バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる

 八月に入ると、BonBonアイスクリームで新しいキャンペーンが始まった。その名もハッピーツインズ。二種類のアイスクリームをお得に購入できるキャンペーンだ。

 夏限定のキャンペーンということもあり、毎年この時期は来店数が増加するらしい。一通りの接客がこなせるようになった俺も、頻繁にシフトに入った。
 今日は五連勤のラストだ。たくさんシフトに入って稼げるのは嬉しいけど、疲労は着実に蓄積していた。

 ――そのせいかな? なんか、頭痛い。

 痛みを和らげるようにこめかみを揉んでいると、お客さんから「すみませーん」と声がかかった。

「はい。ただいまお伺いいたします」

 お客さんには、体調悪いなんて関係ないんだ。キビキビ働こう。
 オーダーされたアイスをスクープしていると、忙しなく動いていた七瀬が隣にくる。

「そろそろキャラメルクランチがなくなりそうですね。タブ交換します」
「ありがと。助かる」
「あと、キョウさん、頭痛いんですか? さっきからちょいちょいこめかみ押さえているの見えたんで」

 見ていたのか。目敏いやつめ。
 無言でアイスをスクープしていると、七瀬がバックヤードを指さす。

「店長に言えば休ませてもらえると思いますよ。しんどいなら早退とかでも」
「平気だから。あと三十分でシフト終わるし」

 七瀬の言葉を遮って拒む。カウンターの前には、長い行列ができている。この忙しいタイミングで、抜けるわけにはいかない。

「本当に気ぃ遣わなくていいから。七瀬は早くタブ取っておいで」

 しっしっと手で追い払うと、七瀬は不服そうな顔をしながらもバックヤードの冷凍庫へ向かった。
 大丈夫。バイトはあと三十分で終わる。それくらいなら乗り切れる。
 そう思っていたが、バイト終了十分前に店長から深刻そうな顔で呼び止められた。

「十六時からシフトに入っていた鹿野(かの)ちゃんが、体調不良で来られなくなっちゃったんだって。それで相談なんだけど、代わりの子が見つかるまで残業してくれないかな?」

 げっ、と思ってしまったが、顔には出さず。

「大丈夫ですよ。代わりが見つかるといいですね」

 にっこり笑って承諾。もし見つからなければ、俺がクローズまで入るのかなぁなんて想像してしまったが、今は考えないでおこう。

「ありがとう! 十七時には上がれるように代わりの子探すから!」

 店長は拳を握りながら宣言すると、バックヤードで電話をかけまくった。
 十七時までということは、あと約一時間か……。頭痛はひどくなっている気もするけど、どうにか乗り切ろう。

 窓の外を見ると、ポツポツと雨が降り始めている。そういえば、今日は夕方から大雨になると天気予報で言っていたな。頭が痛いのは、低気圧のせいかもしれない。
 風邪じゃないから大丈夫。そう言い聞かせながら、仕事を続行した。

 三十分後。カッパを着た清水さんがバックヤードに現れた。

「清水ちゃーん! 電話して三十分で来てくれるなんて、あなた、神よ!」

 店長から両手を握られて、崇められる清水さん。

「家で動画見てただけなんで。それに店長が困ってたら来ますよ、普通に」
「ホント感謝! 今度駅前のスイーツビュッフェに行こう! 奢るから」
「ありがとうございます。楽しみにしています」

 清水さんが駆けつけて来てくれたおかげで助かった。これで心置きなく退勤できる。
 着替えを済ませてから更衣室のカーテンを開けると、外が土砂降りになっていることに気づいた。
 この雨の中、帰るのは大変そうだ。頭も割れるように痛いし、心なしかフラフラするし……。少しだけ休ませてもらおう。
 そっと更衣室のカーテンを閉めてから、その場でうずくまった。

 早く治まれと念じていたが、頭痛はいっこうに治まらない。ズキズキとした鈍い痛みに耐えながら目を瞑っていると、カーテンの外から足音が聞こえた。

「キョウさん、いるんですか?」

 七瀬だ。心配して声をかけてくれたのかもしれない。

「うん。いるよ」
「大丈夫ですか? 体調悪い?」
「うーん……。ちょっと頭痛いから休ませてもらってる。動けそうになったら帰るから、気にしないで」

 心配をかけないように、できる限り明るい声を出す。
 七瀬はクローズまでシフトに入っている。こんなところで俺の相手をしている暇はない。それなのに、いっこうにカウンターに戻ろうとしなかった。

「カーテン、開けていいですか?」
「なんで?」
「顔見せてください」

 渋々カーテンを開けると、七瀬は驚いたように息をのむ。

「真っ青じゃないですか」

 その場でしゃがみ込むと、ためらいなく俺の手を握った。

「手も冷たい。なんでこんなになるまで働いてるんですか? 残業まで引き受けて」
「仕方ないじゃん、人足りなかったんだし」
「体調悪いのに引き受けることないんですよ。もっと自分を大事に」
「大丈夫だから! 俺のことはいいから、仕事に戻れよ!」

