようやく触れることができた。
「もういいよ。みんな気にしてなかったみたいだし。それに俺、クラスでいじめられているわけじゃないから」
「ホントですか?」
「ホントだって。愛のあるいじりといじめの違いはわかってるつもりだし」
前を向きながら伝えると、七瀬は「愛……」と呟く。それから、ふっと気が抜けたように笑った。
「そうですね。俺のは愛があります。愛を持って、キョウさんをいじってます」
愛、愛、と連呼されると、胸の奥がむず痒くなる。
「……いじるなよな、先輩をさぁ」
ジトッと隣を睨みつけると、七瀬はにやりといたずらっぽく笑った。
「だってキョウさん好きじゃん。俺にいじられんの」
「人をドMみたいに言うな!」
どんっドンッと肩をぶつけると、七瀬はケラケラと笑い出した。
だんだんと、いつもの調子に戻ってきた。このままキスの話も、なかったことになればいい。
それからもあてもなく歩いていると、広いグラウンドがある公園が見えてくる。ベンチの傍には、アイスクリームの自販機があった。
「七瀬、アイス食べよう」
自販機を指さすと、七瀬は眉を下げて笑う。
「ホント、好きですよね」
俺たちは吸い寄せられるように、公園に入った。
――ガタン。
俺はソーダアイス、七瀬はチョコレートアイスを買う。それからベンチに並んで腰掛けた。
ペリペリとフィルムを剥がしていると、七瀬がちらりと視線を投げてくる。
「つーか、ぼっちじゃなくなったんですね。夏休み前までは、いつも一人でいたのに」
フィルムを剥がす手が止まる。学校でぼっちだったのは、七瀬にも知られていたのか……。決まりの悪さを感じつつも、頷く。
「前までは人と話すのが苦手だったけど、バイトを始めてからマシになった」
「へえ、それはよかったですね」
七瀬はチョコレートアイスをかじりながら相槌を打つ。よかったと言っているわりには、あまり嬉しそうには見えない。
まあ、俺の学校での立ち位置なんて、七瀬は興味ないか。
「七瀬にも感謝してるよ。俺が普通に話せるようになったのは、七瀬と言い合いをするようになってからだし」
一応、礼を言っておく。こっちを見られる前に、微笑みかけた。
「俺が変われたのは、七瀬のおかげ。ありがとう。お礼をしないとね」
多分、これはガチデレスマイル。七瀬に見られる前にさっさと引っ込めようと思ったけど、タイミングが遅れて見られてしまった。
七瀬はアイスを持ったまま固まる。しばらく凝視されたあと、ゆっくりと視線を落とした。
「……お礼って?」
「具体的になにとは考えてないけど……。あ、そのアイス奢ろうか?」
「安っ、俺の頑張りは二〇〇円ですか?」
ふっと失笑される。確かにアイス一本では割に合わないか。
「じゃあ、欲しいものある?」
七瀬は顔を上げる。瞳の中には、アイスを持った俺が映っていた。
返事答えを待っていると、七瀬はベンチから少し腰を浮かせる。
「いいですよ。勝手にもらうんで」
隙間を埋めるように詰めてくると、七瀬は俺の後頭部に手を添える。視界が七瀬でいっぱいになった直後、冷たくて柔らかい感触が伝わった。
――え? 俺、七瀬にキスされている?
手元からアイスが零れ落ちる。軽く触れ合った唇は、一秒後には何事もなかったかのように離れていった。
理解が追いつかずに放心していると、七瀬はベンチから立ち上がる。
「ばいばい。キョウさん」
そのまま振り返ることなく、七瀬は公園から立ち去った。
追いかけることも、声をかけることもできない。七瀬がどんな顔をしていたのか、見る余裕すらなかった。
初めてだった。キスをするのなんて。それなのにあいつは、アイスを一口もらうかのような軽いノリで奪っていった。
冷たかった唇は次第に熱を帯び、全身へと伝染させていく。
七瀬は恋をしない。だから俺のことなんて好きにならない。そう思い込んでいたけど、これは勘違いでは済ませられない。
――七瀬のそれは、恋ではないの? 俺はもう、ただの先輩後輩とは思えないよ。



