「アイスは、このディッシャーっていう器具で丸くスクープして、カップかコーンに乗せてね。ここまで平気かな?」
アイスをカップに入れたところで店長が手を止める。必死にメモを取っていた俺は、慌ててこくこくと頷いた。
「は、はい、大丈夫です」
俺は今、店長から仕事を教わっている。オーダーの取り方やアイスクリームのスクープの仕方、資材の収納場所やレジ操作の方法などなど。とにかく覚えることが多いのだ。
真新しいメモ帳は、すでに十ページは消費している。これを全部覚えるのは大変そうだけど、早く戦力になれるように頭に叩き込もう。
よしっと心の中で意気込んでいると、店長が背後に視線を向けた。
「あ、七瀬。スプーンの補充、ありがとね」
つられて振り返ると、七瀬が残り少なくなっていたプラスチックスプーンを黙々と補充していた。店長から指示されたわけではなく、自主的に。
ほんの数時間、一緒にカウンターに立っていただけでも、七瀬は気が回るタイプだと伝わってきた。
お客さんの波が途絶えたタイミングでは、資材の補充やアイスクリームのケース(タブと呼ぶらしい)の交換、フロアの清掃などをテキパキとこなしている。世間では、こういうのをシゴデキと呼ぶのだろう。
密かに感心していると、入口の自動ドアがウィーンと音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ!」
店長の明るい声に引き寄せられるように、五人組の女子が店に入ってくる。
それに続くように、カップルが一組、子ども連れが一組……。静かだった店内は、あっという間に賑やかになった。
「わっ、急に混んできたね。いきなり接客は不安だろうから、小平くんは隅の方で見学してもらえるかな?」
「は、はいっ」
初日から接客するのは不安だったから助かった。ほっとしながら、カウンターの隅っこに移動した。
「新作のドバイスタイルチョコアイスの試食はいかがでしょうか?」
「お待たせいたしました。レギュラーカップの白桃ソルベです」
明るく元気に接客する店長と、省エネだけど丁寧に応対する七瀬。接客スタイルは違うけど、二人でテキパキと列をさばいていた。
――おお、プロだ。
オーダーされたアイスクリームを綺麗に丸めていく姿や、フレーバーの特徴をスラスラと説明する姿には、拍手を送りたくなる。
客として訪れたときはショーケースの中しか見ていなかったけど、カウンターの中ではこんなにも神がかった動きをしているのか。
すごいなぁ、さすがだなぁ、なんて感心しながら見学していると、列の二番目に並んでいた幼稚園くらいの男の子がむーっと頬をふくらませた。
「みかんあいしゅ~!」
「静かに!」
黒いキャップを被ったギャル風のママさんが大声で𠮟りつける。その覇気に、俺までビビッてしまった。
待ちきれないのかな? 子どもだしな。
ソワソワしながら見守っていると、ママさんと目が合う。次の瞬間、列から抜け出して俺のもとへ近づいてきた。
「ビターショコラナッツとオレンジソルベ。どっちもスモールカップで」
「…………」
早口でオーダーされて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
俺か? 俺に注文しているのか? お客さんから声をかけられるなんて、まったく想定していなかった。
「あの、聞いてました? 子どもが待ってるんで早くしてもらえます?」
「は、はいぃ~!」
ピリついたオーラで急かされて、反射的に返事をしてしまう。その直後、男の子が「あ~っ!」と大声を上げた。
「ゆるかわだぁ~!」
「ルイ! 店ん中で走らない!」
男の子がイートインスペースに飾られたぬいぐるみに向かって走り出す。あれはカワウソをモチーフにした人気キャラクター、ゆるかわだ。
男の子を追いかけるママさんをぼーっと眺めていたが、すぐに我に返る。
いやいや、ちょっと待って! オーダーを受けちゃったけど、これは俺が対応するのか? でも、見学しているように言われたから、店長に引き継いだ方が……。ああっ、ダメだ! 店長は接客中で話しかけられそうにない。
頭が真っ白になりながらショーケースの前をうろうろしていると、七瀬と肩がぶつかる。愛想のいい笑顔を浮かべていた顔は、俺を見下ろした瞬間、すんっと真顔になった。
「なんか探してます?」
「あ、ビターショコラナッツを」
「ビタショコは、Bのショーケースの右から三番目」
正面にあるショーケースの扉をトントンと叩く七瀬。オーダーされたアイスは、意外と近くにあったようだ。
「あ、ありが」
お礼を伝えようとしたが、七瀬はもう隣にいない。Cのショーケースの前で別のアイスをスクープしていた。
す、素早い……。まあ、お礼はあとだ。七瀬も忙しそうだし、余計な手間をかけさせるわけにはいかない。自分でなんとかしなければ……。
震える手でディッシャーとカップを掴んで、ショーケースの扉を開ける。ひんやりとした空気に包まれながら、アイスをスクープしようとした。
……が、すぐさま問題発生。
「は? え? かたっ」
タブの表面からアイスをすくおうとしたが、ビクともしない。
まるで岩だ。ムリ、腕が、もげる……。
