バイトずくめだった夏休みが終わり、二学期が始まった。
一学期は誰にも気づかれないようにこっそり教室に入っていたけど、今日からはやめようと決めていた。
「お、おはよ」
廊下側の四番目の席に着くと、前の席で友達とお喋りをしていた紺野くんが振り返る。
「よっ、小平くん! 久しぶり! 元気だった?」
夏休み前よりも日に焼けた紺野くんは、にっと八重歯を見せながら微笑む。その挨拶に、今日は余裕を持って対応できた。
「うん。元気だったよ。夏休み中は、ずっとバイトしてたし」
「駅前のBonBon? 前に行ったとき、おすすめ教えてくれてありがとう」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。九月も新フレーバー出たから、ぜひ食べにきてね」
「マジか! 今日部活ないし、行こうかな」
スムーズに会話のキャッチボールができている。これもバイトの成果かもしれない。
クラスメイトの紺野くんと木田くんは、夏休み中に一度だけバイト先に遊びに来てくれた。そのときに話していたから、教室でも緊張することなく話しかけられた。
テンパり癖も少しずつ改善している。自分の変化に気づけて嬉しくなった。
HRが終わると、始業式のために体育館に移動する。いつもなら一人で移動していたけど、今日は紺野くんのグループに混ぜてもらっていた。
「時間平気? ちょっと急ぐ?」
五人で渡り廊下を歩いていると、木田くんが時間を気にし始める。俺はポケットからスマホを取り出した。
「あと五分あるから大丈夫だと思う」
そう知らせたところで、グループの一人が俺のスマホを指さした。
「それ、ゆるかわ? 小平くん、ゆるかわ好きなん?」
「あ、うん。夏休みに映画を観て、好きになった」
スマホカバーに貼ったステッカーを見せると、「マジか!?」と驚かれた。
「あれ、子ども向け映画じゃん。映画館で観るのは勇者だわ」
「う、うん。周りは子どもばっかりだったけど……」
そこまで話したところで、四人から注目されていることに気づく。テンパりそうになったけど、落ち着け、落ち着け、と心の中で唱えた。
「友達と一緒だったから、あんまり気にならなかった。すごくよかったよ。最後は泣けたし」
ちゃんと返せたか? ドキドキしながらみんなの反応を窺うと、紺野くんがにかっと笑う。
「へぇ、サブスクに落ちてきたら観てみよっかな」
その反応を見て、ほっと胸を撫でおろす。
大丈夫。ボールはちゃんと投げ返せたようだ。
「そのステッカー、俺にもよく見せて」
「う、うん……」
紺野くんがスマホに手を伸ばす。一瞬、渡すのをためらってしまったが、拒むのも失礼だ。うるっとしたゆるかわの瞳を見守りながら、スマホを差し出した。
その直後、パッと誰かにスマホを奪われる。その手は俺のものでも、紺野くんのものでもない。七瀬のだ。
顔を見た瞬間、胸の奥がざわつく。七瀬と会うのは花火大会以来だから、身構えてしまった。
スマホを高く掲げた七瀬は、冷ややかなオーラで紺野くんを見下ろす。しばらく沈黙が続いたあと、七瀬が口を開いた。
「先輩、やめてくれませんか? その人いじっていいの、俺だけなんです」
普段よりワントーン低い声が響く。一瞬で場が凍り付いた。
なに言ってんだよ? よりにもよって、仲良くなりかけたクラスメイト相手に……。
一年がキレ気味に乱入したことで、紺野くんたちはポカンと口を開けている。俺はその場を取りなすように、七瀬の腕を掴んだ。
「ご、ごめん! こいつちょっと距離感おかしくて……。いったん二人で話したいから、先に体育館行ってて」
笑顔を浮かべながらフォローすると、凍り付いていた空気が若干和らぐ。
「あ、うん、そういうことなら、先行っとくわー」
「うん、ごめんね。あとで合流するから……」
笑顔を取り繕ったまま、四人を見送る。紺野くんはあまり気にしてなさそうだったけど、他の二人は「こっわ」と肩を竦めながら笑っていた。木田くんは心配そうにチラチラと振り返っている。
せっかくみんなと仲良くなれそうだったのに、七瀬が入ってきたせいで変な空気になった。動揺は、次第に憤りへと変わっていく。
「なんであんなこと言ったんだよ? 感じ悪すぎだろ!」
強く責めると、七瀬は悪びれる様子もなく視線を逸らす。
「ゆるかわを取られて、いじめられてるかと思ったんです」
「いじめられてないから! ただステッカーを見せようとしただけ!」
「あっそ」
七瀬は依然として不機嫌そうにそっぽを向いていた。
なんなんだよ、本当に……。あんな風に会話に割って入ってきたら、空気が悪くなることくらいわかるだろう?
