バイトを始めようと思い立ったとき、真っ先に頭に浮かんだのはアイスクリーム屋だった。
ニコニコマークがロゴの全国チェーンBonBonアイスクリーム。そこは、俺にとって天国みたいな場所だ。
キャラメルクランチに、ストロベリーフロマージュ。ビターショコラナッツに、ポップソーダ。白桃ソルベに、宇治抹茶――。
ショーケースからアイスクリームを選んでいる時間は、嫌なことを全部忘れられた。
あんなハッピーな空間でなら、楽しく働けるに違いない。ちょうど高校の近くにある店舗で求人を出していたことも後押しになり、思い切って応募した。
夏らしい日差しが降り注ぐ、六月末の日曜日。気合十分で初出勤したわけだけど……。
ポンコツな俺は、最初の一歩でつまずいてしまった。
「きょ、今日からお世話になります……。小平杏弥です」
明るく挨拶するつもりだったのに、緊張しすぎて声が小さくなってしまった。
頼りない新人が入ってきたと思われたかも……。
背中にじわりと汗をかきながら紺地のエプロンを握りしめていると、面接でも顔を合わせた女性店長が眉を下げながら微笑んだ。
「あははー、小平くん、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ほら、肩の力抜いて、リラックス、リラックス~」
警戒心の強い動物でもおびき寄せるような口調でフォローされる。表情も声色も優しいんだけど、気を遣われていることがひしひしと伝わってきた。
とりあえず、落ち着け、俺。
深呼吸をしてから、店長と向き合った。
「すみません。初バイトで緊張して……」
「うんうん。初バイトなら、仕方ないよ」
「スミマセン……」
もう一度謝ると、店長がマズイっと言いたげに口元を引きつらせる。
「そんな申し訳なさそうな顔しないで! うちはバイト初心者も大歓迎だから! そこにいる七瀬も、四月から入ってきた高校生バイトだし」
ほら、と店長が視線を向けた先では、柔らかそうなダークブラウンの髪の男子が洗い物をしていた。
「……どうも」
アーモンド形の目でちらりと一瞥された瞬間、俺はピンときた。
七瀬佑真。北浦高校の一年生で、俺の一個下の後輩だ。学年は違うけど、クラスの女子が『顔よし、頭よし、運動神経よしの完璧男子がいる』と騒いでいたから存在は知っていた。
遠巻きでは見たことがあるけど、近くで見たのは初めてだ。
すっきりとしたフェイスラインに、つんっと尖った鼻先は、理想の骨格と言える。身長は百八十センチは越えていそうで、腰の位置も高い。テレビの中のアイドルにも引けをとらない完璧なビジュアルだ。
「あれ? もしかして小平くん、七瀬のこと知ってた?」
俺がガン見しすぎていたせいか、店長にも知り合いだと気づかれる。
「はい。一応、同じ高校なので……」
「そっか! 二人とも北浦だったね。それなら学校でも顔を合わせたこともあるよね」
顔を合わせたことがあるというよりは、俺が勝手に認知しているだけなんだけど、その辺りはどうでもいいか。
学校の話題が上がると、七瀬は洗い物を続けながら薄い唇を動かした。
「何組?」
「……え?」
「同じ学校なんでしょ? どこのクラス?」
突然話を振られてテンパりそうになったけど、どうにか言葉を引っ張り出す。
「い、一組です。二年……」
付け足すように学年を伝えると、七瀬は「は?」と弾かれたように顔を上げる。
つま先から頭の先までじっくり二巡されたあと、七瀬は「うわぁ……」と気まずそうに顔を背けた。
「普通にタメかと思いました。すみません……」
「ああ、いえ、全然……」
実年齢より幼く見られるのは、今に始まったことではない。
黒目がちな瞳や、平坦な鼻は幼く見えるし、ぺたんとした黒髪も子どもっぽさが抜けきっていない。おまけに低身長で細身だから、一目で年上だとは認識されないだろう。
わかってる、わかってるけどさぁ、わざわざ突き付けられると凹む。うっかりつまずいた先で、巻き込み事故に遭った気分だ。
「あー、えっと、よろしくお願いしますね、小平先輩」