手首に力を込めながらプルプル震えていると、接客を終えた七瀬が戻ってきた。
「俺やります、貸して」
有無を言わさず、ディッシャーを奪われる。あっという間にショーケースの前から押しのけられた。
俺がやってもビクともしなかったアイスは、七瀬の手でみるみる丸く成形されていく。ショベルカーのような馬力だ。その鮮やかな手つきに見惚れていると、振り返った七瀬にカップを奪われた。
「どちらのお客様?」
「えっと、あちらの子ども連れの……」
ゆるかわの前にいる親子に視線を向けると、七瀬は早足でカウンターから飛び出した。
「お待たせいたしました。ビターショコラナッツです」
「はい。……で、オレンジソルベは?」
二人から順番に視線を注がれて、「あ」と声を漏らす。忘れてた、というのは口にしなくても伝わってしまったらしい。
「すぐにご用意いたします」
七瀬は頭を下げると、カウンターに戻ってくる。
「あの、ごめんなさい。俺が言い忘れたせいで……」
「いいです。サイズと入れ物は?」
「スモールの、カップです」
オーダーを伝達すると、七瀬は返事をすることなくオレンジソルベをスクープする。俺があたふたしているうちに、お会計まで完了させていた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
二人並んで、お見送りする。ピリついていたママさんも、最終的にはお子さんと仲良く手を繋いで店から出ていった。
一人のお客さんに対応しただけでも、ものすごい疲労感だ。ふぅと息を吐くと、「すいませーん」と声がかかった。
先頭で待つお客さんに視線を向けたそのとき、七瀬にガシッと腕を掴まれた。
「え、あ、なに……?」
わけがわからないまま腕を引かれ、さっきまで見学していた位置に連行される。十五センチほど高い位置にある顔を見上げると、ぽんっと両肩に手を置かれた。
「あの、なにもできないなら、隅っこで大人しくしててもらえます? 余計なことされると、場が混乱するんで」
冷ややかな眼差しで見下ろされる。敬語で体裁を整えているが、イラついているのがはっきりと伝わってきた。
「あ、でも、混んでるみたいだし、俺にできることがあれば……」
怯えながらも手伝いを申し出ると、七瀬の瞳がさらに冷え冷えとしていく。
「結構です」
ぴしゃりと言い放つと、七瀬は俺の肩を突き放して次のお客さんのもとへ向かった。
「大変お待たせいたしました。ご注文お決まりでしたらお伺いいたします」
がやがやとした店内で、俺は一人隅っこで立ち尽くす。
ゴミはゴミ箱へお捨てください。ふと目に留まったイートインスペースの貼り紙が、ちょっとだけ滲んで見えた。
アイスをカップに入れたところで店長が手を止める。必死にメモを取っていた俺は、慌ててこくこくと頷いた。
「は、はい、大丈夫です」
俺は今、店長から仕事を教わっている。オーダーの取り方やアイスクリームのスクープの仕方、資材の収納場所やレジ操作の方法などなど。とにかく覚えることが多いのだ。
真新しいメモ帳は、すでに十ページは消費している。これを全部覚えるのは大変そうだけど、早く戦力になれるように頭に叩き込もう。
よしっと心の中で意気込んでいると、店長が背後に視線を向けた。
「あ、七瀬。スプーンの補充、ありがとね」
つられて振り返ると、七瀬が残り少なくなっていたプラスチックスプーンを黙々と補充していた。店長から指示されたわけではなく、自主的に。
ほんの数時間、一緒にカウンターに立っていただけでも、七瀬は気が回るタイプだと伝わってきた。
お客さんの波が途絶えたタイミングでは、資材の補充やアイスクリームのケース(タブと呼ぶらしい)の交換、フロアの清掃などをテキパキとこなしている。世間では、こういうのをシゴデキと呼ぶのだろう。
密かに感心していると、入口の自動ドアがウィーンと音を立てて開いた。
「いらっしゃいませ!」
店長の明るい声に引き寄せられるように、五人組の女子が店に入ってくる。
それに続くように、カップルが一組、子ども連れが一組……。静かだった店内は、あっという間に賑やかになった。
「わっ、急に混んできたね。いきなり接客は不安だろうから、小平くんは隅の方で見学してもらえるかな?」
「は、はいっ」
初日から接客するのは不安だったから助かった。ほっとしながら、カウンターの隅っこに移動した。
「新作のドバイスタイルチョコアイスの試食はいかがでしょうか?」
「お待たせいたしました。レギュラーカップの白桃ソルベです」
明るく元気に接客する店長と、省エネだけど丁寧に応対する七瀬。接客スタイルは違うけど、二人でテキパキと列をさばいていた。
――おお、プロだ。
オーダーされたアイスクリームを綺麗に丸めていく姿や、フレーバーの特徴をスラスラと説明する姿には、拍手を送りたくなる。
客として訪れたときはショーケースの中しか見ていなかったけど、カウンターの中ではこんなにも神がかった動きをしているのか。
すごいなぁ、さすがだなぁ、なんて感心しながら見学していると、列の二番目に並んでいた幼稚園くらいの男の子がむーっと頬をふくらませた。
「みかんあいしゅ~!」
「静かに!」