「せっかく仲良くなれそうだったんだから、邪魔すんなよ」
憤りをぶつけるように肩を小突く。七瀬はビクともしなかった。
気まずい空気が流れる中、俺はスマホを奪い返して、体育館へ走った。
幸い紺野くんたちは、七瀬の失礼な態度を気に留めていないようだった。体育館で合流すると、別の話題で盛り上がっていた。
ひとまずは、関係が崩れなくてよかった。
一学期は誰にも気づかれないようにこっそり教室に入っていたけど、今日からはやめようと決めていた。
「お、おはよ」
廊下側の四番目の席に着くと、前の席で友達とお喋りをしていた紺野くんが振り返る。
「よっ、小平くん! 久しぶり! 元気だった?」
夏休み前よりも日に焼けた紺野くんは、にっと八重歯を見せながら微笑む。その挨拶に、今日は余裕を持って対応できた。
「うん。元気だったよ。夏休み中は、ずっとバイトしてたし」
「駅前のBonBon? 前に行ったとき、おすすめ教えてくれてありがとう」
「こちらこそ、来てくれてありがとう。九月も新フレーバー出たから、ぜひ食べにきてね」
「マジか! 今日部活ないし、行こうかな」
スムーズに会話のキャッチボールができている。これもバイトの成果かもしれない。
クラスメイトの紺野くんと木田くんは、夏休み中に一度だけバイト先に遊びに来てくれた。そのときに話していたから、教室でも緊張することなく話しかけられた。
テンパり癖も少しずつ改善している。自分の変化に気づけて嬉しくなった。
HRが終わると、始業式のために体育館に移動する。いつもなら一人で移動していたけど、今日は紺野くんのグループに混ぜてもらっていた。
「時間平気? ちょっと急ぐ?」
五人で渡り廊下を歩いていると、木田くんが時間を気にし始める。俺はポケットからスマホを取り出した。
「あと五分あるから大丈夫だと思う」
そう知らせたところで、グループの一人が俺のスマホを指さした。
「それ、ゆるかわ? 小平くん、ゆるかわ好きなん?」
「あ、うん。夏休みに映画を観て、好きになった」
スマホカバーに貼ったステッカーを見せると、「マジか!?」と驚かれた。
「あれ、子ども向け映画じゃん。映画館で観るのは勇者だわ」
「う、うん。周りは子どもばっかりだったけど……」
そこまで話したところで、四人から注目されていることに気づく。テンパりそうになったけど、落ち着け、落ち着け、と心の中で唱えた。
「友達と一緒だったから、あんまり気にならなかった。すごくよかったよ。最後は泣けたし」
ちゃんと返せたか? ドキドキしながらみんなの反応を窺うと、紺野くんがにかっと笑う。
「へぇ、サブスクに落ちてきたら観てみよっかな」
その反応を見て、ほっと胸を撫でおろす。
大丈夫。ボールはちゃんと投げ返せたようだ。
「そのステッカー、俺にもよく見せて」
「う、うん……」
紺野くんがスマホに手を伸ばす。一瞬、渡すのをためらってしまったが、拒むのも失礼だ。うるっとしたゆるかわの瞳を見守りながら、スマホを差し出した。
その直後、パッと誰かにスマホを奪われる。その手は俺のものでも、紺野くんのものでもない。七瀬のだ。
顔を見た瞬間、胸の奥がざわつく。七瀬と会うのは花火大会以来だから、身構えてしまった。
スマホを高く掲げた七瀬は、冷ややかなオーラで紺野くんを見下ろす。しばらく沈黙が続いたあと、七瀬が口を開いた。
「先輩、やめてくれませんか? その人いじっていいの、俺だけなんです」
普段よりワントーン低い声が響く。一瞬で場が凍り付いた。
なに言ってんだよ? よりにもよって、仲良くなりかけたクラスメイト相手に……。
一年がキレ気味に乱入したことで、紺野くんたちはポカンと口を開けている。俺はその場を取りなすように、七瀬の腕を掴んだ。
「ご、ごめん! こいつちょっと距離感おかしくて……。いったん二人で話したいから、先に体育館行ってて」
笑顔を浮かべながらフォローすると、凍り付いていた空気が若干和らぐ。
「あ、うん、そういうことなら、先行っとくわー」
「うん、ごめんね。あとで合流するから……」
笑顔を取り繕ったまま、四人を見送る。紺野くんはあまり気にしてなさそうだったけど、他の二人は「こっわ」と肩を竦めながら笑っていた。木田くんは心配そうにチラチラと振り返っている。
せっかくみんなと仲良くなれそうだったのに、七瀬が入ってきたせいで変な空気になった。動揺は、次第に憤りへと変わっていく。
「なんであんなこと言ったんだよ? 感じ悪すぎだろ!」
強く責めると、七瀬は悪びれる様子もなく視線を逸らす。
「ゆるかわを取られて、いじめられてるかと思ったんです」
「いじめられてないから! ただステッカーを見せようとしただけ!」
「あっそ」
七瀬は依然として不機嫌そうにそっぽを向いていた。
なんなんだよ、本当に……。あんな風に会話に割って入ってきたら、空気が悪くなることくらいわかるだろう?
「せっかく仲良くなれそうだったんだから、邪魔すんなよ」
憤りをぶつけるように肩を小突く。七瀬はビクともしなかった。
気まずい空気が流れる中、俺はスマホを奪い返して、体育館へ走った。
幸い紺野くんたちは、七瀬の失礼な態度を気に留めていないようだった。体育館で合流すると、別の話題で盛り上がっていた。
ひとまずは、関係が崩れなくてよかった。



