届け、僕の声!

『穂高が部活来なくなって、もう二週間くらい経ったか?』
『そうだなー……てかアイツ、あれから誰とも口きいてないらしいぞ』
『はぁー……マジか。ったく。あの試合結果は穂高のせいじゃないって俺たちが何度言っても、聞く耳持たないんだよなー……』
(穂高君、今日も練習に来ていないんだ……)
 放課後の体育館はインターハイ常連であるバスケ部が基本的に使うのだが、週に一度だけ、体育館の半分をネットで仕切って卓球部が使うことになっている。
 卓球部に所属している僕は卓球台を準備しながら、隣から聞こえてくるバスケ部員の会話に聞き耳を立てた。
『穂高ってさー、変に頑固なとこあるからなー……まあ、ケガのこともあったんだろうけどさー』
『でも、再来週にはインハイ予選だぞ。せっかくケガ直して間に合わせたのに……もしかして穂高のヤツ、このまま辞めるつもりじゃ……』
(穂高君がバスケを辞める……? そ、そんなバカな……!)
 聞こえてきた会話の内容にショックを受けた僕は、準備を終えて握っていた卓球ラケットを床に落としてしまう。
「……」
 床に落ちたラケットは派手な落下音を立てたため、穂高君の話をしていた二人組だけでなく、体育館にいた全員の視線を僕は一同に集めてしまう。
 そんな状況、いつもの僕なら恥ずかしくて、すぐに逃げ出してしまうだろう。
 だがそんなことより、僕の頭の中は穂高君のことでいっぱいだった。
 僕は床に落としたラケットを拾うのも忘れて、穂高君のことを話していた二人組に話を聞くため、バスケ部との境界線のネットに近づいていった。
「穂高君が辞めるかもしれないというのは本当なのか?」
 焦りから早口で声を荒げる僕に、バスケ部の二人からキョトンとした顔をされてしまう。
「誰お前?」
「僕のことはどうでもいい! そんなことより、穂高君が辞めるかもしれないっていうのは本当なのか?」
 僕の必死な剣幕に彼らは顔を見合わせると、僕を見つめ返してきた。
「本人から直接聞いたわけじゃないけど……けど本当にこのまま練習に来ないなら、スタメン落ちも……」
「……!」
(穂高君がスタメン落ち……そ、そんなことさせるわけにはいかない!)
 僕は彼らに背を向けると、落としたラケットも拾わずに走り出した。
(伝えないと! 今度こそちゃんと、穂高君に!)
 陰ながら応援するだけの存在だった僕。
 そんな僕は、今まで穂高君に話しかけたことなんて一度もなかった。
 だが、穂高君に伝えなければという一心で、僕は穂高君の教室を目指して全速力で走り続けた。
 
 
(あのときも、穂高君は放課後に一人で教室に残ってた……だから、きっと今日もいるはずだ)
 一階にある体育館から、三年の教室がある四階に向かってノンストップで階段を駆け上がった僕は、四階に着いたころには息が上がってしまっていた。
「はぁ……はぁ……」
 苦しかったが、それでも足を止めている場合じゃないと、僕は穂高君のクラスの教室を目指してまた走り出した。
「穂高君!」
 そのままの勢いで、僕は穂高君のクラスのドアを開けると、大声で穂高君の名前を叫んだ。
「お前は……」
 天井の照明が消された教室で、一人窓際の席に座って残っていた穂高君の姿を見つけた僕は、急いで穂高君に走り寄った。
「僕はっ、ハァハァ……」
 早く伝えたいのに、ここまで全速力で走ってきたせいで呼吸が乱れてしまっていた僕は、膝に手をついてしまう。
「お、おい。大丈夫か?」
「だ、大丈夫……って、僕のことはどうでもいいんだ。それより、穂高君。いつまで部活に出ないつもりなんだ? このままじゃスタメンから外されるかもしれないって、自分でもわかってるんだろ?」
「……!」
 おそらく突然現れた面識のない相手に言われて、面食らったのだと思う。
 バスケ部のエースで百八十五センチ以上ある高身長に、短めのダークブラウン色の髪。
 日に焼けた肌で男らしい骨格、逞しくも均等についた筋肉。
 卓球部であるが細身で平均身長、色白眼鏡な僕とは真逆の存在な穂高君は、一瞬目を大きく見開いた。
 だが、すぐに興味を失ったように机の上で頬杖をつくと、窓の外を見つめ始めた。
「……」
「……」
(こ、これは無視なのか? そう来るなら僕だって!)
