バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる

『バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる』の書籍発売記念の番外編です。
二話と三話の間にあたる時系列のエピソードとなっております。
出会って間もない二人の学校でのやりとりをご覧ください!



 ――あ、七瀬だ。
 昼休みに購買にやってきたとき、友人らしき男子たちに囲まれている七瀬を見かけた。
 七瀬の周りにいる男子たちは、髪型も制服の着こなしも垢抜けている。学年はちがっても、瞬時に一軍グループだと判別できた。
 地味な俺とは、格が違う。
 そのままスルーしようとしたところで、ふと七瀬と目が合った。涼し気な表情は、俺を見つけた途端、にやりと笑う。

「キョウさんじゃん」

 まさか声をかけられるとは思わなかった。驚き過ぎてフリーズしていると、周りの男子たちが「誰?」「友達?」とざわめく。

「バ先の人。先に教室戻ってていいよ」

 友人にそう告げると、七瀬はためらいなく俺に近付いてきた。

「昼休みに会うなんて珍しいですね」
「あ、そだね……」
「昼飯買いにきたんですか?」
「うん……」
「来るの遅くないですか? パンはもうほとんど売り切れてますよ」
「だろうね……」

 周りからの視線が痛い。購買にいる全員から見られている気がする。
 縮こまっていると、七瀬はふっとおかしそうに笑い出す。

「なんか今日、よそよそしくないですか? 先週のバイトでは普通だったのに」

 学校だと格がちがいすぎて話しにくいんだよ。わかんないかな?
 まあ、わかるはずないか。七瀬はどう考えたってカースト上位の人間だ。下々の人間の気持ちなんてわかるはずがない。

「俺、パン買うから」

 早々に会話を切り上げようとしたが、七瀬は教室に戻ろうとしない。

「何買うんですか? 総菜パンも甘い系も売り切れてますよ?」

 ほら、と狩りつくされたトレイを指さす。七瀬の言うように人気のパンは売り切れているけど、何もないわけではない。不人気メニューの筆頭である、サツマイモ蒸しパンは残っていた。
 もそもそして喉につっかえると不評らしいが、俺は結構気に入っている。
 サツマイモ蒸しパンに手を伸ばすと、七瀬は「うわっ」と引いたような声を出す。

「それ、買う人いるんだ」

 その言い方は、失礼だろう。サツマイモ蒸しパンにも、それを作った人にも、ついでに俺にも。

「俺は、好きだし」

 ボソッと擁護すると、七瀬は驚いたように目を見開く。それから、ぷっとおかしそうに噴き出した。

「キョウさんって、結構自分を持ってるんですね」

 どういう意味だ? 褒められたのか、馬鹿にされたのかよくわからない。
 無言のまま、レジに向かうと七瀬もついてくる。

「それだけで足りるんですか?」
「うん。今日はバイトもないし」
「購買で飯買うなら、昼ダッシュしないと出遅れますよ?」

 そんなことは、七瀬に言われなくてもわかっている。俺は、七瀬よりも一年長くこの学校に通っているんだ。

「昼休み直後の購買って戦場じゃん。その中に飛び込む勇気はないから」

 我ながら情けない理由だな、と呆れてしまう。七瀬からは、ものすごく残念なものを見るような眼差しを向けられた。



 俺はサツマイモ蒸しパン、七瀬はコーヒーを買って購買を出る。
 教室棟の階段まで並んで歩いていたが、俺が昇降口に向かおうとしたところで七瀬が足を止めた。

「どこ行くんですか?」
「外」
「なんで?」
「外で食べるから」
「この暑い中?」
「教室だと騒がしくて、落ち着かないから」

 騒がしい空間が嫌いというわけでもないけど、昼休みに一人で教室にいるのは落ち着かない。
 誰もいない場所で、静かに食べている方が気が楽だった。

「あー、それはわかりますね」

 七瀬は肩を竦めながら、苦笑いを浮かべている。その反応は、ちょっと意外だ。人気者の七瀬は、賑やかに過ごすのが好きなタイプだと思っていたから。

「俺にも教えてくれませんか? キョウさんの隠れ家」

 どこか楽し気に笑う七瀬。隠れ家というのは大袈裟だけど、七瀬も教室から抜け出したい日があるのなら、教えてあげてもいい。

「いいよ。ついてきて」

 昇降口から一歩外に出ると、ジリジリと焼けるような日の光に晒される。その眩しさに目を細めながら、中庭に向かった。
 後ろを歩く七瀬は、「あちぃ」とぼやいている。暑いのが苦手なら冷房の効いた教室に戻ればいいのに、七瀬はなんだかんだ言いながらもついてきていた。

 一列になって歩いていると、親鳥のあとをひな鳥が追っているみたいでちょっと笑える。
 まあ、実際には七瀬の方が背が高いから、ひな鳥が親鳥を先導しているように見えるのだろうけど。

 中庭にはいくつかベンチが置かれているが、七月の暑い盛りに外で食べようなんて変わり者はそうそういない。
 がら空きのベンチの中から、日陰になっている場所を選んで腰を下ろした。
 正面には、手入れの行き届いた花壇がある。ピンク色のペチュニアは、炎天下でも可憐に、イキイキと咲いていた。

