バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる



 二年女子を撒いたあとは、かき氷の屋台に並んだ。店先に並んだカラフルなシロップを見ているだけで胸が躍る。

「シロップかけ放題だって。なににする?」
「ブルーハワイですかね」
「一種類でいいの?」
「はい。何種類もかけたら、溶けたときにカップの底で味がめちゃくちゃになりそうじゃないですか」

 溶けたときのことまでは、想定していなかった。だけど七瀬の言うことには一理ある。

「イチゴとレモンとコーラをかけようと思っていたけど、イチゴだけにしておこうかな」
「他の味が食べたくなったら、俺のブルーハワイを分けてあげますよ」
「潔癖症はどうした?」
「キョウさんとだったら、まあ、許容範囲です」

 どういう基準なんだ? 男同士だったら、アリってことなのか?
 眉を顰めながら考え込んでいると、順番が回ってきた。

「はい。お待たせー。シロップはご自由にどうぞー」

 屋台のオジサンからこんもりと盛られた氷の山を渡される。真っ白な氷に、イチゴシロップをかけ始めた。

「キョウさんかけ過ぎー」
「かけ放題なんだから、たくさんかけた方がお得じゃん」
「そうだけどさー」

 半笑いする七瀬に見守られながら、シロップをかけていく。カップの底まで染み渡るように、たっぷりと。
 食料調達を終えると、花火がよく見えるスポットに向かう。
 ベストポジションは花火が打ち上げる河川敷だけど、大混雑が予想される。人混みが苦手な俺たちは、穴場スポットを目指すことにした。

「この坂の中腹からだと、花火がよく見えるらしいよ」

 坂を上りながら知らせると、七瀬が「へぇ」と頷く。

「調べてくれたんですか? 俺のために」
「自分のためでもあるから。SNSで『#藤ヶ丘花火大会』で調べたら去年の花火大会で撮ったいい感じの写真が出てきたんだよね。それで思い切って『どこから撮ったんですか?』ってコメントしたら教えてくれて。ほら、このしろくまって人」

 スマホを取り出してアカウントを見せる。興味を持ってくれると思いきや、七瀬は白けたようにそっぽを向いた。

「SNSで知らない人に絡むとか、キョウさんチャラ過ぎ」
「別にチャラくはないだろ? 女の子かどうかもわからないし」
「ないわー」

 せっかく調べたのに、なんだその態度は。呆れながらも坂道を上った。
 すると、途中でドンッと腹に響く音が鳴る。

「わっ、もう始まってんじゃん!」
「急ぎます? 走れますか?」
「うーん、下駄だしなぁ……」

 浴衣を着てきたことが悔やまれる。下調べだけでなく、タイムマネジメントもきちんとしておくべきだった。準備不足を悔やみながら、早足で坂を上った。
 花火が打ち上がる音は聞こえるが、肝心の花火は見えない。焦りながらもカーブを曲がったところで、開けた場所が見えてきた。

「多分、あそこだ! あの二人が立ってるところ」

 指さした先には、高校生らしき男子がいる。一人は暗がりでもわかるほど、整った顔立ちをしていた。
 二人は向かい合わせで立っている。友達にしてはやけに距離が近いなぁと思った次の瞬間、信じられないものを見た。

 隙間を埋めるように近づくと、唇が重なり合う。夜空では、金色の花火が弾けた。
 少し遅れて、ドンッと低い音が響く。そこでようやく、二人がキスをしていることに気づいた。
 立ち入ってはいけないような気がして、足を止める。

「今の、見た?」
「はい」

 七瀬は前を向いたまま頷く。

「男同士、だよね?」
「ですね」

 驚くでも茶化すでもなく、ただ事実を述べるように答えた。
 唇が離れると、二人ははにかみながら額を寄せ合う。映画のワンシーンのような光景を目の当たりにして、胸が締め付けられた。

「……行こう」

 踵を返して坂を下る。すぐに七瀬が追いかけてきた。

「いいんですか? 花火」
「邪魔しちゃ悪いじゃん。あの二人、多分、こ、恋人同士だし」

 声が震えている。動揺しているのが丸わかりだ。
 だけど、こうなってしまうのも仕方ない。キスシーンなんて初めて見たし、ましてや男同士だ。俺には刺激が強すぎた。

「キョウさん、顔真っ赤」
「だってあんな……。七瀬が冷静すぎるんだよ」
「別に今どき、男同士のカップルなんて珍しくないでしょ?」
「そうだけど、さ……」

 続く言葉が見つからずにいると、隣を歩いていた七瀬が足を止める。

「俺、キョウさんとなら、キスしたいですよ」

 ドンッと花火が打ち上がる。心臓を撃ち抜かれたかと思った。
 俺と、キスしたい? なにを言っているんだ?

「……その冗談は、笑えない」

 振り返ることができない。七瀬がどんな顔をしてそんなことを言っているのか、確かめるのが怖かった。
 やめろよ。そんなことを言われたら、また勘違いしそうになる。せっかく凍結させていたのに、勝手に取り出すなよ。
 痛い。呼吸をするたびに、身体の内側がヒリヒリする。これ以上この場にいたら、ただのバイト仲間としては振る舞えなくなりそうだ。

「ごめん……。足痛くなったから、そろそろ帰る」

 痛いのは全部下駄のせいにして、早足で駅へ向かう。
 屋台で買ったかき氷はいつの間にか溶けていて、真っ赤なシロップだけがカップの底に残っていた。