バイト先の完璧男子が俺だけに素を見せてくる



 汗だくになりながらバックヤードに入ると、パイプ椅子に座って休憩していた黒髪セミロングの女性が振り返る。

「小平くん、今日シフト入ってなくない?」

 大学生バイトの清水(しみず)さんだ。夏休みに入ってから、よくシフトが被るようになった。そつなく冷静に仕事をこなす先輩で、俺も信頼を寄せている。

「シフト入ってない? そんなはずは……」

 疑いつつも、壁に貼り出されたシフト表を確認すると……。

「嘘……。俺の名前ない」
「シフト入ってるのは明日だね」
「うわっ、本当ですね」

 どうやらシフト表を見間違えていたようだ。

「せっかく暑い中出てきたのに……」
「ドンマイ。グミでも食べるかい?」
「うう……。いただきます」

 清水さんからブドウ味のハードグミを一粒もらう。美味いけど、硬い。
 顔を歪めながらグミを噛んでいると、カウンターにいた七瀬が顔を出した。

「わっ、キョウさんの声が聞こえるなぁって覗いてみたら、本当にいた。どうしたんですか? 今日シフト入ってないですよね?」
「間違えて来ちゃったんだって」
「うわ、ダッセー」

 小馬鹿にするように笑う七瀬。これ以上、追い打ちをかけないでほしい。

「帰ります。お騒がせしました」

 シフトに入っていないなら、ここにいる必要はない。さっさと退散しよう。

「え? もう帰るんですか? せっかく来たのに」

 バックヤードの扉に手をかけた途端、七瀬にシャツの裾を掴まれた。

「帰るよ。だって邪魔じゃん。ここにいても」
「そんなことないですよ。そうだ。アイス食べていきます? 俺、作りますよ」
「うーん、今日はやめとく。前回も買って帰ったし。ちょっとは自制しないと、俺のバイト代、あっという間にアイスに溶けそう」
「いいじゃないですか、全部溶かせば」
「ふざけんな。溶かさないよ」

 今日はやけに絡んでくるな……。裾を引っ張ってくる七瀬を振り払おうとしていると、清水さんからじーっと見られていることに気づいた。

「あ、スミマセン。休憩中にうるさくしてしまって……」

 へこっと頭を下げると、清水さんは真顔のまま首を振る。

「いや、そのまま続けて」
「はい?」
「店長の言ってたことは本当だった。この二人の絡みは、疲れに、効く」

 なんて? 呆気にとられていると、店長がぬっと顔を出した。

「でしょ~」

 なんだろう、この生温かい眼差しは……。
 ヒクヒクと口の端を引きつらせていると、清水さんが手元にあったスマホに視線を落とした。

「七瀬、あと十五分でバイト終わりじゃん」
「ですね」
「せっかくだし、二人で遊びに行ってくれば?」

 清水さんから唐突な提案をされて、目が点になる。

「お、俺と、七瀬が? なんで……?」
「さっき嘆いてたじゃん。暑い中出てきたのにーって」

 確かに無駄足を踏んだことに嘆いていたけど、いきなり遊びに行くというのは急展開すぎる。七瀬だって、バイト以外で俺の相手をするのは嫌だろう。

「いっすよ」
「え……? そんなあっさり?」
「はい。実は今日、うちに妹の友達が遊びに来てるんですよね。鉢合わせたら面倒なんで、ちょうどいいです」

 なるほど。暇つぶしに付き合わせようという魂胆か。
 俺も帰ったら失恋病みモードの姉から愚痴を聞かされるだろうし、外で時間を潰すのは好都合だったりする。

「いや、でも、さすがに二人でっていうのは……」

 休日に二人で遊びに行くなんて、ぼっちにはハードルの高いイベントだ。どうしようかと悩んでいると、店長と清水さんが、うんうん、と頷いた。

「いいねえ。二人で夏の思い出を作っておいでよ。なんなら軍資金も出すし」
「わたしも出すよ。一万円送金しとく」
「マジすか? あざーす」

 金を出そうとするお姉さま方と、遠慮なく受け取ろうとする七瀬。
 やめろ。貢ぐな。貢がれるな。

「いや! バイト代出たんで大丈夫です! 自分の金で行きます」

 金銭の受け渡しを阻止すると、七瀬が『かかった』とばかりににやりと口元を歪ませる。

「うん、じゃあ行きましょっか。十五分だけ待っててくださいね」

 その表情を見て、「うっ……」と言葉に詰まる。なんだか周りに上手く丸め込まれたような気もするけど……まあいいか。

「わかった。待ってる」

 こうして俺の初めてのバイト代は、七瀬との遊びに費やすことになった。


 七瀬となにをするか話し合った結果、隣町にある大型ショッピングモールで映画を観ることになった。
 お目当ては、公開されたばかりのゆるかわの映画だ。
 俺自身、ゆるかわはまったく知らないから勉強のためにという意味もある。
 アイスクリーム屋に来る子どもたちも大好きなゆるかわ。知っていて損はないはずだ。

 駅のホームで電車を待っている間、俺はゆるかわの主要キャラをスマホで予習していた。すると、コンビニで買ったタコスのラップサンドをかじっていた七瀬がふふっと笑い出す。

「ん? どうしたの?」
「あ、すいません。集中しているところを邪魔しちゃって」
「それはいいけど……なんで笑った?」
「バイト中にキョウさんいなくてつまんないなぁって思っていたら、本当に現れたのはおもしろかったなぁって」

 嬉々として話す七瀬。つまらない。そんな風に思ってくれていたのか。

「俺がいないと、つまらないの?」
「はい。キョウさんいないと、俺のモチベ上がらないんで」

 夏空よりも晴れやかな笑顔で告げられる。眩しすぎて、顔を背けてしまった。
 その言葉は嬉しい。俺も七瀬とシフトが被っていない日は、ちょっと残念な気分になるから。

「シフトを間違えてくれて、ありがとうございます」

 にっこり微笑みかけられる。嫌味にも受け取れる言葉だけど、単純な俺は喜んでしまった。

「逆じゃなくてよかったよ。シフト入っているのに忘れてたパターンだったら終わってた」

 照れ隠しで話の軸をずらすと、七瀬は「あーね」と頷く。

「そのパターンだったら、俺がキョウさんにスタ爆してました。ゆるかわがパンチ繰り出しているやつ」

 しゅっしゅっとパンチを繰り出す仕草を見て、思わず笑ってしまう。

「それはウザすぎる」

 そう一蹴すると、七瀬もケラケラと笑い出した。
 晴れやかな夏空を見上げながら、ふぅっと息を吐く。
 なんだか、いいものだな。俺がいないことを惜しんでくれる人がいるのは。ちゃんと必要とされていることが伝わってきた。