「いつもここで食べてるんですか?」
「いつもってわけじゃないけど、だいたい」
「へぇ、イイコト知りました。日陰だし、意外と風も通って涼しいし、いいですね」
「他の人に教えないでね」
「教えませんよ。俺とキョウさんの秘密」

 目を細めながら口元に指先を添える姿がやけに色っぽく見えたせいで、心臓が無駄に暴れまわった。
 これだからイケメンは困るんだ。何も気に留めていないふりをしながら、俺はサツマイモ蒸しパンの袋を開けた。

「いただきます」

 モソモソと蒸しパンを齧っていると、七瀬も隣で弁当を広げる。

「七瀬は弁当なんだ」
「はい。親が作り置きしているおかずを、適当に詰めて持ってきてます」
「自分で用意してるんだ。えらいじゃん」

 俺も週に二回くらいは弁当を持ってくるけど、いつも母が用意してくれる。詰めるだけとはいえ、忙しい朝に弁当を用意する余裕はなかった。

「別に普通だと思いますけど、キョウさんに褒められるのは悪い気がしませんね」
「またそれかよ」

 先週のバイトでも、七瀬から似たようなことを言われた。嫌味がないとかなんとか言われながら。その意味は、今でもよくわかっていない。
 サツマイモ蒸しパンを齧っていると、七瀬が「そういえば」と話題を変える。

「ゆるかわコラボサンデー、もう終了ですって」
「コラボサンデー……。ああ、カワウソの期間限定のチョコアイスか。キャンペーン期間って、来週までじゃなかったっけ?」
「そうだったんですけど、SNSでバズり散らかしたせいで、本部での材料供給が追い付かなくなったんだって。昨日、店長が嘆いてましたよ。『欠品してお客さんに謝るのは現場なのに~!』って」

 店長が頭を抱えている姿が目に浮かぶ。苦笑いを浮かべていると、七瀬が不意に真面目な表情を見せた。

「だから今週は、ゆるかわ関連でクレームが増えると思います。しつこく言ってくるお客さんがいたら、俺か店長に対応投げていいんで」

 それはつまり、助けてくれるということか?

「え、店長に任せるのはまだしも、七瀬に代わってもらうのは申し訳なくない?」
「別にいっすよ。クレーム対応って、メンタル削れるって言ってる先輩も多いんですけど、俺はマジでなんとも思わないんで」
「鬼の心臓じゃん」

 何気なく呟くと、七瀬は弁当を食べる手を止める。それからプルプルと肩を震わせて笑い出した。

「鋼の心臓とかなら聞いたことあるけど、鬼って……」

 俺は、また変なことを言ったらしい。鬼メンタルと、鋼の心臓が混ざった。
 恥ずかしさを紛らさせるように蒸しパンを齧っていると、七瀬に笑いながら顔を覗き込まれる。

「まあ、そうですね。キョウさんの傍には鬼がついているんで、なにかあったら気兼ねなく呼んでください」

 別に七瀬のことを鬼だと思ったことはない。むしろ面倒見のいい、頼れる先輩だと思っている。
 そんな気恥ずかしいことは、口には出せないんだけど。

「ん、ありがと……」

 そう礼を言ってから、もそもそと蒸しパンを咀嚼した。

「アツいっすねー」
「だねー」

 額に汗を滲ませながら黙々と弁当を食べていると、ふと考えてしまう。

 ――七瀬は、俺といて楽しいのかな?

 俺は七瀬のように、バイト先での有益な情報を提供できるわけでもないし、楽しい話題を振ることだってできない。
 普段から友達に囲まれている七瀬からすれば、俺との時間なんて退屈なように思えた。
 整った横顔をじっと見つめていると、箸を持った七瀬が顔をあげる。

「なんですか? もしかして俺の弁当狙ってる?」
「狙ってないよ。ただ……」
「ただ?」

 じっと見つめられながら聞き返されたところで、思い切って尋ねてみる。

「後悔してない? 俺なんかに付き合って」

 もし七瀬が退屈に感じているのなら、速攻蒸しパンを口に放り込んで、教室に戻ろうと思う。七瀬の貴重な時間を、無駄にさせるわけにはいかない。

「なんだ、そんなことですか」

 七瀬はふっと軽く笑い飛ばしてから、膝の上に箸を置く。

「後悔なんてしていませんよ。まったく」
「ホントに?」
「はい。むしろついてきてよかったと思ってます。キョウさんといると、なんか楽なんで」

 その言葉で、心臓が掴まれたような感覚になった。
 楽しくはないかもしれないけど、楽。それも、ある種のメリットなのかもしれない。
 俺と一緒にいる時間をそんな風に言ってくれた人は初めてだったから、素直に嬉しかった。

「また気が向いたときに、ここに来てもいいですか?」
「全然いいよ。あ、でも、秋になったら場所移動するけど」
「そしたら新しい場所教えてください。ついていくんで」

 ついていく。その言葉で、またしても心臓がきゅっと掴まれたような気がした。
 後輩に懐かれるのは、こういう感覚なのだろうか? これまで親しい後輩なんてできたことがないから、よくわからない。
 浮かれているのを悟られないように、サツマイモ蒸しパンで口元を隠した。

「秋の場所も、冬の場所も教えるから、気が向いたらおいで」

 そうお誘いすると、七瀬は嬉しそうに頬を緩ませながら、ミニトマトを口に運んだ。