届け、僕の声!

「よし!」
 僕はネット通販で購入した長ランに襷を掛けた姿に着替え終えると、中庭に向かった。
「なんだ、あの格好?」
「コスプレ?」
 うちの学校には応援団はなく、制服はブレザーだったため、僕の真っ黒な長ラン姿は酷く目立った。
 そのため、中庭の中央に辿り着くまで何度もひそひそした声が聞こえてきて、心臓がキュッと締め付けられる。
 だが、僕は決して歩みを止めなかった。
「スー……」
 中庭の中央に到着した僕は、足を肩幅に開くと、一際大きく息を吸い込んだ。
 そして、三年の教室がある四階を見上げると、手を後ろに回して身体を軽く反らした。
「三年のー! 穂高健吾君にー! エールを送るー!」
(どうか届いてくれ! 僕の声!)
「フレー! フレー! 穂高君ッ! フレフレ穂高君ッ! フレフレ穂高君ッ!」
 人生でこれほどまでに大きな声を出したことはなかったが、お腹に力を入れて口を大きく開けることを意識しながら、僕は必死に何度も叫び続けた。
 僕の声は学校中に響き渡り、校内にいる生徒は次々と廊下の窓を開け、何事かと覗き込んでくる。
(あっ……)
 ふと、全校生徒の視線が今自分に集まっていると頭のどこかで気付いてしまうと、緊張から全身に震えが走り、足の力が抜けそうになる。
 だが、足に力を込め直して、必死に震えを抑えた僕は、穂高君の名前を叫び続けた。
「お前……! 一体なにしてんだ!」
「……!」
 息を荒げて駆け寄ってきたのは、穂高君本人だった。
「ちょっとコッチ来いッ!」
 振り上げていた腕を穂高君に掴まれてしまうと、僕は穂高君に引っ張られてどこかに連れていかれそうになる。
 だが、穂高君は何かに気付いたように、僕を引っ張る力をすぐに緩めた。
「お前、こんなに震えて……」
「おーい、穂高ー! なんかわかんねーけど、あんま苛めんなよー! ソイツずっと、あんな一生懸命追いかけてきてたのに、逃げてたお前が悪いんだからなー」
「そうだ、そうだー!」
 穂高君の教室がある三階の廊下の窓から聞こえてきたため、おそろく穂高君のクラスメイトだろう。
 穂高君は深い溜め息をつくと、顔を見上げて彼らを睨みつけた。
「外野は黙ってろ! あと、面白がって今動画撮ってたヤツ! 顔覚えたから、今すぐ消さねーと俺が全力で潰すからな!」
(穂高君……)
「ほら、いくぞ。さっさとこっち来い」
「あっ……」
 さっきよりも優しく、穂高君に腕を引っ張られた僕は、黙って後ろをついていくしかなかった。
 
 
「はぁー……お前一体何者なんだ? 先週は俺に説教してきたと思ったら、ずっと付き纏ってきやがって。挙句にあんな恥ずかしいこと……」
 誰もいない校舎裏に到着すると、穂高君は校舎の壁に寄り掛かりながら、溜め息交じりに僕のことを睨みつけてきた。
「おいっ。俺の話、聞いてるのか?」
「……!」
(ど、どうしよう。早く伝えないと……でも……)
 やっと僕の話を聞いてくれて、僕の思いを伝えられる状況なのに、さっきまでの緊張が一気に押し寄せたように足が震えてしまう。
 声を出そうとするも、お腹に力が入らず声を出すことができなかった。
「……」
 黙ったままの僕に呆れたように、穂高君は深い溜め息をついた。
「はぁ……お前一体なんなんだよ。もう頼むから、さっきみたいなことは勘弁しろよ」
 穂高君は呆れながら僕に背を向けると、この場から去ろうとする。
(ま、待って……!)
 だが、僕は急いで足を肩幅に拡げると、手を後ろに回した。
「穂高健吾君にー! エールを送るー!」
「わあッ! 待て待てッ!」
 突然背後で叫び出した僕に驚いた穂高君は慌てて振り向くと、僕の口元を手で押さえてきた。
「はぁー……わかった。わかったって。とりあえず、その叫ぶのはナシな」
「んーんっ」
 僕は口元を抑えられながら頷くと、穂高君の手は溜め息交じりに離れていった。
「お前さー……一体何したいんだ?」
「僕は、あっ……」
 突然大きな声を出したせいか、すんなりと声が出るようになった僕は、背筋を伸ばすと穂高君の顔を見上げた。
「僕は穂高君を応援したいんだ。また、バスケをやって欲しいから」
「……!」
 穂高君はハッと驚いたように目を見開いたが、すぐに僕から顔を背けた。
「バスケは……もう辞めるんだ。だから俺のことは放っておいてくれ。はっきり言って……迷惑だ」
(迷惑……)
 穂高君の言葉が、僕の心に重くのしかかり突き刺さった。
「じゃあな……」
「あっ……」
 一人で勝手にショックを受けていると、穂高君は僕が呼び止めるよりも先に、走ってどこかに行ってしまった。
 その場に取り残された僕は、穂高君の言葉が何度も頭の中で繰り返される。
(迷惑……迷惑……やっぱり僕なんか、ただの迷惑な存在だったんだ……)
 一瞬で視界がぼやけて、喉の奥が熱くなる。
「うっ……」
(僕みたいな、ずっと遠くから見ていただけのストーカーみたいな存在が、穂高君をどうにかできると思ったことが身の程知らずだったんだ)
 僕はその場にしゃがみ込むと、涙がこぼれそうになるのを膝を抱えて唇を噛むと、必死に堪えた。
(けど……それでも……!)
 僕は乱暴に目元を拭うと、勢いよく立ち上がって、まだ震える手でガッツポーズをした。
(泣いてなんかいられない。例え迷惑だったとしても、僕が諦めたら本当に終わりだ)
 空を見上げた僕は、深く息を吸い込んだ。
(穂高君が怪我をして、放課後に一人で教室にいたとき……僕は勇気がなくて声をかけられなかった。だからこそ……! 今度こそは……!)
「よしっ」
 明日も明後日も、たとえ声が枯れたとしても、穂高君がバスケをもう一度してくれるまで続けると、僕は心に決めた。