 普段より強い口調で命令する。その勢いのまま立ち上がったが、サアッと血の気が引いていった。
 あ、これはマズイ……。
 視界が白くぼやけてフラついたところで、七瀬に肩を支えられた。

「ご、ごめん……」
「急に立ち上がらないでください。倒れて怪我したらどうするんですか」
「う、ん……」

 大丈夫だと言った傍からこれでは、余計に心配をかけてしまう。立っているのもしんどくて、よろよろとしゃがみ込んだ。
 今日の俺は、全然余裕がない。情けなさで押しつぶされそうになっていると、頭の上から深いため息が降ってきた。

「店長ー、ちょっとだけ私用電話します」

 七瀬はフロアにいた店長に声をかけると、ロッカーからスマホを取り出してどこかへ電話をかけ始めた。

「あのさ、悪いんだけど、バイト先まで車で迎えに来てくれない? ……俺じゃなくて、後輩を乗せて帰ってほしい。……うん、男。具合が悪いみたいだから家で休ませてあげて」

 そこまで聞けば、俺のことで相談していると気づく。電話の相手は、多分親だ。

「いや……。そんなの、いいから」

 遠慮したが、手のひらを突き出されてけん制される。

「ありがとう。家に着いたら、俺の布団で寝かせてあげて。うん、じゃあね」

 七瀬は電話を切ると、俺が口を開くよりも先にスマホを目の前に突き出してきた。

「十五分後、うちの親が迎えにきます。店の前に着いたら、これに電話がかかってくるんで、車に乗ってください。白の軽です」
「なんで、そんな……」
「だってキョウさんち、電車で結構かかるでしょ? 外は土砂降りだし、そんな状態で帰すわけにはいきません。うち、店から近いんで」
「そんなの悪いって……。だいたい七瀬、クローズまで入ってんじゃん」
「はい。だから一人で車に乗ってください。俺はバイト終わったら帰るんで」

 そんなことってある? 本人不在のまま家にお邪魔するなんて、常識的に考えてありえない。七瀬の家なんて、行ったことないし。
 気持ちはありがたいけど、そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。

「大丈夫だから、俺のことは放っておいて」
「先輩命令です」

 俺の言葉を遮って、低い声で言い放つ。

「大人しく、俺の布団で寝ててください」

 ギロリと睨みを利かせると、七瀬はスマホを俺に託したままカウンターに戻っていった。

「……なんだよ、それ」

 めちゃくちゃだし、勝手すぎる。
 だけど、先輩命令なんて言われたら、それ以上拒めない。この局面で、その切り札を使うのはズル過ぎるだろ。
 結局、俺がうだうだ悩んでいるうちに七瀬のスマホに電話がかかってきて、車に乗り込むことになった。

「雨、すごいねぇ。早く、乗って、乗って~」

 七瀬母の第一印象は、とにかく明るい。黒縁めがねの下では、太陽みたいな笑顔を浮かべていた。

「スミマセン。わざわざ迎えに来てもらって……」
「いいの、いいの! 困ったときはお互いさまだから」

 そうは言っても、大雨の中で車を出すのは手間だったに違いない。申し訳なさで縮こまっていると、お母さんはハンドルを握ったまま「ふふっ」と笑った。

「佑真は昔から人に頼られるのが好きだから、困ったことがあったら頼ってあげて。その方が喜ぶから」

 楽し気に話すお母さんの横顔を見ていると、ちょっとだけ心が軽くなった。
 十五分ほどで、レンガ調のお洒落なファミリー向けアパートに到着した。
 本当に来てしまった。本人不在のまま家に上がるのは緊張するな。

「お、お邪魔しまーす……」

 玄関でソワソワしていると、すぐに七瀬の部屋に案内される。

「自分の部屋だと思ってくつろいでね。なにかあったら遠慮なくリビングに来ていいから」

 お母さんはフローリングに布団を敷くと、「ごゆっくり~」と微笑みながら部屋から出ていった。
 一人になったところで、おずおずと布団に入る。緊張しっぱなしだったけど、横になると気が楽になった。
 仰向けになりながら、七瀬の部屋を見回してみる。

 六畳ほどのシンプルな洋室。俺の部屋より、ちょっと狭いくらいだな。
 窓の傍には勉強机があって、その上には教科書がタワーのように積まれている。その隣にある本棚には、バスケの漫画がずらりと並んでいた。

 ――ここが七瀬の部屋か。思っていたより、普通だな。

 学校では完璧男子なんて言われているから、豪邸に住んでいるんじゃないかと勝手に想像していた。タワマンとか、広い庭のある一軒家とか。
 だけど普通の方が落ち着く。布団に染み付いた七瀬の匂いも心地よかった。