映画館でもらった入場特典のゆるかわステッカーは、スマホカバーに貼っておいた。七瀬も同じだ。手帳型のスマホカバーにぺたんと貼り付けていた。
「おそろいですね」
隣に座った七瀬が、白い歯を見せながらステッカーを見せてくる。
おそろい。初めてのことだから、胸の奥がくすぐられる。その裏側には、俺の書いたサンクスカードがしまってあると考えると、余計にくすぐったくなった。
「なくさないように気をつけるよ」
「まあ、シールだから、すぐ剥がれるかもしれないですけどね」
軽くあしらわれると、途端に寂しくなる。俺はスマホカバーに貼り付いたゆるかわに念じた。
ずっと、ずっと、そこにいろよ。
子ども向け映画だと侮っていたが、なかなかいい作品だった。エンドロールが流れる頃には、俺は静かに泣いていた。
「キョウさん、泣きすぎー」
隣からポケットティッシュが飛んでくる。ありがたく受け取って、涙を拭った。
「あれは泣くでしょ。一人でもいいって諦めていたナマズの王子さまが、ゆるかわたちと出会って温もりを知って。別れのときが来ても、ずっと友達だよって約束して。最高かよ、ゆるかわ」
「また熱くなってますよ。よっぽど好きになったんですね」
もう一度涙を拭ってから、力強く頷く。
「好き。多分、ずっと好き」
一生推します宣言をする。七瀬は一瞬驚いた顔をしたあと、くくっと肩を震わせた。
「ピュア過ぎて、なんか可愛い」
「馬鹿にしてる?」
「はい」
即答されたせいで、涙が引っ込んでしまった。俺はリュックを掴んで立ち上がる。
「喉乾いた。カフェとか行こう」
「ですね。一階にあったんで行きましょう」
行先が決まると、俺たちは映画館をあとにした。
昼過ぎだからカフェも混雑しているだろうと予想していたけど、店内は比較的空いていた。オーダーの順番もすんなり回ってくる。
「アイスコーヒーのトールサイズで。キョウさんは?」
「えっと、メロンソーダフロートをお願いします」
カウンターで注文すると、ネームプレートに『研修中』と書かれた女性がぎこちなく微笑む。
「かしこまりましたっ! 少々お待ちを」
カクカクとした動きでお辞儀をされる。バイトを始めたての自分を見ているようだった。
新人さんか? 雰囲気からして、高校生バイトみたいだけど……。
たどたどしい動きでレジを操作する姿に、心の中で『頑張れ』とエールを送ってしまった。
「お会計、一〇三〇円になります」
「あ、はい」
俺はスマホを出して、キャッシュレス決済を選択する。バイト先で利用しているお客さんを見て、こっちの方が楽そうだなと思って親に頼んで入れてもらった。
ピピッと音が鳴って決済終了。その隣で七瀬が財布を取り出した。
「俺の四五〇円ですよね?」
ぴったり差し出されたところで、俺は、ううん、と首を振る。
「いいよ。これくらい俺が出す。いつも助けてもらってるし」
七瀬には、バイトでフォローしてもらっている。コーヒーくらいは奢ってあげよう。
七瀬は一瞬驚いていたが、俺が澄ました顔をしていると、にやりと笑う。
「あざーす! 小平先輩!」
「おまえ……こういうときだけ後輩面してくるんだな」
調子がいいなぁと呆れつつも、笑ってしまった。変に気を遣われるより、こっちの方がずっと気分がいい。
そんなやりとりをしているうちに、ドリンクが運ばれてくる。
「お待たせいたしました。アイスコーヒーとコーヒーフロートです」
「は?」
「え?」
トレイに乗ったコーヒーフロートを見て、二人で固まる。
「あ、あの、頼んだのはメロンソーダフロートなんですけど……」
遠慮がちに間違いを指摘すると、店員さんの顔がサッと青ざめていく。
「たいっへん申し訳ございません! すぐにお取替えいたします!」
慌ててコーヒーフロートを回収する店員さん。喋り方や目の動きからも、テンパっていることが伝わってきた。
俺も似たようなミスをしたら、頭真っ白になるんだろうなぁ……。そう考えると、彼女を責める気にはなれなかった。
「えっと、ゆっくりでも大丈夫ですから。全然急いでないですし」
幸い俺たちの後ろには誰も並んでいない。落ち着いて、ゆっくりと、準備してくれればいい。
急いでいないアピールをすると、青ざめていた店員さんの顔に少しだけ血が通った気がした。
「ありがとうございますっ!」
無事にメロンソーダフロートを受け取ってから、芝生庭園が見渡せるカウンター席に着く。七瀬もすらりとした長い脚を組みながら隣に座った。
「バイト代、結局アイスに溶かしてんじゃん」
「これはセーフ」
フロートもアイスだけど、ソフトクリームだからセーフだ。
まろやかなバニラソフトを堪能していると、頬杖をついた七瀬にニヤニヤと顔を覗き込まれた。
「それよりさ、優しいんですね」
「なにが?」
「さっきの新人がミスったとき、ゆっくりで大丈夫ですよ~って言ってあげて。ああいう場面では、イラつく人多いのに」
なんだ。そのことか。あんなのは大したことではない。
「俺もバイトでミスすること多いから、あの子が焦る気持ちもわかるんだよね。イラつかれると、余計に焦るし。落ち着いてやっても、大して時間は変わらないだろうから、ちゃんと待ってあげようって」
「神客っすね」
神は言い過ぎだ。だけど良客ではありたいと思っている。その方が、自分も周りも気分よく過ごせるから。
アイスクリーム屋でバイトを始めてから、余裕を持って人と接することができるようになった気がする。バイト中は予想外の出来事が次々と降ってくるせいで、耐性がついたのだろう。
バイトを始めてよかった。苦手なことに向き合ったおかげで、前よりも自分を好きになれた。