 僕はこのまま黙っていられないと、穂高君の机を思いっきり手で叩いた。
「たった一回くらいの失敗でなんだよ! そんなこと気にするなんて、穂高君らしくないだろ!」
「あっ?」
 眉間に皺を寄せて不機嫌そうな表情で立ち上がった穂高君は、僕をじっと見下ろしてきた。
「うっ……」
 穂高君は笑顔を振りまくタイプではなかったが、怒った顔も見たことなかった僕は、思わずたじろいでしまう。
「お前に何がわかるんだよ。勝手なこと言ってんじゃねーよ」
「そ、それは……」
(本当は見てた……ずっと、そしてあのときも……)
 僕はこの高校に入って、穂高君を見つめ続けてきた。
 始まりは、入学したての部活オリエンテーションで、卓球部を体育館で見学したときだった。
 卓球部の隣で、ネット越しに練習を始めたバスケ部の中に穂高君はいた。
 バスケのルールもあまり知らない僕から見ても、仮入部であるはずの穂高君は先輩たちの誰よりも上手くて、そしてカッコよかった。
(シュートする姿も、パスする姿も完璧すぎて……)
 中学からなんとなく続けていた卓球だったが、僕が高校でも卓球部に入部を決めたのは、穂高君の練習姿を間近で見られるためだ。
 けれど、いつしか練習を見ているだけじゃ足りなくなって、公式試合はもちろん、練習試合や朝練も内緒で観に行っていた。
(だから本当は知っている……)
 誰よりも朝早く来て、一人で練習している姿。
 練習中の怪我が原因で、悔しそうに一月休んでいたこと。
 そして、怪我が治って復帰戦となった二週間前の練習試合。
 相手校と二点差で鬩ぎ合っている中、本調子じゃなかった穂高君のパスが相手に渡ってしまい、逆転負けしてしまったこと。
 試合終了のブザーと同時に、その場で膝から崩れ落ちて床に手をついた穂高君の姿まで、僕は一部始終をずっと見ていた。
 だが、そんなストーカーみたいなことをしていたなんて穂高君に言えるはずもなく、僕はそれ以上言葉が出なくなってしまう。
「うざっ……誰に言われたか知んねーけど、俺帰るから」
「ま、待……」
 僕の呼び止める声はまるで耳に届いていない様子で、穂高君は僕の横を舌打ちをして去っていってしまった。
(ど、どうしよう……)
 変なヤツだと嫌われてしまったかもしれない。
 そう思うと足が震えて、目の前が真っ暗になりかける。
 けれど僕は、足に力を込めると、自分を奮い立たせるために首を横に何度も振った。
(ま、負けていられない……! そうだ、ちゃんと伝えないと!)
 そう決意して、僕は翌日からもう一度穂高君に話しかけようとするが、穂高君は僕の姿を見つけると避けるようになってしまった。
「穂高君……!」
「……」
 待ち伏せして話しかけても、無視されてしまう。
「あのさ!」
「……」
 なにを言っても穂高君には届かない僕の声。
 一体どうしたら僕の話を聞いてくれるのか。
(このままじゃ穂高君が……)
 日を重ねるごとに焦る気持ちが募る中、僕はなんとなく家のリビングでテレビを見つめていると、ニュースである特集が流れた。
 それは、大学生の応援団を密着取材した特集だった。
 僕はその特集を見て、思わず息をのんだ。
 大きな声と統制のとれた動きで、全身からエールの気持ちをぶつける真っ直ぐな姿。
(僕にできることなんて高が知れている。けど……)
 人前で大声を出すなんて、普段の僕なら絶対に無理だ。
 視線が集まるだけで足が震えて、声も出なくなる。
(でも、それでも穂高君のためなら……)
 僕はぎゅっと拳を握りしめた。
 こんな僕でも、穂高君のためなら人目なんか気にしない。
 恥ずかしいだとか、変だとか、そんなこと全部どうでもいい。
(穂高君がまたバスケをやってくれるなら、僕が笑われるのなんて……!)
「やる……やってやる!」
 決意した僕は、ネット通販で長ランと襷を急いで探し始めた。
 検索をする指先は震えていたけれど、心は今まで感じたことがないほど熱く燃えていた。