取ってつけたような『先輩』からも、気を遣われていることが伝わってきた。
ニコニコマークがロゴの全国チェーンBonBonアイスクリーム。そこは、俺にとって天国みたいな場所だ。
キャラメルクランチに、ストロベリーフロマージュ。ビターショコラナッツに、ポップソーダ。白桃ソルベに、宇治抹茶――。
ショーケースからアイスクリームを選んでいる時間は、嫌なことを全部忘れられた。
あんなハッピーな空間でなら、楽しく働けるに違いない。ちょうど高校の近くにある店舗で求人を出していたことも後押しになり、思い切って応募した。
夏らしい日差しが降り注ぐ、六月末の日曜日。気合十分で初出勤したわけだけど……。
ポンコツな俺は、最初の一歩でつまずいてしまった。
「きょ、今日からお世話になります……。小平杏弥です」
明るく挨拶するつもりだったのに、緊張しすぎて声が小さくなってしまった。
頼りない新人が入ってきたと思われたかも……。
背中にじわりと汗をかきながら紺地のエプロンを握りしめていると、面接でも顔を合わせた女性店長が眉を下げながら微笑んだ。
「あははー、小平くん、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ほら、肩の力抜いて、リラックス、リラックス~」
警戒心の強い動物でもおびき寄せるような口調でフォローされる。表情も声色も優しいんだけど、気を遣われていることがひしひしと伝わってきた。
とりあえず、落ち着け、俺。
深呼吸をしてから、店長と向き合った。
「すみません。初バイトで緊張して……」
「うんうん。初バイトなら、仕方ないよ」
「スミマセン……」
もう一度謝ると、店長がマズイっと言いたげに口元を引きつらせる。
「そんな申し訳なさそうな顔しないで! うちはバイト初心者も大歓迎だから! そこにいる七瀬も、四月から入ってきた高校生バイトだし」
ほら、と店長が視線を向けた先では、柔らかそうなダークブラウンの髪の男子が洗い物をしていた。
「……どうも」
アーモンド形の目でちらりと一瞥された瞬間、俺はピンときた。
七瀬佑真。北浦高校の一年生で、俺の一個下の後輩だ。学年は違うけど、クラスの女子が『顔よし、頭よし、運動神経よしの完璧男子がいる』と騒いでいたから存在は知っていた。
遠巻きでは見たことがあるけど、近くで見たのは初めてだ。
すっきりとしたフェイスラインに、つんっと尖った鼻先は、理想の骨格と言える。身長は百八十センチは越えていそうで、腰の位置も高い。テレビの中のアイドルにも引けをとらない完璧なビジュアルだ。
「あれ? もしかして小平くん、七瀬のこと知ってた?」
俺がガン見しすぎていたせいか、店長にも知り合いだと気づかれる。
「はい。一応、同じ高校なので……」
「そっか! 二人とも北浦だったね。それなら学校でも顔を合わせたこともあるよね」
顔を合わせたことがあるというよりは、俺が勝手に認知しているだけなんだけど、その辺りはどうでもいいか。
学校の話題が上がると、七瀬は洗い物を続けながら薄い唇を動かした。
「何組?」
「……え?」
「同じ学校なんでしょ? どこのクラス?」
突然話を振られてテンパりそうになったけど、どうにか言葉を引っ張り出す。
「い、一組です。二年……」
付け足すように学年を伝えると、七瀬は「は?」と弾かれたように顔を上げる。
つま先から頭の先までじっくり二巡されたあと、七瀬は「うわぁ……」と気まずそうに顔を背けた。
「普通にタメかと思いました。すみません……」
「ああ、いえ、全然……」
実年齢より幼く見られるのは、今に始まったことではない。
黒目がちな瞳や、平坦な鼻は幼く見えるし、ぺたんとした黒髪も子どもっぽさが抜けきっていない。おまけに低身長で細身だから、一目で年上だとは認識されないだろう。
わかってる、わかってるけどさぁ、わざわざ突き付けられると凹む。うっかりつまずいた先で、巻き込み事故に遭った気分だ。
「あー、えっと、よろしくお願いしますね、小平先輩」
取ってつけたような『先輩』からも、気を遣われていることが伝わってきた。