黒いキャップを被ったギャル風のママさんが大声で𠮟りつける。その覇気に、俺までビビッてしまった。
待ちきれないのかな? 子どもだしな。
ソワソワしながら見守っていると、ママさんと目が合う。次の瞬間、列から抜け出して俺のもとへ近づいてきた。
「ビターショコラナッツとオレンジソルベ。どっちもスモールカップで」
「…………」
早口でオーダーされて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
俺か? 俺に注文しているのか? お客さんから声をかけられるなんて、まったく想定していなかった。
「あの、聞いてました? 子どもが待ってるんで早くしてもらえます?」
「は、はいぃ~!」
ピリついたオーラで急かされて、反射的に返事をしてしまう。その直後、男の子が「あ~っ!」と大声を上げた。
「ゆるかわだぁ~!」
「ルイ! 店ん中で走らない!」
男の子がイートインスペースに飾られたぬいぐるみに向かって走り出す。あれはカワウソをモチーフにした人気キャラクター、ゆるかわだ。
男の子を追いかけるママさんをぼーっと眺めていたが、すぐに我に返る。
いやいや、ちょっと待って! オーダーを受けちゃったけど、これは俺が対応するのか? でも、見学しているように言われたから、店長に引き継いだ方が……。ああっ、ダメだ! 店長は接客中で話しかけられそうにない。
頭が真っ白になりながらショーケースの前をうろうろしていると、七瀬と肩がぶつかる。愛想のいい笑顔を浮かべていた顔は、俺を見下ろした瞬間、すんっと真顔になった。
「なんか探してます?」
「あ、ビターショコラナッツを」
「ビタショコは、Bのショーケースの右から三番目」
正面にあるショーケースの扉をトントンと叩く七瀬。オーダーされたアイスは、意外と近くにあったようだ。
「あ、ありが」
お礼を伝えようとしたが、七瀬はもう隣にいない。Cのショーケースの前で別のアイスをスクープしていた。
す、素早い……。まあ、お礼はあとだ。七瀬も忙しそうだし、余計な手間をかけさせるわけにはいかない。自分でなんとかしなければ……。
震える手でディッシャーとカップを掴んで、ショーケースの扉を開ける。ひんやりとした空気に包まれながら、アイスをスクープしようとした。
……が、すぐさま問題発生。
「は? え? かたっ」
タブの表面からアイスをすくおうとしたが、ビクともしない。
まるで岩だ。ムリ、腕が、もげる……。
手首に力を込めながらプルプル震えていると、接客を終えた七瀬が戻ってきた。
「俺やります、貸して」
有無を言わさず、ディッシャーを奪われる。あっという間にショーケースの前から押しのけられた。
俺がやってもビクともしなかったアイスは、七瀬の手でみるみる丸く成形されていく。ショベルカーのような馬力だ。その鮮やかな手つきに見惚れていると、振り返った七瀬にカップを奪われた。
「どちらのお客様?」
「えっと、あちらの子ども連れの……」
ゆるかわの前にいる親子に視線を向けると、七瀬は早足でカウンターから飛び出した。
「お待たせいたしました。ビターショコラナッツです」
「はい。……で、オレンジソルベは?」
二人から順番に視線を注がれて、「あ」と声を漏らす。忘れてた、というのは口にしなくても伝わってしまったらしい。
「すぐにご用意いたします」
七瀬は頭を下げると、カウンターに戻ってくる。
「あの、ごめんなさい。俺が言い忘れたせいで……」
「いいです。サイズと入れ物は?」
「スモールの、カップです」
オーダーを伝達すると、七瀬は返事をすることなくオレンジソルベをスクープする。俺があたふたしているうちに、お会計まで完了させていた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
二人並んで、お見送りする。ピリついていたママさんも、最終的にはお子さんと仲良く手を繋いで店から出ていった。
一人のお客さんに対応しただけでも、ものすごい疲労感だ。ふぅと息を吐くと、「すいませーん」と声がかかった。
先頭で待つお客さんに視線を向けたそのとき、七瀬にガシッと腕を掴まれた。
「え、あ、なに……?」
わけがわからないまま腕を引かれ、さっきまで見学していた位置に連行される。十五センチほど高い位置にある顔を見上げると、ぽんっと両肩に手を置かれた。
「あの、なにもできないなら、隅っこで大人しくしててもらえます? 余計なことされると、場が混乱するんで」
冷ややかな眼差しで見下ろされる。敬語で体裁を整えているが、イラついているのがはっきりと伝わってきた。
「あ、でも、混んでるみたいだし、俺にできることがあれば……」
怯えながらも手伝いを申し出ると、七瀬の瞳がさらに冷え冷えとしていく。
「結構です」
ぴしゃりと言い放つと、七瀬は俺の肩を突き放して次のお客さんのもとへ向かった。
「大変お待たせいたしました。ご注文お決まりでしたらお伺いいたします」
がやがやとした店内で、俺は一人隅っこで立ち尽くす。
ゴミはゴミ箱へお捨てください。ふと目に留まったイートインスペースの貼り紙が、ちょっとだけ滲んで見えた。



