「お疲れ様でしたー」
「うん、二人とも気をつけて帰ってね」
店長に見送られながら、俺と七瀬はバックヤードから出た。
俺の右手には、ビターショコラナッツがある。今日はいい接客ができたから、ご褒美としてアイスを買っていた。
「奇跡的にビタショコを上手くスクープできた。見てよ、この造形美」
コーンに乗せたアイスを、七瀬に見せびらかす。今日スクープしたビタショコは、完璧なまんまるに仕上がった。今までで一番美しい。
「キョウさんって、スクープの飲み込みは早いですよね。さすがガチ勢」
「そのネタ、まだ引っ張る? けどまあ、柔らかくて溶けやすいアイスは、まだ苦手だけどね。ラムレーズンの注文が入ったときは、げっ、って思うし」
「あー、早くしないと溶けるってプレッシャーもありますからね」
「それなー」
七瀬はラムレーズンを星4と言っていたけど、俺的には星5だ。柔らかくて溶けやすいアイスの方が慎重になる。できれば触れないでおきたかった。
「だけど、ラムレーズンも綺麗にスクープできるように頑張るよ。夏休みには戦力として扱ってもらいたいし」
「夏休みは忙しいらしいですからね。無事に乗り切れるように頑張りましょう」
だね、と頷いたところで、駅前の大通りを歩き出した。
七瀬と並んで歩くなんて、少し前なら考えられなかったことだ。
だけど今は、隣にいるのがしっくりくる。バイト仲間としていい関係を築けている証拠だ。
湿度の高い夏の夜風が、二人の髪を揺らす。ついでに七瀬が提げていた紙袋も揺れた。
「そういえば、七瀬もアイス買ってたね。なに買ったの?」
「チョコチップとポップソーダとアップルティーです」
「三つも食べるの? 贅沢ー。腹壊すよ?」
「なわけないでしょ。母親と妹二人の分です」
「七瀬の分は?」
「ないです」
七瀬の分がないと知って、思わず足を止める。
「なんで? 好きじゃないの? アイス」
アイス屋で働いているのに、アイスが好きじゃない。それは俺としては、ちょっと考えられないことだ。
「好きですよ。でも今日は、四つ買う金がなかったんです」
つられて立ち止まった七瀬が振り返る。通りかかった車のライトが眩しすぎて、七瀬がどんな顔をしているのかわからなかった。
四つ買う金がないなら、自分の分だけ買えばいいのに……。
そう思いつつも、口には出さないでおいた。
「俺の一口食べる?」
七瀬の目の前に、コーンに乗ったアイスを差し出してみる。
「いや、大丈夫です」
「遠慮しないでいいよ。まだ口付けてないし」
どうぞと促したが、七瀬はアイスと俺を交互に見つめるばかり。
「いいんですか? せっかく綺麗にスクープできたのに」
「別にいいよ。溶ける前に食べな」
もう一度促すと、七瀬は戸惑いがちに頷いた。
「……ありがとう、ございます」
好きなものを我慢するのはつらい。七瀬がつらいのは可哀想だから、俺のを分けてあげよう。
七瀬は腰を屈めて、俺の持つコーンに手を添える。完璧に整ったまんまるのアイスに、七瀬の整った顔が近づき、遠慮がちに伸びてきた舌でゆるやかな曲線を舐めた。
ちらりと上目遣いで見つめられる。次の瞬間、ふっと溶けるように微笑みかけられた。
「……っ!?」
アイスを一口あげる。ただそれだけのことなのに、心臓がいまだかつてないほど暴れまわっていた。
瞬きするのも惜しいほどに、惹きつけられる。その柔らかな表情を、瞳の中に留めておきたかった。
呼吸も忘れて見入っていると、笑顔を引っ込めた七瀬がゆっくりと視線を逸らしていく。
「……あの、そんなに見られると、恥ずかしいんですけど」
指摘されたところで、差し出していたアイスを引っ込める。
「ご、ごめん!」
俺は、なんであんなに見入っていたんだろう? 七瀬は綺麗な顔をしているけど、あんなにジロジロ見ていたら変だ。
ビクビクしながら顔を上げると、口の端を親指で拭っていた七瀬と目が合う。
だけど、一秒もしない間に逸らされてしまった。
どうしよう。気を悪くさせてしまったかもしれない。七瀬の耳も、心なしか赤く染まっているし……。
七瀬は唇を固く結びながら、早足で歩き出す。俺も慌てて、そのあとを追いかけた。
どうやってフォローしようかと頭を悩ませていると、不機嫌そうだった七瀬がふっと口元をゆるませる。
「もしかしてキョウさん、俺がアイス舐めるの見て、ドキッとしちゃったんですか?」
思いがけない指摘をされて、カァッと顔が熱くなる。
「ち、ちが……。思ったより距離近くてビックリしただけで……」
「自分から食わせてきたくせに。……俺で変な想像しないでくださいよ?」
「するわけないだろ! なに考えてんだ!?」
気を悪くさせただけでなく、変態だと思われたかもしれない。最悪だ。
「ガチ恋とかはやめてくださいね」
「こ、こっ、恋!? しないから! そんなの!」
「冗談ですよ。ムキになられると、逆に本気っぽく聞こえるんですけど」
「だからちがうって! 七瀬が恋愛に興味ないの知ってるし」
「あ、覚えていてくれたんですね」
それくらい覚えてるよ、と強く言い返そうとしたところで、ひやっとしたものが胸を掠める。ちらりと向けられた七瀬の瞳が、驚くほど冷え切っていたからだ。
普段俺をからかっているときとは、明らかに雰囲気が違う。そのギャップに驚きを隠せなかった。
目が離せずにいると、七瀬が形の整った唇を動かす。
「恋なんて、いずれはどろどろに溶けて消えるじゃないですか。俺はそんなものに執着するつもりないんで」
七瀬は恋愛に興味がない。それは前にも聞かされた。
だけど今隣にいる七瀬は、真昼の空の下でイキイキと宣言していたときとは少し違う。仄暗いなにかが隠れているような……。
「キョウさん、アイス溶けてる」
七瀬が指さす先には、表面から溶け出したアイスがある。コーンを伝って、指まで零れていた。
「わっ、やばっ……。ティッシュ、ティッシュ」
急いで鞄を漁る。その間にも、アイスはどんどん溶け出して、右手を汚していった。
大惨事になっている俺を見て、七瀬は他人事のように笑う。
「俺、先帰りますね。ばいばい、キョウさん」
助けてくれないのか。この薄情者め!
返事をする余裕もなく、俺はワタワタしながらアイスと七瀬の背中を交互に見つめていた。
「うわぁ……。手がベタベタ」
垂れたアイスはティッシュで拭き取ったけど、ベタつきだけは手の中に残っている。完璧な形をしていたアイスも、原型を失っていた。七瀬が舐めた場所もはっきりと抉れている。
その場所を見つめているだけで、首の後ろがじわじわと熱くなった。
火照った身体を冷ますように、アイスにかじりつく。冷たくて、甘くて、ほろ苦い。ビタショコって、こんなに胸が締め付けられる味だっけ?
溶け出したアイスを慎重に食べながら、駅へと歩き出した。



